心のままに
翌朝、目を覚ましてぐいっと背伸びをした。朝の日差しが窓から差し込んできて、寝ぼけた頭をしゃきっと切り替えさせる。
レイアは俺より先に起きていたようだった。工具を広げてカチャカチャと音を立て何かを弄っている、集中しているし声をかけるのは止めた。
ああして作業をしながらレイアは心の中を落ち着けてもいる、並行して頭の中も整理しているのだ、発明は彼女にとって大いなる夢でありなくてはならない支えの一つでもあった。
シンシアさんに頼んで食事を運ばせてもらう、側に置いておけばそのうち匂いに気がついて食べるだろう。放っておけば寝食も忘れてしまうからフォローが必要だ。
俺は宿屋の庭を借りてファンタジアロッドを取り出した。ずっと続けてきた訓練がある、想定するのは実戦、想像するのはどこまでも自由に戦う自分、ファンタジアロッドに秘められた可能性を常識で邪魔してはならない。
伸びる縮む、掴む離す。柔らかく弾力をもたせることも出来れば、鋭く硬化させる事も出来る。変幻自在の性質を活かすには、いつだって自由な自分を想像し続ける必要がある。
素振りを終えて顔を洗う、温まった体に冷えた水が心地良い。昨日の暗い気持ちはすっかりと消えて、俺の感情はしっかり元に戻っていた。
「おはようございます!」
「おはようさん。その様子だと吹っ切れたようだな」
「お陰様でこの通り元気一杯です。ご飯ください!」
ガイさんは安心したように笑みを浮かべた。用意してくれたご飯を食べていると、食器を持ってレイアが階段を下りてきた。
「おはようレイア」
「ええおはよう。これやっぱりアーデンだったのね、助かったわ」
レイアはガイさんとシンシアさんにもお礼を言うと、俺の隣に座った。肩や首を回すとパキパキと音がしている。
「大丈夫か?」
「ん、ああこれ?大丈夫よ、ずっと同じ姿勢だったから体が硬くなっただけ」
「夜更かしはしてないよな?」
「あんたより早起きしただけよ」
レイアが疲れを残す訳がないと分かっていて聞いた。レイアもまた俺が分かっていて聞いているのを知っている。ただの確認の為のやり取りだが、それもまた心地いいものだった。
俺とレイアが今日の予定はどうしようかと相談していると、突然勢いよく宿屋の扉が開いた。倒れ込むように中に入ってきたのは、昨夜ロゼッタの警護に当たっていた人だった。
慌てて駆け寄ると体中を負傷しているようだった。顔色も悪く呼吸も荒い、ただ事ではないのは聞くまでもなかった。
「ハァハァ…、アーデン君、レイアちゃん、ハァ…じ、実はろ、ロゼッタさんが拐われた。石板も一緒にだ…」
「ロゼッタが!?」
「ああ…、うっ!くう…っ、あ、あいつだ、あの新人が犯人だ、お、俺はリュデルさんに、ハァ…、君たちを呼ぶように頼まれた…」
リュデルが俺たちを呼んだ、にわかには信じられない事だがこの状況で嘘をつく訳がない。俺はレイアの顔を見た。しっかりと頷いて返した彼女を見て、ガイさんとシンシアさんい言った。
「すみません!この場をお願いします!」
「あ、ああ分かった」
俺とレイアは宿屋を飛び出した。全速力でロゼッタがいる筈の家へと向かうと、昨日会ったメメルとフルルがそこに居た。
「おや、来ましたね」
「ったく、おせーぞお前ら」
どうやら二人は俺たちの到着を待っていたらしい、息を整えながら俺は聞いた。
「一体何が起こった?」
「獲物が罠にかかったと申しましょうか」
「まどろっこしい言い方するな!友達の命がかかってんだ!」
俺はメメルに掴みかかった。しかしその手は直前で掴み返されてメメルに捻り上げられる、激痛に顔が歪むがそれでも怯む気はなかった。
「罠ってなんだ!どうして俺たちを呼びつけた!」
「拙達はそれを説明するようにリュデル様から仰せつかっております。お慌てになる感情は理解しますが、まず話を聞いてもらいましょうか」
