さらばエイジション帝国
リュデルを目覚めさせたかったとはいえ皆の前で倒れた俺は、カイトからは小言、アンジュからは説教、レイアからは大目玉を食らった。それも当然のことだと俺は甘んじて受け入れて反省した。
それからは静養して回復につとめしばらく大人しくしていた。起き上がれるようになってからはメメルが一緒に機能回復訓練に付き合ってくれた。仲間たちも代わる代わる付き添ってくれて、数日の内にはすっかり元の体調に戻っていた。
「もう問題なさそうですねアーデン様」
「うん大丈夫そうだ。ありがとなメメル、そっちも色々大変だろ?」
「皆さまから受けた恩に比べたらこの程度なんてことありません」
そこまで大仰なことをしたつもりがないのでこそばゆいが、感謝されると悪い気はしない。俺が頬を掻いて照れ隠しをしているとレイアに後頭部を叩かれた。
「いい気になってるでしょ?」
「そ、そんなことねーよ!」
「どうしようもないアーデンは置いておいて。メメル、本当にいいの?」
どうしようもないとは何だと抗議しようとしたが、そんなことよりも気になることがあったので置いておいた。
「そうだよメメル、レイアなら絶対完璧な義手が作れるぜ?」
「機能も盛り沢山にするわ」
「飛び出すパンチはどうだ?」
「いいわね。手のひらからビーム出すってのはどう?」
「めっちゃカッコいい!じゃあさ…」
「あのっ!」
俺とレイアの会話が盛り上がってしまってメメルが声を上げた。二人でごめんと謝って向き直る。
「お気持ちは嬉しいのですが気持ちは変わりません。拙はこのままでいいです」
「無駄な機能は省くよ?」
「そういった理由ではありません。なんというか、けじめみたいなものなのです」
「けじめ?」
俺の問いかけにメメルは頷いた。
「拙はこれまでお家のため戦いに身を置き続けてきた。アンバー家の名を背負う限り、それが一生ついてまわるものであると考えてきました。でも、本当は戦い方ってもっと沢山あるはずだと思ったんです。拙はその可能性を探したい」
「でも、それならなおさら…」
「自由になる腕があればいい、確かにそれもその通りです。だけど今は、どうしてか腕をなくした今の方が心持ちが軽いんです。いつかお願いする日が来るかもしれません。でも今はこのままでいいです」
ここまで言われてまだ意見を押し付けるのは無粋だとレイアは引き下がった。俺もそれでいいと思い黙って頷く、新しい道を探す自由は誰にでもある、いつだって人は自由だ。
「でも…」
「ん?」
「もう冒険者に戻れないのは少し寂しいです」
寂しそうに微笑むメメルを見て、俺は頭を振ってドンと胸を叩いた。
「メメルの気持ちも俺が一緒に持って行く。俺は今まで会った人たち皆と一緒に冒険してるつもりだ、これまでのすべてが今の俺に繋がってるからな!」
「…ふふっ、では伝説の地がたっくさん人が入れる広い場所であることを願いましょう」
メメルの笑顔が少し明るくなった。嬉しくて俺も笑顔を返した。俺の心の中に何人いてもきっと大丈夫だ、伝説の地にはもっと一杯詰め込んだ人がもういる、俺たちはこれからその人に会いに行く。
扉をノックして返事を待つ、中から声が聞こえてきて俺は扉を開いた。
「よっ!リュデル、フルル」
書類仕事をしていたリュデルはペンを置いて首を回した。傍らに立つフルルがしっかりと頭を下げた。
「アーデンか、どうした?忙しいから手短にな」
「変わらねえなあお前も」
「当たり前だろう、僕は僕だ。そんなことを言いにきた訳ではないだろう?」
「うん。色々世話になったけどそろそろ俺たち行くよ。だから別れの挨拶にきた」
「そうか」
一言で済ますリュデルにフルルがばつが悪い顔で言った。
「あ、あのリュデル様。流石に別れの挨拶がそれだけって、あたしでもどうかと思うのですが…」
「ああいいよいいよフルル。俺もそんな長いこと話すつもりないし」
「えぇ…?」
「大体な、こいつはどうせいつかふらっと会いに来るぞ。こちらの都合など考えずにな」
「そうそう。リュデルが腑抜けてたら俺が叩き直してやらないといけないし」
「お前などにそんな姿見せるか阿呆が、返り討ちだ」
「言うじゃねえかよ。長々とすやすや寝てたくせに」
「何だと?」
「何だよ?」
俺とリュデルのにらみ合いの間にフルルがバッと手を広げて入ってきた。ぶんぶんと手を振って慌てたように言う。
