VS.シェイド その3
カイトが戦線復帰を果たす前、ロゼッタとモニカの二人は帝国に施された魔術印を使ってある魔法を行使しようとしていた。
古より暗躍し続けていたシェイドは、大戦争を引き起こし戦火を広げ多くの人々を殺め続けていた。時に人の心を揺さぶり誑かし、人の心の弱い部分に付け込んで殺し合いをさせ楽しんだ。
起きたことのすべてがシェイドの責任という訳ではない、醜い欲望が争う心を焚き付け、奪い合いを進んで行った者も確かにいた。シェイドはそれを見て悦に入り、愚かな人々を操り殺戮を楽しんだ。
しかしシェイドの実子が命がけで父の凶行を止めようとしたように、双子に生かされた人々の中にも、シェイドと戦争を止めようと行動を起こしたものたちがいた。
それは始め力なき弱々しい人々が集まった頼りのない集団であった。どれだけ頭数を揃えた所で勝てる見込みはまるでなく、シェイドとその一派にとっても取るに足らない脆弱な存在であった。
だからこそ彼らは考えた。どうしたら大戦争の事実を後世に伝え、シェイドを倒すための方法を見つけられないかということを考え抜いた。
命を賭した封印でもシェイドを弱体化させることしか出来なかった。息の根を止めるにはもっと多くの研究と時間を要することを彼らは知った。そこで考え出されたのは、知識を継承し研究を続けて、何世代に渡ろうともその目的を果たすためだけに生き続けるというものであった。
シェイドがグリム・オーダーという悪の組織を結成する裏側で、打倒シェイドを目的とした義の組織も結成されていた。いつの時代にも、アーデンたちのように巨悪に立ち向かおうとする者はいたのだった。
だが彼らの活動は慎重に秘密裏に行われる必要があった。闇に潜むグリム・オーダーから決して気取られてはいけない、グリム・オーダーとシェイドの目から逃れるためには、その闇より奥深くに潜む必要があった。
知識と記録の多くは暗号化され断片的になり、代を重ねるごとに継承は困難になっていった。それでも打倒シェイドの志、義に突き動かされその命を散らした双子の覚悟、その二つは決して忘れ去られることはなく受け継がれていた。
いつの日か自分たちの意志と力が役に立つことを夢に見た彼らの義心は、ついに日の目を見て果たされることになる。古きを識り、新しき世のため生きる彼女たちの力によって。
ロゼッタは歴史書を研究している時、文脈の中に「あってもなくてもいい」文言が散見されることを見つけ出していた。
それは違和感と呼ぶには根拠が薄く、気がつくことが出来たのはロゼッタだけだった。
見つけ出せた理由は、アーデンとレイア、二人と過ごした冒険がくれた経験のお陰であった。些細な手がかりであっても見逃さず、勇気をもって飛び込む大切さを二人から教わったロゼッタは、似たような記述がないか調べ尽くした。
そうしてロゼッタが集めたパズルのピースをはめて完成させたのはモニカだった。過去に一度同じような経験をしていたからこそ出来たものだった。
その経験とは、グリム・オーダーの本拠地へと空間転移する魔法を見つけた時のものだった。シェイドが時間をかけて術式を編み出したように、その対抗組織も時間をかけて術式を編み出し、それを暗号で隠しながら後世へ繋いでいた。
ロゼッタの発見とモニカの術式構築により魔法は完成した。その魔法の効果と精度を高めることに手を貸したのは、サンデレ魔法大学校のテオドール教授だった。
二人は完成した魔法が正しく作用するのかが心配になり、その調査が出来る人を探した。そして行き着いたのが一緒に保護されていたミシェルだった。ミシェル伝でテオドール教授に連絡を取ると、教授は二人の頼みを快く受け入れて協力した。
何より有利に働いたのはその魔法が現代に伝えられる魔法よりも、教授の研究分野である原初魔法に近しいものであったことだった。昔の人々が昔の方法で研鑽してきた技術であったため、原初魔法の色を濃く受け継いだものになっていたのだ。
受け継がれた過去の義心、それを読み解いたロゼッタ、情報を組み合わせたモニカ、そして長年受け継がれてきた研究の成果を仕上げたテオドール。アーデンたちに協力してきた仲間たちが繋いだ絆が実を結んだ。
発動した魔法はシェイドのみを対象とした大規模な魔封結界だった。帝国内の監視を目的として施された魔術印は、いまやシェイドの動きを極限まで封じ弱体化させる結界に変わっていた。
シェイドの動きが止まって、カイトがダメージを与えられるようになったのはこのためだった。思うように体を動かすことの出来ないシェイドを見て、アーデン、レイア、アンジュの三人は一斉に動き出した。
制限されながらも暴れに暴れ、何とかカイトのことを振り落としたシェイド。しかし今度は、全身を斬り刻まれる痛みが襲った。吹き出す血が地面を濡らした。
