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認め合う二人

 エイジション帝国皇帝リチャード、その嫡男であり次期皇帝のエルダー・エイジションの逮捕及びグリム・オーダーとの繋がりは国内外に大きな動揺と衝撃をもたらした。


 国民は混乱し、弾劾の声を上げて皇帝陛下を批難した。帝国軍内部からも次々と逮捕者が出たことで、国防の信も揺らぐことになった。国の臣下たる貴族たちも、エルダーとの関係を暴かれまいと必死に保身に走った。


 このままでは帝国の存続自体が危ういとリュデルやオーギュストさんは方方を駆け回って事態の収拾に努めていた。エルダーから開放されたリチャード陛下も力を尽くしている。


 俺たち四人はと言うと、手伝えることもないので帝国の冒険者ギルドに身を寄せていた。そもそも帝国奪還作戦は釣りエサであり、本命はシェイドを釣り出すことが目的だった。


 なのでギルドと協力してシェイドに対する網を張り巡らせていた。しかし成果は一向に上がらない、それどころか、各地で暗躍していたグリム・オーダーの活動すらパタリと途絶えてしまっていた。


 驚くことはまだまだ続いた。各地で自らがグリム・オーダーであったことを認め、罪を自白して望んで逮捕される者が相次いだという報告が入った。トロイさんからそれを聞かされた時、俺たちは何かの罠ではないかと警戒した。


 しかし、逮捕された者は誰も彼も大人しく収監され、聞かれたことにすべて素直に答え、反省と謝罪の言葉を述べるばかりだった。誰一人として行動を起こすものはおらず、裁きの時を静かに待っていた。


 各地から集まる情報が報告される度にトロイさんは頭を悩ませていた。グリム・オーダー構成員の相次ぐ投降、首魁シェイド・ゴーマゲオの沈黙。一見すると帝国の騒動が契機となり、グリム・オーダーが敗北を認めたようにも見えた。


 だが俺たちは知っている。あの生ける屍の怪物シェイドがこの程度で諦める訳がない、何かことを起こす前触れであると危機感を強めていた。


 そんな俺たちの気持ちとは裏腹に、世界ではグリム・オーダーの脅威が取り払われていくことへの安堵感が生まれていた。見えざる敵が見える形で無力化されていく様は、事件をよく知らず蚊帳の外であった人々にとって、分かりやすい勝利の御旗になっていた。




「失礼しますトロイさん」

「おお、アーデン君。待っていたよ、これが例の物だ」


 俺は一人トロイさんの元に訪れていた。手渡されたのは一通の手紙、差出人は母さんだった。


「しかし本当に私も同席していいのかね?」

「構いません。多分ですけど、この手紙は俺宛てではないと思います。俺の周りにいる信頼できる大人に宛てたものです」

「まあ君がいいと言うのなら一緒に拝読させてもらうとしようか」


 トロイさんの言葉に俺は頷いた。そして封を開けて中身を取り出した。




 アーデン、作戦の成功はこちらでも確認しているわ。ここぞとばかりにエイジション帝国を攻め立てようとする国の牽制も今のところ上手くいっている。


 だけど世界に蔓延している弛緩した気運はあまりいい傾向とは言えないわ、寧ろ事態を悪化させかねない、そう私は考えている。


 こればかりはどうすることも出来ない問題よ、お手上げとは言わないけど、精々注意を促すことくらいしか出来ないわね。どう転ぶにせよ、良い結果になるとは思わない。覚悟しておいて。


 私が出来ることはもうあまりないわ。あなたたちの本命であるシェイドを処することでしか問題の根本は解決しない。


 そしてグリム・オーダーの一連の行動、私の勘だけど確実に他の意図があるわ。どこまで探りを入れられるか分からないけれど、恐らくことが起きる時は何かの節目の時よ。


 私の勘がどこまで当てになるか信頼出来るか、その判断は任せるわ。でも今誰か一人でも油断するとそれが致命傷になるでしょう。万事抜かりないよう、出来ることはすべてやりましょう。




