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痩せ我慢の主張

 帝国城跡地、何もなくなった場所にリュデルは立った。月聖剣ルナを突き立て、陽炎盾ソルをつけた手を置き、付き従うアンバー家の双子の姉妹メメルとフルルを両隣に置き立っていた。


 帝国の象徴だった場所でリュデルはすうと息を吸い込んだ。そしてゆっくりと語りだす。


「皆聞いてくれ、僕の名はリュデル・ロールド。この混沌に終止符を打つため話をさせてほしい」


 リュデルの声は、アンジュが施した魔法と帝国中にある魔術印を利用して、頭の中に直接語りかけられていた。帝国のすべての人たちにリュデルの声が響く。


「エイジション帝国が今存亡の機にあることは皆実感していることだと思う。すべての人が変化を受け入れきれず戸惑いを隠せない。これはどうしようもない事実だ」


 聴衆者は皆その声に手や足を止めた。突然始まったことに驚き困惑していたからであった。


「僕は亡き皇帝リチャードの思想に共感し、その理想を叶えるために行動してきた。それがすべて嘘で、僕を騙すための演技だったと気がつくこともできず、その感情を利用されて終わった。僕は気が付かぬ間にシェイドの走狗と成り果てていた」


 自らの醜態を赤裸々に語るリュデルの言葉に、あるものは「こいつが原因か」と憤りを覚えた。そしてあるものは「帝国滅亡の引き金を引いた大罪人」であるとリュデルのことを唾棄した。


 混迷を極める現在の帝国国民たちは、誰かに責任を押し付けたくて仕方がなかった。悪いのは自分たちではないと信じたかった。実際はそのような感情に付け込まれ、シェイドとリチャードに利用され民衆も踊らされていたのだが、それに負い目を感じているものは少なかった。


 多くのものたちは自分たちが被害者でありたいと思っていた。事実、グリム・オーダーの被害者であったことは間違いはない。何も知らぬままに瞬く間に変わりゆく世界に取り残され、受け入れがたい現実に放り投げだされて被害を受けたことに違いはない。


 だがそれは自らの行いを正当化させる言い訳にはならない。すべてを失ってなお残ったものを救おうと奔走するものや、義の心でもって国と民に尽くそうとしている人たちを貶めてはならない。


 何故ならその争いこそシェイドが望んだものであり、思惑通りの行動だったからであった。人の醜さを浮き彫りにし、本来手を取るべき隣人の手を振り払わせる。人と人が分断されていく帝国の内情は、争いを生み出す火種となりつつあった。


「騙されていたと言い訳するつもりはない。僕は間違えた。それは変えようがない。しかしそんな僕や帝国のために命をかけて戦ってくれた冒険者のことを知ってほしい。それとかつて、世界を救おうと戦ったものがいたことを知ってほしい。シェイド・ゴーマゲオとの戦いが、どれだけ苛烈なものであったのかを聞いてくれ」


 それからリュデルは、自らの冒険で見聞きしたすべてのことを国民に語った。シェイド・ゴーマゲオの悪魔じみた野望と、それを阻止するために散っていった兄弟の話を語った。人知れず世界を守り、真実を伝える竜から教わったことを丁寧に語った。


 誰もがその言葉を黙って聞いていた。シェイドが生んだ争いが世界に広がり、多くの人を殺し血を流させた。しかしそれはシェイド一人が行ったことではなく、シェイドが点けた火が燃え盛って人に伝わっていったものであることを、今の自分たちの姿と重ねた。


 元凶である実の親を止めるために、文字通りすべてを捧げた双子の兄弟のことを知り。兄からすべてを奪われながらも、今だ諦めることなく帝国のために尽くしているオーギュストのことを重ねた。


 浅慮と不理解がシェイドにとってどれほど付け込みやすい弱点なのかを皆知ることになった。今自分たちが何をすべきで、何と戦うべきなのかをリュデルは訴えかけた。


「シェイドは偉大な冒険者たちによって倒された。アーデン・シルバー、レイア・ハート、アンジュ・シーカー、カイト・ウォード。彼らは強大な敵に怯むことなく、持てる力と強い意志で立ち向かった。しかし彼らは四人だけで戦っていた訳ではない。冒険の旅で培ってきた絆、繋がりが彼らの背を押した。シェイドには決して持ち得ない力で戦ったんだ」


