未熟さと前向きさ
俺、レイア、ロゼッタ、そして突如訪問してきたリュデルを加えた集まりは静寂に包まれていた。誰からも発言しないし、誰かしら行動にも出ない。
リュデルについている二人の女性、いや年齢は俺とレイアと同じくらいだろうか。黙ってずっとリュデルの後ろに立っていた。
「で?」
今までずっと黙っていたリュデルが一言短く言った。
「で?って何の事だよ?」
「何故どなたも黙っているのですか?これまで楽しそうに歓談されていたじゃないですか、どうぞ僕には遠慮せずに続けてください」
こいつ無茶苦茶言うな。正気を疑うが、割と本気でそう思ってそうな表情をしている。
「あんた本気で言ってんの?」
「どういう意味ですか?」
レイアが言った言葉にもキョトンとしている、その反応を見てレイアも本気でそう思って発言しているのだと気がついたようだ。絶句し口をぱくぱくとさせている。
「ぷっくく、ふはっはははっ!」
「ああ?」
「いえ失敬、とてもいい反応をされるのでつい笑ってしまいました。ふふっ、すっかり騙されているようですが演技ですよ、演技。勿論ご歓談を続けてもらうつもりなんてありません」
俺もレイアもロゼッタも絶句した。一体本当に何をしにきたんだこいつは、こちらをからかって馬鹿にするつもりなのかもしれないが、それをして何の意味があるのだろう。
「上手なものでしょう僕の演技。身につけておくと色々便利ですよ」
「…すっかり騙されたけど、何の意味があってやったんだ?」
「僕を舐めるのも大概にしておけよと警告しにきました」
突如場の空気が凍り付いた気がした。感じたこともない上から頭を押さえつけられるような威圧感、息苦しさを覚える程の怒気、命のやり取りの戦闘でもここまでの緊張を感じた事はなかった。
リュデルはたった一言でこの場を支配した。伝う冷や汗がぽたりと落ちる。周りを気にする余裕もなかった。
「僕は確かに石板が欲しい、それは認めますよ。ロゼッタさん、あなたの恩師であるピエール教授が命がけで守った石板も頂きます。でもそれはただ掠め取る訳ではない、あなたの命を守る為でもあるんです。それを理解していますか?」
「…はい」
「アーデンさん、レイアさん、少々のおいたは大目に見ましょう。しかしただ黙って見過ごすのにも限度があります。児戯に付き合うのもここまでです」
この言いよう、恐らくレイアが出し抜いたあの時の事も見抜かれている。児戯と吐き捨てられる事は気に入らないが、黙ってやりたい放題やっていたのは事実だった。
「ま、あなた達が僕にいい感情を抱いていないのは分かりますよ。石板を守り手に入れたのはあなた達だ、それをよこせと言っているのだから無理もない。ただし、僕はそれだけの仕事をしている事も理解してもらいましょうか。メメル、あれを」
リュデルの後ろで黙って立っていた一人がすっと前に出た。メメルと呼ばれた女性は美しい銀色の長い髪を丁寧に編み込み二つに束ねている、薄紫色の瞳がじっと俺たちを捉えていた。
持っていた鞄から分厚い紙束を取り出した。彼女はそれを俺に手渡して説明をする。
「そちらは拙達が調べた資料、すべてあなた達が暗躍者と呼ぶ者の息がかかった冒険者です」
「は!?」
「本人達にその記憶はありません、記憶を弄られていますので」
簡単にそう語るが、これだけの人数がいるという事実だけで混乱してしまった。もしかしたら俺が挨拶を交わすあの冒険者も、雑談を交わしたあの冒険者も、暗躍者の関係者なのだろうか。
想像以上の規模だ、ロゼッタを守ると言っておきながら、こんな事実を目の前にすると震えて足がすくむ。思考が凍りつくようだった。
「弄るって記憶操作の魔法ですか?」
