畑を荒らす謎の影
レフ村長と話をつけてレイアの元へ戻ってきた俺は、子供達に囲まれている彼女の姿を見つけてぎょっと目を丸くした。一緒についてきていたレフ村長は「おやおや」と言い優しく目を細めている。
「レイア!ちょっといいか?」
俺が手を振って声をかけると、それに気がついたレイアが手を振り返した。
「ちょっと待ってて!」
そう言うとレイアは子供達の目線と同じ高さになるようにしゃがみ込む、そして皆を集めて言った。
「じゃあ皆、私行くね」
「えー!もっと遊ぼうよレイア姉ちゃん!」
「駄目よ、私には仕事があるの。それが終わったらまた遊んであげるから」
「絶対だよ!」
「ええ、約束ね」
レイアは全員と指切りを交わす。子供達は約束し終えると、わーっと波が引くように駆けて何処かへ行ってしまった。
「お待たせアーデン。と、えっと…」
「あなたがレイアさんですね、子供達と遊んでくれてありがとうございました。儂はこの村で村長をやっとるレフと申すものです」
深々と頭を下げるレフ村長に、レイアも同じ様に返した。合流した俺たちは、レフ村長に被害があった畑へと案内してもらう事になった。
荒らされた畑を見て俺もレイアも「えっ」と声を上げた。アカシログサには明らかに何者かが食べたであろう痕跡が残されていたからだった。
「レフ村長、アカシログサには毒があると伺ったのですが」
「おやよくご存知ですな」
俺はシンシアさんの名前を出して事情を説明した。
「おお、シンシアの名を聞いたのは久方ぶりです。そうですか、あの子の知り合いでしたか」
「ですので予め話を聞く限り食害では無いと思っていたのです。しかしこれは…」
齧られた葉、食い荒らされた茎、掘り返された根すらも食べ残した痕跡があった。どう見ても食害だ。
「儂らもこんな事初めてでしての、大変困っとるのです。アーデンさんの言う通り、アカシログサには毒があります。多く摂取すると中毒を起こし最悪死んでしまいます。まあそもそも食用には向かないのですがね」
「それもシンシアさんが言ってました」
「ほんの少しでも口にすると、舌がビリビリと痺れて強烈な苦味があるんです。どう考えてもそのまま食べられるような物じゃあないですな」
それは確かに絶対食用には向かなそうだ。想像するだけでも身震いしてしまいそうになる。しかし目の前の事実はそれを食べたと示していた。
「レフ村長、あれはなんですか?」
レイアが畑の端にある物を指さして聞いた。ワイヤーが張り巡らされて、大きめの箱が点々と置かれている。
「ああ、あれは罠です。アカシログサを食する奇特な生き物がいるならと、少しでも被害を減らそうと思い設置したのですが、どれも効果がありませんでした」
「見てきてもいいですか?」
「勿論どうぞ、でも気をつけてください」
レフ村長の言葉にレイアは頷くと、設置された罠を見に走っていった。レイアが罠を調べるのなら、俺は畑の方を調べようと思いレフ村長に聞いた。
「畑に入っても構いませんか?」
「ええ、ここのアカシログサはもう諦める事にしましたから自由にしてください。収量が減ってしまうのは痛手ですが、村の者に何かあってからでは遅いので…」
辛いだろうが賢明な判断だと思う、レフ村長の勇気ある決断に敬意を抱き、俺は畑の中に入らせてもらう事にした。
食い荒らされた後を見て回る、アカシログサの葉は半分以上食べ尽くされた物もあれば、穴だらけになって放置されている物もある。食べられた所から茎が折れて、力なくしおれているアカシログサもある。
よく見ると根っこは掘り返されたというよりも、たまたま地表まで出てしまったという感じだった。もし掘ったのならその跡が土に残る筈、しかしそんな様子は一切ない。
それに引き抜いたというよりは押し倒したように見える。食べるのに夢中になって体重をかけすぎたのだろうか、食い意地の張ったことに地表に出た根っこもしっかりと食べてある。
しかし肝心な手がかりになりそうな足跡などは一切残されていなかった。畑の柔らかい土だ、魔物でも動物でも乗ったら絶対に跡が残る筈なのに。
「なんだかアカトキの森を思い起こさせるなあ」
だが今回は足跡はないもののその他の痕跡は大量に残されている。フューリーベアの時とはまるで状況は違う、あれは不自然なまでに何もなさすぎたから。
そんな事を考えながらふと地面を見ると、足跡ではないが何かの跡を見つけた。這いずり回ったような跡だろうか、それに加えててらてらとしたぬめりが残されている。
何だろうと思いそのぬめりに手を伸ばした時、罠を見ていたレイアが声を上げた。
「アーデン!ちょっとこっち来て!」
「分かった!すぐ行くよ!」
呼ばれた俺は立ち上がってレイアの元へと向かった。近づくと、工具を取り出していたレイアが色々と罠を弄っていた。
「おいおい、壊したのか?」
「分かってて聞いてるでしょ」
キッと睨みつけてくるレイアに俺は肩を竦めて見せた。
「で、何が分かった?」
「この箱罠はまったく意味ないわね、見た所何も近づいてない。餌に虫がたかったくらいかしら。でもこのワイヤーの方は違う、見てこれ」
レイアが指さしたのはワイヤーに取り付けられた魔石だった。
「電撃石か?」
「うん、人が触っても大怪我はしないようにあまり出力は強くないけどね。動物は勿論だけど、弱めの魔物でもこれに触れれば電撃が襲ってきて逃げ出しはすると思う」
「でも効果なかったんだろ?」
「だけど発動はしていたの、これは永久石じゃないから一度使えば力は失われる。見てて」
工具で軽く叩くと魔石は粉々になって崩れた。元々中が大きくひび割れていたのだろう、軽い衝撃だけでこうまで砕けるなら、レイアの言う通り発動済みだ。
「電撃が効かないって事か?」
「どうかしら、あのワイヤーは焼け焦げて切れてるの。多分当たった時にそこで止まって、暫く痺れていたんじゃないかな」
見ると確かにワイヤーが黒く変色して焼け焦げていた。2本上下に張り巡らされた内の下のワイヤーだ、上はなんともない。
「ね、だから罠自体作動はしてたの。効果がなかったのは確かだけど、無意味じゃなかった」
「成る程ね、これで見えてきたぞ。ちょっと待ってろ」
俺はレイアにそう言うと、あるものを辿って村の奥にある林まで分け入った。推測通り、あの這ったような跡とてらてらしたぬめりが残されている。
「レイア、魔物の正体が分かった。俺たちでも対処可能だ、一旦レフ村長の所に戻って報告と相談をしよう」
「ん、分かった。罠はどうする?」
「意味ないからそのままで、後で撤去を手伝おう」
俺たちは畑から引き上げると、レフ村長の家へと向かった。そして調べた事と分かった事、こっちで対処できそうだという事を説明すると、今晩には魔物を退治すると伝えた。
レフ村長は自宅の客室を貸してくれた。時間までそこで休憩し、宿泊までさせてくれるとの事だ。俺は椅子に座ると、レイアに話しかけた。
「子供達と仲良くなったのか?」
「まあね、私の才能と発明品は子供も魅了するのよ」
「ははっ、そうか。じゃあ頑張らないとな」
「…そうね、あの子達が安全に外で遊べるようにしなくっちゃ」
レイアがすっと差し出した拳に、俺はコツンと自分の拳を合わせた。気合は十分、後は畑を荒らす魔物退治だ。