 その力の名をリュデルは一言で表した。


「団結だ。手を取り合い紡ぐ絆こそが僕たちの力だ。シェイドには手に入れられない最強の力だ」


 今ここで人々の心が離れ離れになれば、争いはまた生まれるだろう。シェイドは死ぬ前にその種を世界中にばら撒いて導火線を用意した。このまま帝国が荒れていけば、その導火線に火をつけるのはまたしても帝国となるとリュデルは確信していた。


「負の歴史をここで断ち切らねばならない。争いと過ちを繰り返してきた我々だからこそ、その重みを知ることができるはずだ。その悲しみを知れるはずだ。我々は争うのではなく正さねばならない。強い絆で結ばれた強い国であらねばならない。それができるのは選ばれしものでも高貴な血筋でもない、ここに生きるすべての人で成されなければならない」


 リュデルの言葉は次第に祈りにも似たものへと変わっていた。


「それぞれが持つ力を合わせ困難に立ち向かおう。謗るのではなく、それぞれがもつ信念を、夢を語らおう。手を取れば温かい、微笑みあえば安らぐ、それこそが人の強さであり、誇り高き帝国国民が持ち合わせている力だ」


 言葉でどれだけ心動かせるのか分からなかった。まんまと騙された自分が何を言ったところで聞く耳を持たれないだろうとも思っていた。それでもリュデルは、過ちを繰り返さない国を作る夢を達成しようとあがいた。


 何もかもが思い通りになる秘宝など手元にある必要はない、人の心と繋がりの中にこそ万能の力はあることを、リュデルはアーデンたちとシェイドの戦いから学んだ。


 力を合わせれば巨悪にも負けないことを好敵手が証明した。それを伝えることが自分の役目だとリュデルは立ち上がった。話し終え膝をつきそうになったリュデルの体をフルルが支えた。


「ご立派でございましたリュデル様。拙はあなたのことを誇りに思います」


 メメルの言葉にリュデルは微笑んで応えた。そして力尽きて気を失った。穏やかな顔で眠るリュデルを、二人の従者が優しく見つめた。




 リュデルの主張は帝国中の人々に届いた。しかしそれですぐに変化が訪れる訳ではない、まだまだ不穏な空気は漂っていて、事件だって起きていた。


 それでも少しずつではあるが気運が変わり始めていた。しかしそれがリュデルの主張をきっかけとしていたものなのかは分からない。


 まず変わったのは保身に走った貴族たちの心境の変化であった。すでに自分たちの身分を保証する国はなくなった。ならばその行為になんの意味もないことを思い知った。それに気がつくことができたのはロールド家という帝国でも屈指の名家である嫡男が、平然と国民から批判されている姿を見たからであった。


 自分たちに今できることは、持てるものだった義務を果たすことであると知った。そうでなければ国民から更に攻め立てられて、最悪の場合命すら危ぶまれる状況に陥りかねない。


 それに元々高貴な身分であったことに対してのプライドというものがあった。リュデルが自らのことを「間違えたもの」と称したことを重く受け止めていた。それは自分たちも「間違えたもの」の一人だったからであった。


 汚名をすすぐには迅速な行動が不可欠である。善い行いが伝わる速度は悪評よりも遅い。先んじて行動しておかなければ、いずれ自分の行いに苦しめられることは目に見えていた。


 現金なものではあるが、保身に回られるよりはずっといい。それに元より国家運営に関わる人材であったため、動き出せば結果を出すのは早かった。


 そうして土台が安定し始めると、今度は国民の態度が改まり始めた。暴徒と化した一部の人々は、真面目に国のため働く国民から煙たがられるようになった。そんな無責任なことをしている場合ではないと気付いたためである。


 自分たちが生きる場所を自分たちで守らなければならない。そんな意識が芽生え地に足をつけた生活を心がけるようになった。そこに過激な思想や暴力は必要はなく、熱はあっという間に冷めて消えていった。


 なおも暴れようとするものは正常化した帝国軍によって鎮圧され、治安の安定化に積極的に取り組む姿は人々の希望になった。働く姿が目に見えて実感できるのは、生活意識を高めることに役立った。


 捕らえられたものへの処罰も、オーギュストの計らいで最小限に留められた。罰こそしっかりと受けるが「責は我にあり」という姿勢を崩さぬオーギュストは、次第に人々から高評価を集めることになった。


 リュデルの思い描くような国になれるかはまだ分からない、不安定な情勢はまだまだ続く。しかし、一人の男の信念が籠もった祈りがきっかけを与えたことは間違いなかった。


 エイジション帝国はゴーマゲオ帝国の二の舞いにはならない。リュデルの夢はゆっくりと芽吹き始めていた。

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