VS.シェイド その4
立ち上がったシェイドの体には、レイアとカイトが協力してつけた傷がすでに塞がっていた。しかし完璧な修復は出来ず大きな傷跡が表面に残っていた。
一対一となったアーデンとシェイド。大きな体を見上げるアーデンを見下ろしながらシェイドは言った。
「貴様一人か?仲間はどうした」
「ここにいる」
アーデンは胸を叩いてそう言った。シェイドはそれを嘲笑する。
「何の役にも立たないではないか。吾輩の力の前に貴様一人では無力だ」
「一人じゃねえって言ってるだろ。皆俺の心の中にいるんだよ、そして俺に立ち向かう勇気をくれる。何度でも立ち上がる勇気をくれる。誰一人として欠けてない、お前の前にいるのは俺一人じゃあないぞシェイド、お前を許さないすべての人と一緒に俺はいる」
「馬鹿馬鹿しい戯言だ。実際この場にいるのは一人だと言うのに。吾輩は不死身だ、貴様に万に一つも勝ち目はない」
アーデンは大きなため息をついた。構えを解いてシェイドに話しかける。
「なあシェイド、お前長く生きてきて悪いこと一杯やってきたよな。でもそれだけ人と接する機会だってあったはずだ。お前は人を見てきて、自分のやったことに何も思わなかったのか?」
「何が言いたいのかまるで分からんな」
「お前が見てきたのは本当に人の愚かな部分だけだったのか?俺はそんなことないと思う。お前が本当にしたいのは戦争だとか人の成長だとかそんなものじゃあない、お前は息子に裏切られたことが許せないだけの、底が浅い復讐者だ」
その言葉を聞きシェイドは体をピクリと反応させた。アーデンはシェイドが激昂するものかと思っていたが、意外にも冷静なままで口を開く。
「成る程、言わんとすること分からないでもない。吾輩が人に注ぐ情熱なぞとうに枯れ果てた。吾輩を突き動かす衝動が何であるか吾輩にすらもう分からん。だがな…」
「何だよ」
「命が簡単に塵となる惨たらしい死と、愚かしい人々の醜い争いへの渇望だけはあの頃から一度たりとも失ったことはない。吾輩は人の死に魅せられている。希望が絶望へと転じた時ほど生きている実感を得られるのだ。吾輩はやはり人を支配するべき存在なのだ」
その言葉を聞きアーデンはようやく真にシェイドのことを理解した。邪悪にしか生きることが出来ない存在がいる、死に魅せられ人を貶めることでしか自らを満たせない存在がいる。
シェイドの器は最後まで満たされることはない。どれだけ生を重ねても、屍を築き上げても、シェイドは絶対に満足することが出来ない。誰とも心を分かち合うことが出来ないからだ。
もういつからそうなのか自分でも分からないほどにシェイドは壊れきっていた。壊れた器が死ねない体で彷徨い続けているだけの肉人形、それがシェイド・ゴーマゲオの本質であった。
「…お前の息子さんたちは間違えたんだな」
「ああ、吾輩に逆らうなど…」
「そうじゃねえ。お前を止めるなんて到底叶うはずもなかったんだ。止められやしないさこんなもの、もしお前が止まるとしたらそれは死ぬ時以外にはない。お前は自ら死を体験し、それを実感して初めて止まることが出来るんだ」
アーデンは改めて紫電の切っ先をシェイドに差し向けた。閃く刃にシェイドは目を細める。
「俺が引導を渡してやるよ老いぼれ。精々あの世で息子さんたちに謝り続けろ」
そう言い切るアーデンの姿がシェイドには在りし日のブラックの姿と重なって見えた。それがシェイドの怒りに火を点け激昂させた。消しきれなかった因縁をここで消し切ると滾らせた。
アーデンはファンタジアで縦横無尽に移動してシェイドの攻撃を回避する。そしてすれ違いざまに何度も斬りつけては離脱を繰り返した。
止まることのない素早い移動に急所を狙った一撃離脱、戦闘スタイルすらブラックの面影と重なりシェイドを苛立たせた。
一対一の勝負、戦闘力は圧倒的にシェイドの方が高い。攻撃、防御、敏捷、魔法、どれを取ってもシェイドはずば抜けていて、文字通り手数も多い。
だが戦いが始まってからシェイドは一撃もアーデンに与えることが出来ていなかった。鉤爪に脚や尻尾を使った波状攻撃、回避する隙間すら与えない魔法による広範囲攻撃、ドラゴンブレスによる超破壊力攻撃、どれも通用せず見切られていた。
実際シェイドの攻撃の威力は、魔封結界で弱体化させ猛攻で追い詰めた今もあまり衰えていなかった。ダメージを受け弱りはしたものの、不死の力によって傷は塞がり回復を続けていた。
何故シェイドがアーデンに攻撃を当てることが出来ないのか、その答えは頭をよぎったある感情の仕業であった。
それは「恐れ」だった。これまでの戦いで見てきた何度でも立ち上がるアーデンたち、古くから伝えられてきたシェイドに立ち向かわんとする意志、負ったことのない負傷と激痛、それらが積み重なりいつの間にかシェイドは、恐怖を強く意識付けられていた。
鉤爪による斬撃を軽く躱してすれ違いざまに爪を削ぎ落とされた。尻尾の薙ぎ払いを上に避け、落下の勢いを利用した下突きで尻尾を根本から切断する。すぐに再生出来るとはいえ、痛みは消えない。
