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狂気

 何かが起こることを予測していたとは言え、リチャードが裏切ることだけは誰も予測出来なかった。茫然自失としているオーギュストさんに、血溜まりに倒れているリュデル、救い出そうとファンタジアの紐を伸ばそうとした時、誰かが素早く俺を横切った。


 そこにいたのはフルルだった。重症を負ったリュデルを抱きかかえると、即座にその場から離脱し俺たちの背に隠れた。リュデルの傷は深く大きい、息も絶え絶えで今にも力尽きそうになっている。


 アンジュはすかさず治癒魔法を使ってリュデルの傷を癒やした。そこにフルルも加わり、二人はリュデルの延命に力を使う。


 シェイドは玉座に座りながら口を開いた。


「健気なものよな、そのボロ雑巾をまだ生かそうとするとは。利用されていることに気が付きもせず吾輩に四竜の印を献上することになったというのに」

「シェイド…ッ!!」


 こちらの態度など知ったことかというようにシェイドは話しを続けた。


「束の間に味わった英雄気分はどうだったかね?民衆から向けられる羨望の眼差し、濃厚な称賛という蜜に酔いしれたかね?うん?」


 シェイドの言葉にリチャードが続いた。


「愚か者共めが、帝国の復興も、民衆の扇動もすべてこの時のためのもの。グリム・オーダーは投降したのではない、役割を終えて解体されたのだ。そして私はそのことを利用した。被害者意識が高まった帝国に同情を集めるためにな」

「まんまと踊らされた愚かな民衆の手によって、唯一吾輩への糸口となりうるエルダーも始末することが出来た。煩わしかった改造人間を処分してくれたことは礼を言おう。すべて出来損ないであったが得難い知見を手中に収めることが出来た」

「グリム・オーダーの最後の一人はエイジション帝国皇帝の私だ。そして役割を果たした今、私も消えグリム・オーダーは真に壊滅する」


 そう言うとリチャードはシェイドの元まで歩みを進め跪いた。シェイドがリチャードの頭に右手を置くと、リチャードは苦しみの声を上げながら体をウェアドラゴンへと変化させた。


 苦しみに悶えながらもその身をシェイドに差し出すことを厭わないリチャード、やがてリチャードの体はベキベキと音を立てて折りたたまれていき小さくなり、シェイドの右手の内へと吸い込まれて消えた。


「まさか…、吸収したのか?」


 冷や汗を流しながら声を上げるカイト、にやりと笑ったシェイドは頷いた。


「そうだ。そしてこれを見よ」


 シェイドが右手の甲をこちらに向けると、信じられないものがそこにはあった。それは俺たちも持つ四竜の印、サラマンドラ、ニンフ、シルフィード、ゲノモス、すべての印がシェイドに刻まれている。


「どうしてあんたがそれを…」

「確かに本来であれば吾輩がこれを手にすることは不可能だった。忌々しい封印が今なお吾輩を縛り付けている。今までは別の人間を利用して伝説の地へ行くことを模索した。だがどいつもこいつもゴミばかりの役立たずでな、封印の性質上吾輩は支援することもできない。そこでだ」


 シェイドは言葉を切って俺を指さした。何のことか分からず眉を顰める。


「吾輩はある男に目をつけた。どんなに過酷な場所であろうと踏破し生還する、偉大な冒険者と呼ばれた貴様の父、ブラック・シルバーだ」

「馬鹿なことを言うな。父さんがお前の言う事なんて聞くはずがない」

「その通り。だが吾輩には長い年月を生きて培ってきた都合のいい手駒がいくらでもいる。そして冒険者は依頼という形で動かすことが出来る。更にブラックは未知への探究心を無視出来ない男であった。伝説の地に眠る秘宝、面白いほど簡単に食いついてきた」


 俺は反論しようと思ったがぐっと言葉に詰まった。いくら言葉を探しても「確かに父さんならそうする」という言葉しか見つからなかった。


 父さんは絶対に冒険心に抗えないし、その過程で竜の存在まで知れば確実に深入りする。計画に組み込まれているかどうかを考えたかどうかまでは分からないが、最後まで冒険をやり切るというのは分かる。


「冒険者の中で唯一それを成し遂げた男がブラックであった。伝説の地への道を開いた時、吾輩はブラックを不意打ちし始末しようとした。しかし奴は、忌々しいことに吾輩が放った大軍を、通常なら即死してもおかしくない大怪我を負った体で蹴散らし伝説の地へ逃げ込みおったのだ!」


 怒りからシェイドは玉座の肘掛けを拳で叩いた。顔を真っ赤に染めて体を震わせている。


「当たり前だ卑怯者め、父さんがお前なんかに負けるはずない。不意打ちしたのも、正々堂々戦ったら勝ち目がないと思ったからだろ?一対軍なんて構造、恥ずかしいとは思わないのか?」


