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秘宝 その2

 宙に浮く小さな板が秘宝だと父さんから聞かされて驚く俺たち、皆が動けないでいる中、レイアがすっと前に出て父さんに聞いた。


「ブラックさん、これ触っても大丈夫なの?」

「ああ、問題ないよ。寧ろ触ってごらん」


 恐る恐る手を伸ばしてレイアが秘宝を手に取る。そして指でそっと触れると、秘宝から動く絵や文字が飛び出してきて宙に投影された。読めない文字や記号が忙しなく動き回っていて、投影される絵が代わる代わる次々に映し出される。


「それは別の世界である地球という場所では、誰もが一般的に携帯していたものだそうだ」

「こ、こんなものをか!?」

「そうだ。どんな願いでも叶えるものを、その世界に生きる人たちすべてが持ち得ていた。とんでもない話しだろ?」

「とんでもないって言うか…、そんなものが世に溢れていたら…」

「カイト君の想像の通りだよ。秘宝は簡単に人の願いを叶え過ぎた。人の欲望というのは果てがない、シェイドと対峙したお前たちなら分かるだろう?どんな願いでも叶えるという意味の恐ろしさを」


 誰もが秘宝を持ち得た世界を想像するだけで、確実にろくな未来が待っていないと分かる。シェイドのことを知らなくとも、そんなことがまかり通れば際限のない欲望が人々の暮らしを滅茶苦茶にするのは目に見えている。


「しかしいくらなんでもおかしくないですか?どんな願いでも叶えてしまうその力は一体どこから…」

「マナだよアンジュちゃん。マナは秘宝が作り出して世界中に放出している。君が使う魔法だってそうだ、火を起こすという願いを叶えるためにマナを利用するだろ?手順はそれぞれ違うだろうが、願いを叶えるという意味では一緒なのさ」

「マナが、秘宝から作り出されもの…?理を捻じ曲げ世界に干渉する力…、魔法、術式、道具、四竜、アーティファクト…。もしかして秘宝の本来の機能は、マナの生成とその操作ということですか?」

「本当に敏い子だな。話を聞いただけでよくその結論に到れるものだ」


 どういうことか分からないでいる俺とカイトにアンジュが説明してくれた。


「つまりですね、願いを叶えるために必要なマナという未知のエネルギーを秘宝が生成し世界中をそれで満たします。秘宝は世界に満ちたマナを操作して、奇跡としか思えない様々な現象を作り出すことができるという仕組みです。今までどれだけ研究してもマナのエネルギーが未知のままだったのは、元々この世界にないものだったからということです」

「じゃあ俺たち皆知らぬ間に秘宝の影響下にあったってことか?」

「この世界に生きるすべての人と物がそうです。魔物から着想を得て生み出された魔法は、秘宝を介すことなくマナエネルギーを利用する技術で、そのための手段が理論化されたものです。アーティファクトなどから着想を得た魔道具なども、必要な結果を得るためにマナを利用するものが道具に置き換わったに過ぎません」

「じゃあ俺の体を生かしているアーティファクトって一体何なんだ?」


 カイトがそう聞くと、秘宝を触っていたレイアが話しに入ってきて答えた。


「秘宝から作り出されたアーティファクトは、より効率的にマナエネルギーを利用できるものよ。私が思うにアーティファクトは秘宝の劣化コピー品よ。秘宝としての機能を用途ごとに特徴付けて作り出されたもの、だから普通の魔道具よりマナの運用効率が優れていて、威力や能力が高いものが多いのね」

「これでも劣化品なのか?」

「はっきりとは分からないけど、秘宝は自らと同等のものは生み出せないのよ。それができるならシェイドがすでにやってると思わない?それにそもそも魔物を生み出した秘宝のコピーがあるじゃない」

「あ、そっか。だけどそれすらも本物には及ばないなんて…」

「秘宝は劣化品とはいえ新たな生命を生み出すことができる。その事実は、正直私も恐ろしいとしか言いようがないわ。それを思うままにしていたシェイドのこともね」


 改めてそれに立ち向かった双子の兄弟のことをすごいなと思った。そしてそれだけに終わり方が悲しい。俺は父さんに聞いた。


「なあ、ここってシェイドの息子さんたちが作ったんだよな?秘宝を封印するために」

「ああそうだ。名前はライトとキリアンと言うらしい。命がけで封印を施し、シェイドの野望を食い止め続けた。お前たちが役目を継ぐこの時までな」


 俺は二人に思いを馳せて祈りを捧げた。正直秘宝の機能は俺の想像を遥かに越えていて理解の及ばないものだった。


 これをシェイドから奪取し、あくまでも人のために使い続けた。これを所有していたということは、二人もまた同様に世界を思うがままにできたということだ。少しも誘惑がなかったとは思えない。