アーデンはファンタジアの紐を用いて高速移動を繰り返し、目にも止まらぬ速さで何度もシェイドを斬りつけた。動きが鈍っているシェイドにアーデンを捉えきることは出来ず、一方的に傷を増やしていくばかりだ。
アンジュはシェイドの懐に潜り込むと、尾を黄金色に変えて雷撃を放った。シェイドは体を硬直させ口から煙を上げる。次にアンジュは尾を青色に変えると地面を撫でた。足元を凍りつかせシェイドの動きを更に抑制する。
この戦いが初めてシェイドの体が崩れて地面に膝をついた。それは攻撃が通りダメージが入ったことを意味しており、その証拠にシェイドの息が上がり始めていた。
「おかしい、おかしいぞ。吾輩は不死身の力と竜に匹敵する肉体を得たはずだ。それが何故このような虫けら共に膝をつかねばならないのだ。許さん…許さんぞぉ!!!」
シェイドがガパッと大口を開けると眩い光が集まり光線が吐き出された。ドラゴンブレスの模倣版、しかし模倣とはいえ威力は絶大なものだった。辺りを薙ぎ払ったブレスは物体を溶解させ煮えたぎらせた。
アーデンたちを巻き込んだ強力無比な攻撃であったが、煙が晴れて姿を見せた時全員が健在であった。アーデンが構えた陽炎盾ソルに、アンジュが障壁を重ね合わせて攻撃を防ぎきった。
「お嬢ッ!!今だぜ!!」
「分かってる、きっちり合わせなさいよ!!」
後方で控えていたレイアとカイトが動き出す。レイアはバイオレットファルコンにクラッシュパイルをセットすると撃ち出した。シェイドの体に杭が突き刺さり食い込んだ。
同時に飛び出したカイトは拳を握りしめ集中力を高めた。狙いを定めた場所はレイアの杭が突き刺さった箇所、そこを目がけて渾身の一撃が放たれた。
「フレアブラストォッッ!!!」
杭を押し込むようにカイトのフレアブラストが叩き込まれた。クラッシュパイルにフレアブラスト、高威力の連撃は杭を推し進め、とうとうシェイドの体を撃ち抜いて大きな風穴を開けた。
「グウオオアアアアアッッ!!」
シェイドの絶叫が響き渡った。激痛と屈辱が怒りの炎を燃え上がらせる、大ダメージを負いながらもシェイドは次なる一手を撃つ準備をしていた。いち早くそれに気がついたアンジュが叫ぶ。
「皆さん!私の後ろに!早く!」
アンジュは尾を白色に変えると全力で障壁を張り巡らせた。シェイドは両手のひらに漆黒のマナを集めて暗黒の塊を作り出した。魔封結界の影響下を受けながらも上級魔法を発動させるまでのマナを集める驚異的な力は、シェイドが魔法の技術を長年研鑽してきた賜物であった。
振り下ろされた暗黒がアンジュの障壁とぶつかり合う。バチバチと飛び散る火花とパキパキと音を立てて少しずつ破られていくアンジュの障壁、地面に沈み込むほどの圧をアンジュは歯を食いしばって耐えた。
ぶつかり合う二つの上級魔法の威力は拮抗していた。シェイドの暗黒はアーデンたちを飲み込まんと押しつぶそうとし、アンジュの障壁は何枚も割れながらも暗黒を食い止め押し返していた。
強大な魔法のせめぎ合いで溢れ出た力はやがて飽和状態に陥る、行き場をなくしたマナは暴走を始めやがて二つの魔法の間で大爆発を引き起こした。カッと一瞬の閃光が走り轟音と共に炸裂する。
爆発の衝撃はアーデンたちとシェイドの両方を大きく吹き飛ばした。シェイドの巨体は落下の衝撃で地面にめり込んだ。
アーデンは弾き飛ばされた後全身を襲う痛みに耐えながらふらりと立ち上がった。必死に仲間の名を呼び無事を確かめる。煙にむせながらも瓦礫をどかすと、そこには三人の姿があった。
「レイアッ!アンジュッ!カイトッ!!」
仲間に駆け寄ったアーデンは呼びかけて意識を確認した。レイアは気を失っているが目立った傷はない、アンジュも体の痛みに呻いていたが無事だった。
カイトは爆発の瞬間、体を張って三人の身を守った。一番大怪我を負っていてピクリとも動かない、しかし胸のフレアハートは弱々しくも鼓動していた。
命の危険はないが三人が戦闘不能となった。爆発の中比較的軽症で済んだアーデンだけが動くことが出来た。アーデンは三人を城外の安全な場所まで運ぶと武器を手に取った。
「ア、アーデンさ、ん」
「アンジュ!?大丈夫か?無理に喋るな」
一人シェイドの元へ行こうとするアーデンをアンジュがか細い声で引き止めた。駆け寄ってきたアーデンの耳にぐっと顔を寄せてアンジュが話す。
「レイアさんとカイトさんがシェイドに負わせた傷の近くに、魔石のようなものが見えました。あれは恐らく…」
「竜石か?」
「ええ。アーデンさんのフォトンバーストなら竜石を砕くことが出来ます。そ、そこを狙っ、てく、ください。そ、れで…」
「分かった。もう大丈夫だアンジュ。後は俺に任せろ」
アーデンに言葉を伝え終えるとアンジュはふっと意識を失った。倒れないように受け止めて安静にさせると、改めてアーデンは立ち上がり駆け出した。
土煙を上げ地響きを鳴らしながらシェイドも起き上がった。アーデンとシェイド、最後の一騎打ちが始まる。