痛覚を遮断してしまうことも考えたが、どこから攻撃されるのかを追い切ることが出来ない今それをすればアーデンのことを完全に見失ってしまう。気が付かぬうちにズタズタに斬り裂かれていたという状況に陥りかねなかった。
恐れはシェイドを蝕みじわじわと動きを鈍らせていた。戦闘不能に追い込んだはずのアーデンの仲間の姿すら目の前に浮かんでくる、まとわりついた幻影はこれまでの戦いの中での仲間たちの奮闘と揺らがぬ意志が、シェイドの心に刻み込まれて見せていた。
焦燥感に駆られ闇雲に攻撃を繰り出すシェイド、攻撃が掠りでもすれば致命傷を与えられることは事実だった。しかしそうすればそうするほどに動きは単調なものとなり、アーデンにとっては避けるのが容易く、また攻撃に転じやすい拙攻になる。
「忌々しいッ!忌々しいッ!!忌々しいぞアーデン・シルバーァッ!!!」
響き渡るシェイドの絶叫、それは憤怒が頂点に達したことを示していた。切るつもりがなかった最後の手段を切らざるを得ない状況は、プライドの高いシェイドにとって死をも越える屈辱であった。
ドラゴンブレスを放つ前段階で集まる光、寸前まで力を溜め込んだそれを放つことなく飲み込んだ。想定外の動きにアーデンの足が止まった。
光を飲み込んだシェイドの体は眩く輝き始めた。目を開けていられないほどの閃光がアーデンを包みこんだ。
「カァッッ!!!!」
シェイドが四本の両腕を広げ力を解き放つ、体の内で溜めたエネルギーが大爆発を引き起こす。すべてを破壊せんとするシェイドの自爆はアーデンを飲み込み城を消し飛ばして大きなクレーターだけを残した。
不死であるシェイドにとって自爆のダメージもすぐに回復する。だがしかし、確実に殺せるとはいえ自爆などという方法を取ることは屈辱的であった。
だがこれでアーデンは城もろとも塵一つ残さず消し飛んだはず、自爆の攻撃範囲からして避けることは絶対に不可能であり、シェイドに肉薄していたアーデンは爆発に巻き込まれたと確信していた。
「愚か者めが…、しかし取ったぞ、その命確かに吾輩が取った!!もうこれで吾輩を邪魔するものはいないッ!!」
歓喜の声を上げるシェイドだったが、土煙の中に小さな光が見えて止まった。
「何だ?あの光は…」
その光は徐々に輝きを増していき、もっと大きく眩く、太陽のように輝きを放ち始めた。煙が晴れた時、小さな太陽を掲げて立っていたのはアーデンだった。
「貴様ッ!それはあの小僧の!!」
「そうだ。陽炎盾ソル、リュデルが託してくれたアーティファクトだ。今までお前の攻撃を防ぎ続けたこの盾が俺を守ってくれた」
シェイドはそこでようやく気がついた。今まで盾を持ち続けそれで防御していたのに、一対一となってからはそれを一切使わないどころか手放していた。
「まさか貴様、この時のために…」
「お前のことだどうせ奥の手はあると思っていた。だから盾のエネルギーは使わずに保持し続けておいた。爆発の前にファンタジアの紐で引き寄せた。お前にこれを気取られないよう、一撃離脱を徹底して俺が回避に重点を置いていると意識付けるためにな」
アーデンは避けきれないほどの攻撃がくることを想定して待ち続けた。紫電でもシェイドの体にもう一度風穴を開けることは出来たが、竜石に直接フォトンバーストを叩き込むには一手足りない。
その一手を補うのはリュデルが託したもう一本の剣だった。太陽の輝きを一身に受け、美しく輝く月の光を放つ剣、それを陽炎盾ソルからゆっくりと引き抜いた。
「ソルが溜め込んだマナを受け、月聖剣ルナは強く輝く」
最大級の輝きを放つ月聖剣ルナ、アーデンがそれを掲げると解き放たれたマナの奔流が空を貫いた。アーデンはそれを構えると、シェイドの体を刺し貫いた。
「グウォオオオオオァァァッ!!!」
ルナに貫かれたシェイドは叫び声を上げた。それは痛みや苦しみからくるものではなく、どちらかと言えば驚愕から出た叫び声であった。縫い留められまったく身動きの取れなくなったシェイドに向かってアーデンは駆ける。
貫かれた場所から竜石が露出していた。アーデンは渾身の力でそれに紫電を突き立て、最大限のエネルギーを限界まで流し込んだ。
タロンが死の間際に言った言葉の中に、負荷に耐えきれなかったというものがあった。アンジュはそれを覚えていて、強制的に大量のマナを送り込むアーデンの必殺技フォトンバーストであれば、短時間で一気に高負荷をかけられると分かっていた。
アーデンならば竜石を砕くことが出来る。アンジュの言葉通り紫電の突き刺さった箇所から竜石にヒビが入り始めた。大量のマナに耐えきれず飽和するマナエネルギーが溢れ出し、やがて竜石全体がヒビだらけとなった。
紫電を引き抜くとアーデンはその場から離れた。竜石の爆発がシェイドの体を飲み込んだ。轟音鳴り響く二度目の大爆発、それはアーデンが竜石を砕いたことを知らせる音にもなった。