メメルは俺の手を離すと背中を蹴り飛ばした。地面に転がる俺をレイアが抱き起こしてくれた。
「昨夜拙達があなた達の会合を邪魔した理由は、語った限りの他に意図がありました」
「意図?」
「あぶり出しだよ、暗躍者のな。あたし達はそいつに確実に動いてもらう必要があった。だから態と外に声が聞こえるように派手にやらしてもらった」
それはつまり昨夜のやり取りを聞かせたい相手がいたという事で、その相手は警護に当たる人員だった。
「警護に当たる人の中に暗躍者がいるって知っていたのか?」
「いえ推測ですよ、ロゼッタ様の監視に一番都合がいい役割の中にいるだろうというね。結果リュデル様の推測が当たった訳です」
メメルは淡々と事実を述べているだけかもしれない、しかしこの作戦には絶対に納得のいかない事がある。俺はそれを指摘した。
「要するにロゼッタを囮に使った訳だな」
「まっそういう事だ」
「っ!あんた達!」
レイアが怒りの声を上げる前に。人差し指を口に当ててメメルが言った。
「もし最初の計画が失敗しても、暗躍者はロゼッタ様を誘拐して無理やり一枚目の石板の解読をさせる事も出来た。場所が分かればまた冒険者を使えばいい。記憶操作の魔法が使えるのならどうとでもなります」
メメルの言葉にフルルが続いた。
「だけどそいつはそれをしなかった。何故か?それは手間もかかる上に一度失敗も経験したからだ。加えてあたし達の調査も入った。下手な手は打てない」
「一枚目の石板が手に入った時点で動かなかった。つまり暗躍者には他にある石板を集めてくる人材が必要だった。拙達にも必要な枚数までは分かりませんでしたが、都合よく動いてくれる冒険者がいた」
メメルとフルルが二人で交互に紡いだ言葉は最悪の事実を示していた。
「俺たちを使ったって事か…」
「上手く利用されましたね。お陰で暗躍者は三枚の石板と解読する人材が手に入った」
「そんな…嘘よ…」
「最初からあたし達に素直に渡しときゃよかったんだ。まあでも、相手が利用するならこっちも利用させてもらうまでだ」
何のことを言っているのかと俺とレイアは顔を上げた。そこにはある筈がない物があった。
「石板!?一緒に取られたんじゃないのか?」
「複製してすり替えておいた。相手が持っている方は追跡用の魔法がたっぷりと染み付いたやつだ。今リュデル様が追ってる」
「あなた達を呼んだのは、ご自分達の不始末を清算するチャンスを与える為です。この本物をギルドに持ち込んで守りなさい、拙達はこれからリュデル様を追い暗躍者を捕らえます」
要は施しだ。間抜けにも相手の思惑に気が付かなった俺たちへのリュデルからの施し。慈悲と言ってもいいかもしれない。
「…ははっ」
「何です?」
「ふっ、はははっ、あはははっ!」
「おいおいイカれたかお前?」
「ああ!イカれたかもな!どっちだと思う?演技か?素か?分かるか?」
俺はそうまくしたてると同時に、後ろ手でレイアに昔から使っているハンドサインを送った。よく使ったサインだ、内容は「逃げるから援護を頼む」だ。
「思惑とか施しとかごめんこうむるね!俺は今から友達を助けに行く!すり替えた石板を守りたいなら自分たちでやれ。レイアッ!!」
呼びかけると同時にレイアはレッドイーグルを抜いた。メメルとフルルに銃口を向けて放つ、しかしそれは攻撃用ではなく銃口で強烈な光と音を出すだけのものだった。
しかし攻撃がくる予測と、実際に起こった強い光と音は二人の足止めに十分効力を発揮した。俺はすでにファンタジアロッドでそこから離脱し、屋根を伝って駆け出していた。
シェカドのシンボルである高い時計塔の上に登る、集中して周りを見渡すと、アカトキの森付近で何か騒ぎが起こっているのを見つけた。時計塔から飛び降りてその場所を目指す。
思惑や最善手など知ったことか、俺はロゼッタを助けると約束した。今それを果たす時がきた。