 シェイドは秘宝を自らのために使い続け、兄弟は人のために使い続けた。秘宝の使い道がその後の世界の命運を分け、そして長い時をかけ最後にはシェイドを討ち果たした。


 その一助ができたことが誇らしかった。世界をシェイドから守ってくれたこと、そして父さんの命を救ってくれたこと、二つ目は偶然だけど結果として父さんは救われた。だから心から感謝した。




「それで、父さんはどうしてもう一度ここに戻ってきたの?」


 俺はずっと疑問に思っていたことを聞いた。ここに戻ってこなければならない理由があったとして、それが何なのか気になる。


「俺はな、もしシェイドが何らかの方法で竜の印を手に入れてここを訪れた場合の最終防衛線の役目を担わせてもらっていた。あのジジイを仕留め損なったのは俺の責任だからな、だけど俺が探し回っていたら奴は絶対に尻尾を出さん」

「それは確かにそうかも、ブラックさんのこと相当印象に残っただろうし」

「レイアちゃんの言う通りだ。あのジジイは勝てると思った時しか動かん。間違いなく俺が老衰して死ぬのを待つだろう」

「せこいなあ…、でもあのジジイにはそれができるからな」

「だからここで待ち受ける以外になかったってことだ。秘宝を渡すことだけは避けなければならん。要するに俺はシェイドに根比べを仕掛けたってことだ」


 父さんは伝説の地に残り続けることでシェイドを牽制し続ける道を選んだ。それはいつまで続くか分からない最悪の勝負だった。


 母さんと俺のことを断腸の思いで残して、伝説の地で秘宝の守護者となることを誓った。世界の破滅というシナリオだけは避けようとした。


 四竜に自分の生死について秘密にさせたのは、奥の手を晒すことを避けるためだった。シェイドとの根比べにも影響が出る。


 父は人知れず世界を守り続けていた。すべてをなげうってまで、この伝説の地でたった一人。いつ来るか分からない敵を倒すために。


「アーデン、お前にも母さんにも話せなかったことを謝る。しかし俺はこの世界が好きだ、お前たちが生きるこの世界を守りたかった。でもこうも思っていた。お前はきっと俺を追うだろうとな、だから手がかりを残した。その手記は俺の未練というか期待だった」


 父さんは俺の前に立って言った。


「だがお前は俺の想像を越えてきた。仲間たちと力を合わせてシェイドを倒した。息子の成長を見られる幸せを諦めた俺にとって最高の贈り物だ。本当によく、よくここまで来たな。俺はお前を誇りに思うよ」

「何だよ、そんな…急にあ、あらたま…あれ?」


 どうしてか急に言葉に詰まった。それどころかぼたぼたと足元をなにかが濡らした。頬に手をやると、いつの間にか涙が溢れ出て止まらなかった。


 悲しくない、父さんと再会できて嬉しい。でもそれ以上に感情がぐちゃぐちゃになって涙が止まらなかった。そんな俺を父さんが抱きしめた。堰が切れるように俺は泣いて父さんにすがった。ようやく父さんとの再会を喜ぶことができた。




 皆は俺が落ち着くのを待っていてくれた。ようやく涙が止まって話ができるようになってから話を続けた。


「父さん。秘宝と伝説の地はどうするの?」

「どうもこうもない、それはお前たちで決めなさい」

「えっ!?どうして?」

「俺の目的はもう達成された。秘宝に興味もない、ここに残る理由もないさ。ここのことはお前たちで話し合って決めなさい」


 確かに俺たちには、それぞれが秘宝と伝説の地にかけた夢と思いがあった。全員で話し合って結論を出す必要がある、この冒険の終わり方についての結論を。


 俺たちの冒険の終わりが着実に迫ってきていた。どんなに楽しい冒険でも、必ず終わりを見つけなければならない、そして帰るべき場所へと帰る、それが一流の冒険者というものだ。


 秘宝を囲んで車座になる。皆の緊張した顔を見回してから、俺は話を切り出した。

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