 俺の言葉にシェイドは不機嫌そうに眉を顰めた。しかし怒りの感情はスッと消えて話を続ける。


「憎たらしいが貴様の言う通りだ。人を使うことがそもそも間違いであった。吾輩の所有物は吾輩が取りにいく、秘宝を手にするのは吾輩でなければならない。そこで吾輩は一計を案じた。それがウェアドラゴン計画だ」

「どういうこと?四竜を殺したとしても、それで印が手に入る訳じゃあないでしょ?」

「ほう、貴様がタロンを殺したか。大したものだと言いたいところだが、あれに伝えたことは偽りだ、四竜を殺すことが不可能であることなどとうに分かっていた。吾輩の目的はただ一つ、四竜の印の奪取に他ならない」

「どうしてそれがウェアドラゴンと繋がるんだ?」


 カイトの質問に気をよくしたのかシェイドの語り口が若干滑らかで早々としたものになった。


「貴様ら竜の印を手に入れた時こうは言われなかったか?その印は竜の力の一部であると」

「…確かにそう言われた」

「竜の力はどう扱っても人の身には余る。そのことはタロンの存在が証明している。だが竜でさえこの世界の一部だ、様々な実験を重ねようやく人の手によって極めて近しい力を生み出すことは出来た。竜の力を一時的に奪い、それを保持し譲渡する肉の器は作ることが出来る」

「それってまさか、リチャード皇帝のこと?」

「そうだ。奴はただその目的を果たす為だけに行動し、子を利用し、禁忌とされる魔法を自分に使ってでも周りを欺き続けた。その身を異形のものへ変え印を奪い取り譲渡する。吾輩に秘宝へ至る鍵を捧げる為だけにな」


 リチャードに秘められた狂気の沙汰、それを知った俺たちはただただ言葉もなく恐怖した。


 今までのすべての行動が、たった一度のこの機会を得る為だけのものだったなんて、とてもじゃあないが信じられることではない。しかしすでに真相を語ることの出来るリチャードはシェイドに吸収されて消えた。


 仕組まれていた茶番だったと気がついた時にはもう遅く、リュデルは大怪我を負い、竜の印はシェイドの手に渡った。状況は最悪だった。


「さて、吾輩はそろそろ吾輩の秘宝を取りに行くとしよう。この足で堂々と伝説の地の封印を破り、この手に秘宝を掴む。だが、お前たちはそれを阻むのだろう?」

「当たり前だ。お前を伝説の地に行かせる訳にはいかない。俺たちの手でお前を終わらせてやる」

「であろうな。別に相手してやる義理もないのだが、このままお前たちを放置していては目障りで仕方がない。貴様らを粉微塵にすり潰し、二度と吾輩に逆らうものが現れないよう人々の心に刻みつけてやる。城の上で待つ、死ぬ覚悟が出来たら来るといい」


 そう言うとシェイドの姿は消えた。隠れ通していたシェイドの釣り出しには成功したものの、それを上回る最悪の裏切りによって世界の命運は一気に破滅へと傾いた。


「ぐっ、ア…アーデン」

「リュデルッ!!」


 かすかながらも声を上げたリュデルの元へ俺たちは集まった。血の気のない死人のような顔をしていて喋っていていい体調ではないとすぐに分かる。


「無理に喋るな。早く治療を…」

「馬鹿が、僕のことはどうだっていい、それより、持っていけ」


 リュデルがフルルに目配せをした。するとフルルがあるものを取り出した。


「陽炎盾ソル、月聖剣ルナ、僕は、行けそうにないからな。せ、せめて役立ててくれ」

「リュデル…お前…」

「な、情けないが、こ、この有り様さ。し、しかし、起きたことを受け止めることも、理解するにも、じ、時間が、足りない。今ハッキリしているのは、お前たちが、勝たなければ世界が、お、終わるということだ」

「分かった。もう十分伝わったよリュデル。だからもう喋るな」


 俺はリュデルのアーティファクトを受け取ると、かすかに開いた目を見据えてしっかりと言った。


「勝って戻ってくる。だから死ぬな、絶対に死ぬなよ」

「ふっ、僕を、誰だと…」


 そこでリュデルの意識は途絶えた。ぐったりと横たわる体をフルルがしっかりと支えた。俺たちは立ち上がると互いの顔を見合わせた。


「皆、覚悟は出来てるよな?」

「当たり前でしょ。行くわよアーデン」

「終わらせましょう、この長過ぎる因縁を今ここで」

「なあに問題ないさ、あのジジイ勝手にぶん殴る相手をテメエ一人に減らしやがった。軽く消し飛ばしてやろうぜアー坊!」


 仲間の言葉に俺は頷いた。シェイド・ゴーマゲオ、奴の狂気を俺たちの手で断つ。


「行くぞッ!!」


 俺の掛け声で皆が走り出した。

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