 母さんからの手紙を読み終えたトロイさんは、ふーっと息を吐き出した。


「成る程ね、確かに君より周りの人間の引き締めを狙ったものだ。君の行動を見越してのものなのかどうかは分からないけれど、恐れ入るよ」

「母は冒険者ブラック・シルバーにとって、唯一頭が上がらない人ですから」

「手紙の指摘の通り、現在のグリム・オーダーの行動についてはもっと警戒が必要だね。私の方で働きかけてみよう」

「お願いします。俺は会わなきゃいけない人がいるので、これで失礼します」

「…会わなきゃいけない?ああ、そういうことか。分かったよろしく伝えておいてくれ」


 俺はトロイさんに挨拶をしてその場を立ち去ると、その足で城へと向かった。話をつけて呼び出した相手は、疲れた顔が隠しきれないまま俺の前に現れた。


「久しぶりだなリュデル」

「…あまり時間は取れないぞ」


 リュデルと久しぶりに再会した俺は、これまた久しぶりに一対一で話すことになった。




 俺たちの考えと、母さんからの手紙の内容についてリュデルに話した。聞き終えたリュデルは、黙って目の前のカップを持ち上げごくりと一口飲み込んだ。


「グリム・オーダーについては僕もまったく同じ懸念を抱いていた。しかしここ最近の忙しさで、それらを考える余裕がなかったな」

「帝国の方はどうなんだ?」

「…実を言うと事態は徐々に好転している。勿論陛下やオーギュスト様の尽力あってのものだが、追い風となっているのはグリム・オーダーの動きだ」


 それからリュデルは帝国国内の情勢について語った。


 皇帝陛下とオーギュストさんの働きで、国内の統制が図られ、権力者の徹底的な浄化が行われた。自らの身を切るのも厭わず、国が為に働き続ける姿に弾劾の声は収まっていた。


 寧ろ傀儡とされていたことに対する同情が集まり始め、皇帝陛下に対する評価と風当たりはいい方向へ向かっていた。死亡したとされていたオーギュストさんと協力する姿もその風潮を追い上げた。


 そこで起こった全世界各地のグリム・オーダーの投降劇、直接的な被害者であった皇帝陛下が救済されたことでグリム・オーダーは壊滅したという噂がまことしやかに流れた。


 エルダーを討ち捕らえ皇帝陛下の救出と開放を達成したリュデルは英雄視されるようになっていた。その勢いはとどまることなく広がっていき、皇帝陛下を救い、帝国の膿を倒し、巨悪を討ち果たした英雄譚は国民の感情を揺さぶった。


「エルダーを野放しにしていた加害者意識から、皇帝陛下を傀儡化されていた被害者意識へと変わり、グリム・オーダーの投降によって美談化が進んでいる。それが追い風となって国力を盛り返してはいるが、加熱し過ぎている節もある」


 リュデルはうなだれてそう言った。そして寂しそうに言葉をこぼす。


「あの戦いは皆の力あってのものだった。お前たちは勿論のこと、フルルも、腕を失ってまで奮闘したメメルのお陰で、僕はエルダーの元に辿り着いた。それなのに話題に登るのは僕ばかりだ。オーギュスト様からは、この熱を冷ましたくないからと辛抱するよう伝えられたよ」

「そりゃお前、利用できるものは全部利用しなきゃだろ?」

「頭で分かっていても心はそうはいかないさ。僕は一人英雄のように扱われ、仲間は正当な評価をされないでいる。外部の力ではなく、僕の力で成したと思われていた方が都合がいいからだ」


 仕方ないだろと言葉をかけようとしたが、リュデルの顔を見てそれを飲み込んだ。代わりに俺はリュデルの肩をがしっと掴んで言った。


「しっかりしろリュデル!俺たちは功績や評価が欲しくて戦った訳じゃない、シェイドをおびき出すために戦ったんだ!本当の戦いはまだこれからだろ、お前が祖国の王を救い帝国を立て直した英雄になればきっと奴は面白く思わない。誰からどう思われようとも構うなよ、あのクソジジイにひと泡吹かせるためにやってやろうぜ!」


 確かに腹が立たない訳ではない、メメルは一生の傷を負い、フルルは姉のため泣いた。カイトは先頭に立って危険な役目を引き受けたし、レイアとアンジュもグリム・オーダーの刺客を必死になって倒した。


 それを政治的に利用されることは確かにもやもやする。だけどそれで帝国が立ち直れるなら全然構わない、寧ろもっとやってくれていいとさえ思う。


「お前が俺たちの中で、誰よりも皇帝陛下を救いたいと願ったことに違いはない。胸張っていけよリュデル、英雄だろうがなんだろうが、いつもみたいに偉そうにしてろ」

「アーデン…。ふんっ、偉そうは余計だ。僕は実際に偉業を成したんだからな、精々お前も敬え」


 相変わらず疲れた顔ではあったがリュデルの笑顔を久しぶりに見た。俺はリュデルの背中をばんっと叩いた。


「英雄さんよ、まだ大仕事が残ってるからな。とっとと国をまとめてくれよ」

「任せておけ。僕を誰だと思っている」

「俺は知ってるぜ?威張り屋で高慢ちき、だけど心の芯はしっかりと通ったこの国の英雄だ。そして俺の好敵手だよ」

「そうだな、甘いことばかり言う夢想家の冒険者。お前は僕の好敵手で、お前がいるなら負ける気がしないよ」


 どちらともなくふっと笑い声が漏れ出た。やがてそれは大きくなっていつしか俺とリュデルは肩を組んで笑い合っていた。俺はリュデルのことを、好敵手であり大切な友人であるとやっとそう言えるようになった。

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