「はいはいそこまでそこまで!リュデル様、流れるように喧嘩腰にならないでくださいよ。アーデンも分かってて煽るな!」
「はははっごめんごめん、でもこれで元気そうなのは伝わったよ。憂いもなくなった。俺は伝説の地へ行くぞリュデル」
「好きにしろ。僕はその資格を失った。怪我のせいで体の自由も前よりずっと効かない。しかしそれ以上に帝国のことで手一杯だ、冒険をする理由も暇もなくなった。心残りはない。お前たちに任せる」
伝説の地へ向かうこと、それはすなわち秘宝へと繋がる道だ。追い求める理由がなくなったとはいえリュデルもそのために冒険をしてきた。
俺たちに任せるという言葉は様々な思いが込められている。もう冒険者としては活動しないこと、秘宝を諦めること、壁に飾られている陽炎盾ソルと月聖剣ルナがそれを物語っていた。
「任されたよ、リュデル」
「…アーデン」
「うん?」
「…シェイドを倒し、帝国を救ってくれたことを感謝する。お前たちがいなければ僕たちはすべてが終わっていた。…行って来い偉大な冒険者たち、伝説の地へ」
リュデルに俺は軽く手を振ってその場を後にした。偉大な冒険者たちという称号をリュデルからもらえたことが嬉しかった。もう冒険者として道が交わることはないけれど、好敵手からの評価を胸に刻んで前へと進む。
俺はリュデルの所から戻ると、旅支度を終えていた皆と合流した。皆はそれぞれすでに挨拶を済ませていて、後は俺だけだった。
「待たせてごめん」
「どうだった坊ちゃまは?」
「いつも通りだよ」
「では、行きましょうかアーデンさん」
「そうだな。レイア、ゴーゴ号は?」
「バッチリ調整しておいた。いつでも行けるわ」
荷物を積み込みそれぞれゴーゴ号に乗り込んだ。エイジション帝国では本当に色々なことがあった。言葉では言い表せないくらい、本当に沢山のことが。
しかしシェイドを倒して俺たちの冒険は終わりではない。夢の目的地はまだ先にある。俺たちはそこへ向かうためにゴーゴ号で走りだした。
ゴーゴ号を走らせ俺たちが向かったのはシーアライドだった。そこにあるカイトの船が目的だ。帝国から遠い道のりを時間をかけて走りきり、ようやく海の国シーアライドへと戻ってくる。
港へ向かうと懐かしい人が出迎えてくれた。
「パットのおっちゃん!」
「カイト!それに皆も!」
「お久しぶりですパットさん」
そこにいたのは変わらず港の管理をしていたパットさんだった。カイトは抱き合って再会を喜び合い、俺たちも握手を交わして挨拶をした。
「離れていてもエイジション帝国の話は聞いていたよ。シーアライドもオリガの件があったから槍玉に挙げられてね、少々国も荒れた。しかしグリム・オーダーの親玉を君たちが討伐したと聞いた時は心から嬉しかったものだ。見ない間にとても成長したんだね」
「そうですかね?」
「本当に見違えたよ。特にカイト、お前本当に…、よかっ…よかったなあ」
「ちょっとちょっと、泣かないでくれよパットのおっちゃん!」
そう言って慌てるカイトの目にも涙がきらりと光っていた。カイトのことを昔から知るパットさんにとって、一番に見違えて見えたのはカイトなのだろう。
「あのさ、俺のセリーナ号動かせるかな?」
「勿論だとも。いつ皆が戻ってきてもいいようにきちんと整備もしておいた。いつでも出せるようにしてあるぞ」
「流石だぜ!見てきていいか?」
「行って来い。セリーナ号もお前さんを待ってるぞ」
カイトは跳びはねて駆け出して行った。それを見送った後パットさんが俺たちに向き直る。
「セリーナ号を出すということは、今度は船旅かい?」
「ええ。とある島へ向かうんです」
「ほう?どこかね?」
「最果ての地と呼ばれるクロン島です」
俺たちの次の目的地クロン島、その名を聞いたパットさんは首を傾げた。
「あそこかい?しかしあの場所は…」
「おおい!アー坊!皆!いつでも出られるぞ!」
「分かった!じゃあパットさん、俺たちはこれで失礼します」
頭を下げて別れの挨拶をし、俺たちは久しぶりにセリーナ号へと乗り込んで海原へと出た。
冒険者たちを見送ったパトリックはまだ首を傾げていた。それもそのはずでぽそりと呟いた。
「あんな何もない島に行ってどうするんだ?」
疑問はつきなかったがまあいいかとパトリックは微笑んだ。無邪気に笑って船出の旅に出る彼らを見ていたら、そんな疑問も束の間に吹き飛んでしまった。




