次なる場所へ
ロゼッタから新たな石板の存在を示唆されて俺たちはその話を聞くことになった。俺はそのついでにとロゼッタに聞いた。
「あのさ、そもそもその石板に書いてある内容って何なの?」
「そう言えば聞いてないわね」
俺もレイアも石板の内容にそこまで興味がなかった。ウラヘの滝へと向かったのも、父さんの手記と石板に書かれた内容が重なったからだった。でも、リュデルの話を聞く限り伝説の地や秘宝の事が書かれている筈だ。
「ううん、そうですね…。どう説明したものか」
ロゼッタはリュデルに説明した事と同じ内容だと前置きしてから話し始めた。が、しかし、聞けば聞くほどちんぷんかんぷんであった。レイアはいくつか質問をしていたが、俺は話の流れに遅れないようにするのに精一杯だった。
「…このようにですね」
「ちょ、ちょっと待って。ごめん、全部聞いても分かんないや」
「あっ、ご、ごめんなさい。私調子に乗ってつい」
謝るロゼッタに俺はいやいやと否定した。ついていけないのは俺の教養がないからだ、悔しいけれどこれを聞いて石板の価値を見出すリュデルを見直してしまった。
「ですが、肝心の伝説の地と秘宝についての記述は、本当に少しだけなんですよ」
「そうなの?」
「はい。主に書かれている内容は、当時の時代背景についての事や、文化的な事で、手がかりになるような内容ではないと私は思うのですが…」
そう言ってロゼッタが見せてくれた物は、解読から拾い上げた伝説の地と秘宝についての文言が書かれていた。しかし彼女の言う通り本当に僅かなものだ。
「彼の地へ人足を向かわせる?」
「神々の授けた装身具?」
「あとは抽象的な力についてや、恐らくマナについての事等が書かれています。神話や伝承になぞらえられているので、はっきりとした事実かは疑問ですね」
ロゼッタの言う通り、どこか要領を得ないような事ばかりが書かれている。読んでもはっきりとした意味では伝わってこない。
「彼の地ってのが伝説の地の事かな?」
「でもさ、実際秘宝と伝説の地ってどっちが先に出来たの?秘宝があるから伝説の地?それとも伝説の地に秘宝を収めたの?」
「実はそこが大きな謎でもあるんです。私達が伝え聞いてる伝説の地と秘宝の関係性は、いつどのように形成されたものなのか。興味深いです」
ううん、ますます分からなくなってしまった。そもそも俺はこういう事を考えるのは苦手だ、難しいし直感的ではない、しかし確かな事はある。
「リュデルはこれを秘宝と伝説の地に関する事だって思ったんだよな」
俺がそう言うとレイアが頷いた。
「あれは確信めいたものがあったわ。あいつにはこれの意味が分かったのね」
「私も同じ事を思いました。もしかしたらリュデルさんには他にもそれらに関する知識があるのかもしれませんね」
だからこそリュデルはこの石板を求めたのか、そう思うとなんとなくあの時の態度を理解できる気がする。リュデルにとってもこの石板には本当に価値があるという事か。
ということは、リュデルにはこの石板を解読する方法があるのだろう。これだけを手に入れた所でどうしようもない。
やっぱりまだ暗躍者がロゼッタを狙ってくる可能性は消えないんだなと分かると、少し気分が落ち込んだ。力になると言っておいて、このザマだ。
しかしトロイさんは任せてくれと言っていた。それを信じて待つ事が今必要なのかもしれない。俺は短くフッと息を吐き出すと、気持ちを切り替えてロゼッタに聞いた。
「話を脱線させてごめんな。それで、次の石板については何が分かったの?」
「ええ、そのことですが…」
「ザ・ノホ遺跡に関する依頼ですか?」
「はい。何かありませんか?」
俺はギルド受付でハンナさんに仕事がないかと聞いていた。行き先はザ・ノホ遺跡、ロゼッタに次の石板があるかもしれないと教えてもらった場所だった。
「3級の冒険者なら出入りが許可される筈ですよね?」
「ええその通りです。そう言えば昇格されたんですよね、おめでとうございます」
「ありがとうございます。あんまり実感はないんですけどね」
