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リュデルVSエルダー

 アーデンとクリアの戦いが始まると同時に、リュデルとエルダーの戦いも始まった。リュデルは盾と剣で攻撃を巧みに捌きながらエルダーへ迫る。


 これを受けるエルダーの剣捌きも見事なもので、帝国剣術を教える師範代の指導を受けた堅実な動きを見せた。


 技量という側面を見ればリュデルとエルダーに大きな差はなかった。拮抗、またはエルダーがほんの少しだけ劣るものであり、それだけで勝負を決めきるものにはならない。


 しかしこれは命の奪い合いであり、負ければどちらかは死ぬか再起不能にされる真剣勝負だった。冒険者として常に戦場に身を置くリュデルと、安全な場所で多くのものの庇護下にあるエルダーでは経験値に明確な差が生まれる。


 リュデルは盾でエルダーの剣を受けると、上方へぐいっと押しやった。エルダーはその程度でバランスを崩すような使い手ではない、しかし意識は自然と上方向へと向けられる。


 すかさずエルダーの足を踏み抜くリュデル、骨を砕かんばかりの衝撃と激痛が襲いエルダーは怯んだ。そしてリュデルは盾を構えて体当たりを繰り出す。防御も間に合わず諸に体当たりを食らったエルダーはふっとばされて床に転がる。


「ぐっ!ぐぐ、き、貴様ぁ!!」


 剣を支えにして立ち上がるエルダーが憤怒の表情を浮かべた。リュデルはというと極めて冷静に武器を構え直し、次の攻防に備えている。余裕を見せる表情はエルダーのプライドを刺激した。


 如実に表れる経験の差にエルダーは追い詰められていった。だが戦いはまだ始まったばかりだ、エルダー自身、戦闘能力でリュデルに勝るものはないと自覚していた。


 だからこそシェイドから賜った剣を持ち出してきていた。鮮紅色の刀身が脈打つように妖しく光った。それを握るエルダーの瞳も、鮮紅色へと変化して同様に光りを放った。




 エルダーに与えられた魔剣「スレイヴ」の材料は数多の人間だった。あるものは望んで、あるものは無理矢理に、そしてあるものは大切なものと引き換えにしてシェイドに隷属した人々が材料である。


 シェイドは隷属した人間を使って様々な実験を行っていた。その中で、人の心の強さや精神性、魂についての研究を行っていた。


 特別な力をなんら持たない凡百の愚者であっても、その愚者に謀られ野望を阻止された経験がある。それは自分が無意味な存在と切り捨てていた双子の実子のことであった。


 無能であっても信念を貫き通したあの力は何だったのか、どれだけ長い時を生きていてもシェイドには理解が出来なかった。そこでシェイドはある実験を行った。


 何も持たせず人々を一処に集めると、そこへ一振りの長剣を放り投げた。当惑する人々に向かってシェイドは言った。


「最後の一人になるまで戦い続けよ、手段は問わない。生き残った最後の一人は吾輩の側で仕えることを許す」


 シェイドは殺し合いが始まった光景を高みから見下ろしていた。ただ一つの生を求めて他者を殺す。その光景の中に、何と引き換えにしても生きるという意志や執着心のもつ力を見出そうとした。


 放り込まれた剣は一振りのみ、当然剣は取り合いになる。剣がなくとも人を殺すことは出来るが、あればより効率よく手にかけることが出来る。


 その地獄を生き残るために人々は剣を手に取る。そして剣は次々と他の人の手に渡り振るわれた。数多の戦術、戦略、技術、そして人々の執念が剣に宿った。


 何の変哲のないただの長剣がいつしか姿形を変え、刀身は殺された人々から吸い上げた血のような鮮紅色に染まっていた。


 勝ち残った最後の一人が空高く剣を掲げた。屍の山を築き、人々の命を使って作り出されたのが魔剣スレイヴだった。


 拍手をしながら近寄ってくるシェイドに、勝者は手にした剣を捧げた。シェイドは満足そうに頷きその剣を受け取ると、最後の一人となった勝者の胸に深く突き刺した。


「どう…して…」


 スレイヴに刺し貫かれ、一人残らず実験に使われた人間は殺された。シェイドは最初から一人も生かすつもりなどなく、最後まで勝ち抜いた勝者の魂を剣に収めることで魔剣を完成させるのが目的だった。


