メメルとフルル
リュデルからメメルとフルルのことを頼まれた俺たちは、すぐさま二人の元へと向かった。メメルの負傷を目の前で見ていた俺は、内心気が気でなかった。
「ミシェル!」
「よかったアンジュ、無事だったのね!皆さんも、帰ってきてくれてよかった」
拠点に戻るとミシェルが出迎えてくれた。駆け寄ったアンジュは抱き合って無事を喜び合う、その後ミシェルは俺たちに言った。
「実は私アーデンさんを待っていたんです。メメルさんからもし戻ってきたら呼んできてほしいって頼まれたんです」
「本当?でもどうしてミシェルが?」
「私も何か力になりたくて、治療の手伝いをしていたんです。簡単なことしか出来なかったけれど、それでも皆の中でも慣れている方だったから」
確かに拠点に残った人たちの中で、世話を焼くのに慣れているのはミシェルくらいだろうと思った。ロゼッタやモニカさんは学者で他にまだやることも多く、カイトの仲間たちのサルベージャーは力自慢で頼りになるけれど、そういうことに向いてはいない。
「治癒師の方が絶対安静だと仰られてまして、フルルさんも面会出来ない状態なんです。だけどアーデンさんだけはどうしても呼んできてほしいとメメルさんが強く希望しまして、短時間ですが許可が出ました」
「…分かった。案内してもらえる?」
「ええ勿論です。えっとアンジュたちは…」
「私たちはフルルさんに会ってくる。知らせなきゃいけないこと沢山あるから」
ミシェルは頷くと俺の前を車椅子で進み始めた。俺は振り返って皆に軽く手を振ると、その後に続いてメメルの元へ向かった。
静かに扉を開けてミシェルと一緒にゆっくりと部屋の中に入る、あまり大きな音を立てないようにと注意されていた。横たわり眠っているメメルの隣までくると、ミシェルがメメルを呼んで目を覚まさせた。
「…ミシェル様」
「メメルさん、アーデンさんを連れてきましたよ」
メメルは首を少しだけ動かして俺に視線を向けた。姿を確認出来てほっとしたのか、苦しそうな表情が少しだけ緩む。
「無理なお願いを聞いてくださってありがとうございますミシェル様。治癒師の方は何か言っていましたか?」
「手短にと」
「分かりました。努力します」
「では私は出ます。近くで控えていますから、何かあったらすぐに呼んでくださいね」
ミシェルが部屋を出るのを見送ると、俺はメメルが横たわるベッドの近くに腰を下ろした。
メメルの顔色は悪く生気がなかった。負傷した右腕は損傷の激しい箇所が取り除かれて、右肩の少し先からはなくなってしまっていた。痛々しくて見ていられないほどの大怪我だ、しかし俺は目を背けることなくしっかりとメルルを見据えた。
「来たぞメメル」
「お呼び立てして申し訳ありません」
「そんなこと気にするなよ」
「…お礼を言いたかったんです。どうしても」
お礼と聞き返すとメメルは小さく頷いた。
「あの時リュデル様を連れて行ってくれてありがとうございました。アーデン様にも辛い決断をさせてしまったことを、拙は心苦しく思っていました」
「それは…」
「拙は知っています。リュデル様もアーデン様も優しい心を持っていられる。あの場で拙たちを置いていくこと、本当は絶対にしたくなかったのでしょう?」
そう言うとメメルは柔らかな微笑みを浮かべた。それを見た俺は言葉に詰まって押し黙るしかなかった。
「その優しさに甘えさせていただきました。ああ言えばきっとアーデン様は拙の気持ちを読み取るだろうと、拙は知っていて利用させてもらいました。ごめんなさい」
「…俺がわがままを言って残ろうとしても、メメルはきっと俺たちを蹴っ飛ばしてでも先に向かわせたと思うよ」
「ふふっ、そうかもしれません」
俺とメメルはやっと少しだけ笑い合えた。緊張がほぐれていくのを感じた。
「リュデル様をお救いくださったと聞きました。拙共の役目まで担わせてしまいましたね」
「どうってことないさ、それに二人ほどスマートには出来なかったしな」
「それは勿論ですよ。リュデル様のことを一番にお守りすることが出来るのは、拙とフルルだけですから」
「まったくその通りだ。リュデルも待っているよ、やっぱり両隣にはメメルとフルルがいなくちゃな。それに二人がいないとあいつ多分ずっと一人ぼっちだぞ、少しはあの嫌味な性格直させた方がよくないか?」
「…いいえ、リュデル様はあのままでいいんです。それでいいんですよ」
「そっか…。まあしおらしくしてると調子狂うもんな」
「まったくその通りです」
俺とメメルはもう一度笑い合った。もう緊張なんてなにもない、友人同士の他愛のない会話と屈託のない笑顔だった。
「アー坊から聞いた。メメルの様子はどうなんだ?」
カイトはフルルにそう聞いた。フルルは沈痛な面持ちで頭を振った。
「腕はもう元に戻ることは無い、それだけじゃねえ、あれだけの大怪我をして無茶をし過ぎた。メメルはもう以前のように戦うことは出来ねえ」
「で、でも、命は助かるのよね?」
レイアは心配そうに手をぎゅっと握りしめて聞いた。フルルの表情は冴えないままだったが、その問いには頷いた。
「ただ命が助かっても、もうリュデル様の隣で戦うことは出来ねえんだ。そしてそれは、アンバー家の人間として死んだとも言える。メメルはもうお役目を果たせない」
「それでも生きてまた会えるじゃあないですか」
アンジュの言葉にフルルは頭を振った。
「再会だけじゃ意味がねえ、あたしたちはリュデル様に仕えてこそなんだ。それこそがあたしたちなんだ。あたし一人でも意味がねえ!メメルが隣に居なきゃ駄目なんだっ!!」
言葉の途中からフルルの目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。悔しさが目から滲んだ。感情が溢れだし言葉が止まらなかった。二人で誓い合った約束を果たすことが出来なかった。
泣きじゃくるフルルにカイトが胸を貸した。顔を埋めて小さく丸まり背中を震わせている、メメルとフルルにとって「剣となり、盾となり、この身も守り抜いた主を生かす鎧となる」という家訓と誓いがどれだけ重たいものだったのかを三人は思い知った。
レイアとアンジュはフルルの背にそっと手を置いた。気持ちをすべて分かち合うことは出来ない、しかし悲しみを分かち合うことは出来るはずだと手を置いた。背に感じる手の温もりと、体を優しく抱きとめられる安心感に、ゆっくりとフルルは落ち着きを取り戻していった。
しかし悲しみが尽きることはない、フルルにとってメメルはもう一人の自分と言っても過言ではない存在だった。どれだけ覚悟をしていても、いざその時が来て受け止められるかと言えばそうとは限らない。
帝国を取り戻すために必要なことだった。しかしその代償は大きかった。リュデルは自らを支えるかけがえのない一翼を失ったことをまだ知らない。
作戦は成就し帝国奪還は果たされた。だが明るく眩い夜明けとはならない、まだまだ濃い陰を落とす巨悪が残されている。メメルを欠くことになっても、アーデンたちが立ち止まることは許されなかった。