ハンナさんは「少々お待ち下さい」と断ってから手元の資料を調べ始めた。暫く待っていると、あったあったと言って3枚の依頼書を取り出した。
「今ある依頼は3件ですね、採集に討伐に護衛です。護衛の依頼はアーデンさんとレイアさんの二人では受けられないので、人数が集まるまで少々時間を頂きます」
俺は3枚の依頼書を受け取ってそれぞれを見た。まず護衛はなしだ、自由に動き回る事が出来ない。それに顔も知らない冒険者と組む事になる、俺は大丈夫だけどレイアは駄目だろう。
討伐の方は対象がシャドウウルフ、群れを作り暗がりでの移動と奇襲が得意で、一匹の強さはそれほど脅威的ではないが、数の有利を理解した上で効果的に運用する危険な魔物だ。二人で動く俺たちにはちょっと荷が重いかもしれない。
最後に採集、遺跡の内壁を削ってサンプルを集めて欲しいとの依頼だ。手前、中腹、奥、最奥と回って採集するようにと書かれている。しかし最奥にいくにつれて生息する魔物と遺跡を守るゴーレムの強さは上がっていく、減額はされるが出来る限りの死なない範囲での依頼達成を求められていた。
「じゃあこの採集の依頼を受けます」
「…条件の確認は大丈夫ですか?依頼主は、大きな成果より確実な仕事を求められています。減額幅も大きいですが」
「大丈夫です。寧ろ丁度いい依頼があってよかった」
採集の依頼ならば遺跡内を多く動き回るし、依頼のついでに石板の探索も出来る。その時最奥まで行く必要もあるかもしれないし、条件がぴたりと揃っていた。
「分かりました。では手続きを行います。でもいいですかアーデンさん、ザ・ノホ遺跡はイ・コヒ遺跡と違い、魔物もゴーレムも強いのがいます。それと一番厄介なのは…」
「遺跡漁りですね」
ハンナさんはこくりと頷いた。遺跡漁りは人間だ、しかしその扱いは人間と同価値ではなかった。
無許可で遺跡侵入、不法に滞在、遺跡内で強盗殺人や無法の限りを尽くす。遺跡漁りは魔物以下の存在であり、積極的な討伐を推奨している国すらあり報酬まで出る事もある。
だが、頭で割り切っていても心の奥底まで割り切れるかと言うと難しい話らしい。遺跡漁りに手をかけるという事は人に手をかけるという事、魔物等とは違う底しれない嫌悪感に冒険者を止める人もいると聞いた事がある。
「私はこの仕事をしてきて、遺跡漁りの被害に遭った冒険者も目にした事があります。およそ思いつく限りの尊厳を汚され、まっとうな殺され方はしていませんでした。魔物以下の扱いというのも納得出来ると感じました」
「…はい」
「覚えておいてください。やらなきゃやられる。特にアーデンさんはホルダーです。襲われる可能性は他の人より高い。私はあなたが生きる為にとった手段を肯定します。覚えておいてください」
「分かりました。ありがとうございます」
依頼を受けてハンナさんにお礼を言うと俺は冒険者ギルドを後にした。そしてレイアの待つ宿屋へと向かった。
レイアに受けた仕事の内容と、ハンナさんから言われた遺跡漁りについての話をした。
「その話きっとハンナさんからの薫陶ね。もしもの時躊躇わないようにって」
「ああ、俺もそう思う。レイアは大丈夫か?」
「…冒険は綺麗な事ばかりではないわ。魔物退治だってそうでしょ?好ましいと思ってやってる事ではない。私はその気持ちさえ忘れなければいいと思ってる」
確かにそうだと俺も同意した。その必要があると自分達で判断して行動して来た結果が今に繋がっているだけの事だ。考えないようにするとか、割り切ってしまうとかじゃなく、行動と結果、それに伴う責任を忘れないようにするだけだ。
「俺たちには叶えたい夢と、追い求める希望がある。いつもそれを忘れないようにしようぜ」
「そうね、あんたも私も夢を追って冒険に出たのよ。だから止まっている暇なんてない、そうでしょ?」
俺はレイアにすっと拳を握って差し出した。こつんとそれを合わせると、手を開いてハイタッチを交わす。冒険に伴って広がっていく世界は、いつもいつも優しく美しくある訳じゃないけれど、夢と希望を忘れはしない。レイアが隣にいればそれをいつでも思い出せると俺はそう思った。




