叫び
「アーデンッ!!」
「アーデンさんッ!!」
メメルが去った後、カイトがレイアとアンジュの二人を連れてきてくれた。俺が口を開く前に、二人は飛びついてきて苦しいほど抱きしめられた。
「ぐぇっ」
「馬鹿!あんたいつまで寝てるつもりだったのよ!さっさと起きなさいよ!!」
「そうですよ!いつもは寝坊しないくせにどうしてこんな時ばっかり寝坊するんですか!」
「ぐ、ぐるし…」
「私たちがどれだけ心配したと思ってるの!?あんた死んでるみたいに起きないし、動かないし、一人でシェイドと戦ってるし!!」
「手を握った時本当に冷たくて、アーデンさんが死んじゃうって思ったんですよ!!」
「まあまあまあ、二人共それくらいにしてやらないとアー坊本当に死んじまうぞ」
カイトが二人を引き剥がしてくれたお陰でようやく拘束から解かれた。息の根を止められかねなかったが、それだけ心配されていたと思うと受け入れられた。
「レイア、アンジュ、二人共ありがとう。心配して来てくれてたんだろ?」
「そりゃそうでしょ。あんな姿見せられたら」
「アーデンさん、本当に大丈夫なんですか?」
「まだ体の自由は効かないけどな、でももう大丈夫だ。ちょっと休めばすぐ起き上がれるようになるさ」
心配する二人の顔を見やって俺は言った。完全に安堵してもらえた訳ではなさそうだが、ようやくほっとした表情を見せてくれた。
俺としても、四人が揃ってようやく肩の荷が下りた気がした。心から安心できた気がした。皆の安全をこの目で確認して、あの苛烈な戦いにやっと一区切りがついた。
「皆帝国のために色々働いているんだろ?あれから様子はどうだ?」
「うーん、どう言ったらいいんだろう。確かに私たち色々やってるけど、それが役に立ってるかどうかは微妙ね」
「オーギュストさんが奮起して復興に力を入れていますが、どうしても漂う閉塞感は隠しきれませんね」
「俺も力仕事で走り回ってるけど、会うやつ皆どっか暗くて落ち込んでるよ。帝国を離れる人も減らねえしな」
三人からそれぞれ話しを聞いて、エイジション帝国の悲惨さが見えてきた。
象徴を失ったことで政治は混乱した。特に今まで深く関わってきた貴族たちは取り乱し、もう立場も何もないと言うのに地位を守るため保身に走ろうとした。
国が崩壊したというのに卑しくも権力を保持し続けようという姿勢は、国民たちの反感を買った。無論貴族としての立場を弁えて、国をまとめるため今まで築き上げてきたもので人々に奉仕するものもいた。しかし悪評ばかり広まるのは早くて、権力者は目の敵にされてしまった。
国内の対立が深まる中、国外での地位低下も大きく響いてきた。シェイドとリチャードが引き起こした一連の騒乱はすべて帝国国内で起きた出来事であり、再建に向けて集まっていた同情は、一転して批判へと変わった。
国内外の混乱を鎮めるには時間が必要だった。それだけではなく人員も金も多くのものが必要になる。しかし人々は帝国を見限り他所へ居場所を求め、帝国に忠を尽くしてきた優秀な人材も愛想を尽かしてしまった。
帝国からの流民は他国との軋轢をさらに深めることになり、迫害や小競り合いが頻発した。その抑えを行う人材も減り、穴を埋めるためにオーギュストさんや一部貴族たちが奔走した。
しかしこの期に及んで保身を重視する貴族はまるで役に立たず、国民の批判の声を高める要因となっていた。そうした声を弾圧する目的で暴力が振るわれた事例もあり、貴族の殺害や屋敷への放火など、治安は悪化の一途を辿っていた。
「皆そんな人ばっかりじゃないって分かっていても、やるせなくて気持ちが爆発しちゃうんでしょうね」
「オーギュストさんはそれでも踏ん張ってるんだが、まあリチャードの身内でもあるからな、評価はまちまちだ」
「折角シェイドを討ち果たしたというのに、なんだか物悲しく思ってしまいますね…」
シェイドが引き起こした事態とは言え、人々は団結せず争いを続けている、これではまるでシェイドに嘲笑われれているようだ。こんな時こそ争っている場合ではないというのに、それを叫んでも聞く耳を持つ人はいないのだろうか。
