帝国再建
エイジション帝国、皇帝リチャードは実子によって操られ国の実権を握られ続けていた。それがいつからのことであったのか、記憶の欠落、頑なに口を割らないエルダー、様々な要因が重なりついぞ判明しなかった。
グリム・オーダーの被害者、殊に実子によって行われた洗脳支配、それらの事実は話題性もあり国内外に広まった。同時に混乱も広がり、世は一時的に乱れた。
しかしリチャードの死亡とされていた弟オーギュストが生還し、自らの家族を皆殺しにされた被害者でありながら、兄と手を取り帝国の復興に取り組む姿は人々の同情を引き、懸命な姿は称賛を呼んだ。
更に皇帝陛下と親交のあった有力貴族リュデル・ロールド、そしてその仲間たちによる奮闘によって魔の手から開放されたという英雄譚は、帝国再建の喧伝に大きく貢献した。
そして各地に潜んでいたグリム・オーダー構成員の相次ぐ投降と処罰は、影に潜む謎の組織の壊滅を人々に印象付けた。グリム・オーダーの行いが明らかになり始めると、怒りの矛先はすべて逮捕されたものたちに向いた。
人体実験に改造、禁忌とされている違法な魔法の使用、人道に悖る行為の数々と、誰にも知られないまま実験によって死亡していった被害者の多さには批難の声が集まった。処罰は当然一番重いものになり、人々は処罰が進むほどに歓喜の声を上げ熱狂した。
その気運はどんどんと加熱していき、巻き起こった風は帝国を後押しした。いつの間にか帝国は反グリム・オーダーの象徴的な存在となっていた。望む望まざるはさておき、グリム・オーダーによってかき乱された帝国は、グリム・オーダーによってより強固な国となって再建が果たされることとなる。
そしてとうとう運命の日はやってくる、それは世界中から注目を集める人物の処罰が下される日だった。エルダー・エイジション、父親を操りグリム・オーダーの魔の手を世に広めていた首謀者の一人である。
エルダーは最期の時まで真相を語ろうとはしなかった。あらゆる手段が用いられた尋問でも、口を一文字に結んだまま取り乱さず、ただじっと耐える日々が続いた。
真相が明らかになるまではエルダーの処罰を待つようにと、父リチャードは周りにそう哀願した。都合のいいように操られた結果、弟とその家族に手をかけるような非道に落ちても自分の息子なのだと情に訴えかけた。
だがその願いは叶うことはなかった。兄の意向を汲んで奔走したオーギュストの努力も届かず、世界はエルダーの処刑を待ち望んでいた。膨れ上がった感情のガス抜きをせねばならず、情でもってそれを遅らせていると世間に知られれば、現在グリム・オーダーに向けられている敵意が、残党を匿っているというような誹りを受けて帝国に向きかねなかった。
事態はもはやエルダーの処刑でしか収束不可能な状態に陥っていた。皇帝リチャードは断腸の思いでこれを承諾し、世界情勢を汲みしてエルダーの処刑は公開する形で行われることになった。
本来このような蛮行が許されることはない。しかし人々の怒りは常識や倫理観を捨て去らせ無視させるほど昂ぶっていた。事件の真相究明をするべきだと主張し、最後まで処刑に反対の立場を取り続けていたのは、冒険者ギルドでグリム・オーダー絡みの事件に対処していたトロイ・ヘイズと彼の意見に賛同する一部の人間だけであった。
こうした事情を経て、エルダーの命運尽きる日がやってきたのだった。祈りを捧げ終え断頭台へと送られる直前に、皇帝リチャードは衆目を憚らずエルダーの元へ向かいその身を強く抱きしめた。
我が子を思い涙を流すその姿に見ていた人々は感涙にむせぶ、そして今までずっと黙ったままであったエルダーは抱擁を終えると、嘘のように声を荒げて暴れ始めた。
「父上ッ!!父上ーッ!!」
父上と叫び続け拘束されながらも暴れるエルダーを、何とか押さえつけ断頭台に固定する。処刑人が剣を構えた後振り下ろされた。
騒がしかった場に静寂が訪れる、その後歓声が上がり民衆は各々思い思いに胸の内を声に出して叫んだ。帝国の悪夢が終わり、真の皇帝が玉座に戻ってきた歴史的瞬間であるとエイジション帝国は沸いた。