ロゼッタがそう聞くとリュデルが頷いた。その返事を見て、顔を真っ青にして口を手で抑えている。
「記憶操作?」
「何だ知らねーのか?」
今度口を出してきたのはもう一人方のリュデルの仲間だった。双子だろうか、顔がそっくりでこちらも美しく長い銀髪に薄紫色の瞳をしている、ただこっちは髪の毛を無造作で後ろにくくって一纏めにしていた。
「使用が禁止されてる魔法の一つだよ。まあ、悪党にそんな決まりは通用しねえけどな。そいつらは記憶を弄られて暗躍者と接触した事実をすっかり消されてる、後遺症が残った奴もいるぜ」
「記憶を消す?」
「消すだけで済んでるのは可愛いもんだがな、悪用しようと思えばもっと色々と出来る。あたしがじっくりと教えてやろうか?ん?」
女性が近づいてきて俺の顎をくいっと持ち上げた。挑発的で威圧的な態度には確かな自信が感じられた。実力も何もかも自分が上、その自信だ。
「フルル止めろ。それはお前の悪癖だと何度言わせる気だ?」
「はーい。反省してまーす」
止めに入ったリュデルの言葉で、フルルと呼ばれた女性は俺からぱっと手を離した。少々軽い態度をしているが、リュデルに忠実なのは伺い知れる。
「釘を刺すのもこれくらいでいいでしょう。ああ、それと頂いた一枚目の石板もお返ししますよ。もしかしたら三枚目の石板の解読に役立つかもしれない、何か分かった時はどうすればいいか分かりますね?」
「…はい」
「よろしい。では僕からは以上です」
ロゼッタはリュデルから石板を受け取る、用事を済ませたリュデルは踵を返して去っていった。後に続くメメルとフルルも、振り返りもせず立ち去った。
見えていなかった現実に打ちのめされる。誰からも何も言えない。暗く重い空気が続いていた。
「あの、今日はもうお帰りください。二人共疲れているでしょう?私もなんだかドッと疲れてしまって、一人で考える時間をください」
ロゼッタにそう切り出されて、俺たちはその提案に乗る事にした。確かにもうヘトヘトだった。
「おやすみロゼッタ」
「ええ、石板ありがとうございました」
「ごめんなさいロゼッタ、私…」
「気にしないでくださいレイアさん。何も出来なかったのは私も一緒です」
レイアは途中から何も言えずにおたおたしていた事を悔いているみたいだ、俺もまったく同じ気持ちだった。ロゼッタの言葉はせめてもの慰めになる。
宿屋に帰り部屋へ戻る前に、ガイさんが俺たち二人を引き止めた。座って待つように言われてテーブルについて待っていると、温かいご飯を運んできてくれた。
「何があったのか聞かねえけどよ、暗い顔してる奴にゃ温かい飯が一番だ。遠慮せずに食え」
二人で手を合わせて「いただきます」と言う。スープをすくって口に運ぶと、美味しさと温かな気持ちがじんわりと体中に浸透していくようだった。
脇目も振らず出された料理を食べる、温かで美味しい食事は、ぐちゃぐちゃになった感情が解けていくようだった。疲労と緊張が徐々に安らいでいくのが分かった。
「沢山食って寝りゃ嫌な事も忘れるさ、そんでまた元気になって飛び出していけ。俺の知っている最高の冒険者はいつだってそうしていた」
そう言うとガイさんは俺とレイアの肩をぽんぽんと叩いた。ぼろっと大粒の涙が一粒こぼれ落ちた。だがそれ以上の涙はぐっと堪えて食事と一緒に飲み込んだ。
食べて寝て元気になる、そしてまた冒険へと出る。どんな現実を目の前にしたって、俺たちはまだ駆け出しの冒険者なんだ、がむしゃらに立ち向かっていくしかない。
父さんはそうして伝説の地を見つけた。ガイさんの知る最高の冒険者に近づく為に、俺たちは元気の源を腹に収めるのだった。