「…カイト、肩貸してくれ」
「構わねえが動いて平気か?」
「駄目だと思うけど今動かなきゃもっと駄目になる。皆も一緒に来てくれ」
俺はカイトの肩に掴まった。力が入らなくてずるりと転びそうになると、レイアとアンジュの二人が逆側から支えてくれた。俺は皆の力を借りてある場所へと向かった。
眠ったままのリュデルを見て俺は声をかけた。
「おいリュデル、さっさと起きろよ。もう十分寝ただろ?」
俺は仲間たちに体を支えられながら言葉を続けた。聞こえていなくとも続けた。
「このままだと帝国は崩壊するぞ、それを黙って見てるような奴じゃあないだろお前は。今すぐ起きてお前にしかできないことをやれよ」
「…」
「リュデル、借りてたアーティファクト返すよ、これがなかったらシェイドを倒せなかった。助かったよ。でもさ、俺たち冒険者ができることはここまでなんだ。シェイドは倒せても、人の心をつなぎとめることはできない。どんなにあがいてもな」
「…」
「だからそれをリュデルがやってくれ。お前は俺に言ったよな過ちを正す理想の国を作るのが夢だって、今ここに秘宝はないけど、力がなくたって作れるんじゃあないのか?お前の夢、お前の力で叶えられるんじゃあないか?今目を覚まさないとお前の夢も国も消えちまうぞ」
「…」
「起きろよ!!リュデル・ロールド!!お前の夢叶えてみせろよっ!!」
叫んだ所で聞こえていないことは百も承知だった。けれど叫ばずにいられなかった。今ここでリュデルの力が必要だと分かるのは俺だけだ。
リュデルは嫌味で皮肉屋でいけ好かない奴だ、だけど芯のある強い奴だ。四竜の印だって俺たちより早く集めきったし、大切なものを守るために戦い続けた。
その大切だったものに裏切られ傷つき、死の淵を彷徨うリュデルを呼び止められるのは俺しかいない。理屈だとか常識だとか、そんなつまらないものに縛られない。今ここでお前の目を覚まさせる。
急にまくし立てたせいで喉に激痛が走った。咳き込む俺を皆が心配するがそれでも声を張り上げようとした。その時、小さくか細い声が聞こえてきた。
「…うる…さい。頭に響くだろ」
「リュデル!!」
「ここは…屋敷か…、誰でもいい、状況を教えろ」
やっと目を覚ました好敵手の姿を見て俺は心の底から安堵した。そして情けないことだが、無理が祟ったのか俺の意識はここで途切れた。レイアの「馬鹿」と叫ぶ声が少しだけ聞こえた。
気を失ったアーデンを仲間が連れ出し、リュデルの元にはメメルとフルルが集められた。シェイドとの戦いの結果と、その後帝国で起こったことの仔細を二人から聞き終えると、リュデルは目を閉じて思案した。
リチャードのことをまだ割り切れないのは自覚していた。その後負った傷と悔しさも、自分がシェイドとの戦いに参加できなかった不甲斐なさも、無理やり噛み砕いて飲み込んだ。
そんな下らないものに囚われてはいられない、間違いなく今がエイジション帝国にとっての分水嶺だと理解していた。その窮地にあって自分にできること、自分がやらなければならないことを考えた。
「フルル。オーギュスト様を呼んできてくれないか?本来であれば僕は出向くべきなのだが、何分まだ動けそうもない」
「ただちに」
「メメル。治癒師をここへ、多少無理してでも体を動かす必要がある。どうすればいいか僕に教えてくれ」
「勿論です」
指示を受けて部屋を出た二人を見送り、リュデルは誰もいなくなった部屋で顔を腕で覆った。
「ああクソ。体中痛くてたまらないじゃあないか。目覚めたのはいいが何もかも滅茶苦茶だ。投げ出してやりたくて仕方がない」
一人心中を吐露するリュデルはぐっと力を込めた。
「それでも…、それでもだ。やってやるよアーデン。お前はシェイドを討ち倒した。なら僕はシェイドの残したものを討ち倒してやる。冒険者リュデル・ロールドは、挑戦ではなく救済という冒険に挑んでやる」
リュデルの瞳に強い意志と光が宿った。負けてられるかという好敵手への闘志が、彼を死の淵から呼び戻した。リュデルにとって、最後であり最難関の冒険が始まろうとしていた。