エルダーの死後、帝国は追い風を受け更に隆盛していった。その象徴としての役割を務め、国内外で大きく貢献を果たしたリュデルに勲章が授けられることになった。
その授与式に合わせて帝国再建をリチャードが宣言し、これを以って帝国からグリム・オーダーが完全に排除されたことを喧伝することになった。これで電撃的に行われた奪還作戦は、いくつかの問題を残しつつも概ね理想的な形で完遂される。
あらゆる事柄の節目となる授与式に合わせて、エイジション帝国は国を挙げてのお祭り騒ぎとなった。人々は幸福を享受し安寧の日々を得た。皇帝とリュデルを称賛する声はそこかしこから聞こえてきていた。
授与式にはとある四名の冒険者たちの参加も認められていた。アーデン、レイア、アンジュ、カイト、この四名である。
彼らはリュデルに協力し帝国に巣食うグリム・オーダーと戦い勝利を収めた。リュデルほど話題には上がらないが、その中でもカイトは帝国軍関係者たちから人気を集めていた。
作戦の際カイトが直接手をかけた死者はなく、大怪我を追う負傷者も出なかった。どこまでも人道的に行動し、大勢の兵士に囲まれながらも怯むことなく戦い抜いた姿に憧れるものまでいた。
そんな今話題の中心にいる冒険者たちが一堂に会するとなれば、自然と注目度が高まる。国内のみならず国外も勲章授与式に目を向けていた。
授与式は厳粛な空気で始まった。熱狂していた人々も、その瞬間は誰しも固唾を呑んで見守っていた。リチャードが直々に祝辞を述べた後、勲章を手にリュデルの元へと歩みを進めた。
「リュデル、あの小さかったお前がこれほどまで立派になって私も嬉しく思う」
「陛下、小声とは言え人の目もございます。戯れはほどほどにしてください」
「よいではないか。今日この日を迎えることを私がどれだけ待ち望んでいたことか。冒険者となって四竜の証を集めた偉業、称賛されて然るべきだ」
「しかしまだ大きな問題が残っています」
「ああ、全くもってその通りだ。由々しき事態であることは私も理解している、だからその問題を解決せねばな」
リチャードの手からリュデルに勲章が渡る時、歓喜の声が上がろうとしていたその瞬間に事件は起きた。
リュデルの腹部をリチャードの右腕が刺し貫いていた。その手は人のそれとは大きくかけ離れており、鋭い鉤爪が生え皮膚は頑強な鱗が覆っていた。ぼたぼたと流れでる血は、貫いた腕が引き抜かれると共に盛大に吹き出して辺りを染めた。
「へ、陛下…、そ、その体は、ま、まさか…」
「ウェアドラゴンだよリュデル。お前から四竜の印を奪い取るためのものだ」
リュデルの体が崩れどしゃりとその場に倒れる。それを見ていたものたちは悲鳴を上げパニックを起こして取り乱した。怯え逃げ惑う人々は、兵士の静止も振り切って右往左往し、倒れた人を踏み潰していても気が付かないほどだった。
「あ、あ、兄上…、そんなこと、エルダーはもう…」
「オーギュストよ、我が愚弟よ、完全に見誤ったな。私はエルダーに操られていたが、エルダーがそうするよう仕向けたのは私だ。エルダーは自らの意志で私を傀儡化していたと思い込んでいたが、私がエルダーを操って自分を操らせたのだ」
「そんなまさか…、エルダーは…、エルダーこそ操り人形だったというのか?疑いの目を向けさせないために、我が子を犠牲にしたというのか?」
「そんな些末なことどうだっていいだろう。この帝国の真の支配者に玉座を用意する前座に過ぎない」
リチャードはウェアドラゴンに変化させたままの手を胸に置いて玉座に頭を下げた。そこに現れるものを迎え入れるために、偽りの皇帝が真の皇帝に頭を垂れた。
「ご苦労だったなリチャードよ、吾輩のために用意された椅子、中々に座り心地がよいではないか」
「お待ちしておりましたシェイド様。四竜の印の回収もこの通りつつがなく終わりました」
玉座に腰を下ろしているのは、エイジション帝国の前身であり、滅びたゴーマゲオ帝国のかつての皇帝。シェイド・ゴーマゲオであった。最後のグリム・オーダー構成員であるリチャードの裏切りによって、シェイドは四竜の印と帝国の玉座を一気に手に入れることになった。