「最後にとびきりの魂をくれてやったというのに、面白みのないものになって終わってしまったな。吾輩にあの力を理解することは不可能なのだろうか…」


 完成したスレイヴはとてつもない力を秘めた魔剣へと変貌していた。しかしシェイドはそれへの興味を失って鞘へ収めた。恩賞としてエルダーに下賜するまで、その存在すら忘れていた。




 そんな事情など知らないエルダーは、スレイヴとの同調を始める。数多の魂と血を吸い上げたスレイヴは、持ち主に力と戦う技術を与える。スレイヴが持ち主を操って戦闘動作を最適化させる力があった。


 同調を果たしたエルダーは一気呵成に飛びかかりリュデルへ攻撃を加えた。経験の差はなくなり、戦闘技術すら遥かに凌駕するエルダーの動きに、リュデルは防戦一方となった。


「ハッハッハ!!どうしたどうした?リュデル!!防ぐだけで精一杯かあ!?」


 スレイヴと同調したエルダーの猛攻は止まらない、生き残りを賭けた地獄で培われた戦闘力のすべてがエルダーに伝わっている。リュデルは確かにそれを防ぐことだけで手一杯であった。


 どんどんと動きを加速させていくエルダー、最初こそすべて防ぎきっていたリュデルであったが、次第に体の至る所に切り傷が出来てきて血が滲む、ダメージは少しずつだが蓄積していった。


「ヒャハハハハハッッ!!無様無様無様ァ!!無様だなリュデル・ロールドォッ!!この私にたてつこうなど身の程知らずにも程がある!!」


 狂気の奇声を上げながらエルダーはリュデルに攻めかかり続けた。なすすべもなく身を守り続けているだけの無様な奴めとエルダーはリュデルのことを見下した。


 エルダーの鋭い一撃がリュデルに迫る、完全に取ったと確信したエルダーだったが、そこでぽつりとリュデルが呟いた。


「成る程、これですべてか」


 ガキンと音を立ててエルダーの攻撃が完璧に弾かれる、余裕をもったその動きにエルダーは「はっ?」と声を漏らし一瞬呆けてしまった。


 それからエルダーのすべての攻撃はリュデルが完璧に防ぎ、捌き切った。どんなに鋭い攻撃も、意表を突くトリッキーな一撃も、簡単に払われてしまう。


 エルダーとスレイヴの同調は切れていない、寧ろ戦闘を続けるほどに同調はより深くなっていきそれが動きに反映されるようになっていた。


 それなのにどんな攻撃であろうとも、そのすべてがリュデルに通用しなくなった。それどころか、今度は徐々にエルダーが攻撃を防ぐ機会が増えていた。それがどんどんと積み重なっていき、攻守の立場が完全に逆転してしまった。


 リュデルの猛攻を防ぎながら何故とエルダーは考え続けた。スレイヴとの同調に問題はなく、これまでで一番完璧に同調していた。そうでなければリュデルの攻撃を捌き切ることはエルダーには不可能だったからだ。


「どうして僕が攻撃を防げるようになったのか分からないか?」


 攻撃を続けながらリュデルが言った。それに答える余裕がエルダーにはない。


「簡単な話だ。お前とその薄気味悪い剣の動きの手の内は、すべて見切らせてもらった。僕はただ防御に徹していた訳ではない、急に動きが変わったお前のことを観察していたんだ」


 答えを待たずしてリュデルは話を続けた。すべての攻撃を見た。その言葉が信じられずエルダーは息を呑んだ。


「道具は使う者の魂を表す。命を預けて信頼し、力を引き出すために真剣に向き合わねばならない、それが使う者の責務だ。お前、剣に使われていてどうする。自分が使ってこそ十全に力を発揮出来るのだと胸を張れなければ、お前はただ剣を握っているだけの人形に過ぎない」

「ッ!!言わせておけばッッ!!」


 無理やり攻撃に転じたエルダーだったが、あっさりと躱されて剣が弾き飛ばされた。無防備になったエルダーの顔面を、リュデルが盾で殴りつけた。


 鼻から血を流しばったりとエルダーは倒れた。どれほど武器が強力なものであっても、それを使いこなせねば宝の持ち腐れである。戦いが終わったリュデルはため息をついてからエルダーを拘束した。

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