アーデンVSクリア
リュデルを跳ね除けて押し倒したのはアーデンだった。そしてそれは、透明化して接近していたクリアの襲撃から守るための行動だった。不意打ちを防がれたことにクリアは驚きその場から離れる、エルダーも同様に驚いていた。
「馬鹿な、何故クリアの存在に気がつけたのだ…」
「かっこよく理由を説明出来ればいいけど勘だよ勘!俺は人一倍それが鋭くてね、理由なんざ特にねえよ」
アーデンは再び透明化される前にファンタジアから紐を伸ばしてクリアに巻き付けた。そしてクリアを引き連れたまま、窓を破って外へ飛び出した。
「リュデルッ!こっちは俺に任せろ!お前はやるべきことをやれ!」
「アーデン…、すまない恩に着る!」
窓から落下する際にアーデンはリュデルに向かって軽く手を振った。リュデルからクリアを引き剥がしたアーデンは、着地と同時にクリアの体を地面へ叩きつけた。
クリアを地面に叩きつけたはずのアーデンだったが、まったくの手応えのなさに失敗に終わったと悟る。落下の途中クリアはファンタジアの拘束から抜け出し、ギリギリの所で離れていた。
透明化して距離を取るクリア、気配を完全に消失させる能力はいくら気配に敏感なアーデンでも察知することは出来ない。
リュデルへの一撃をアーデンが防いだ時は、攻撃の際の一瞬に体の一部分だけ透明化が解けた所を察知したものであった。クリアが接近していたことは、その時までまるで気がついていなかった。
クリアは自分に隙があったことを猛省し、より集中力を高めて透明化を行う。世界から自分を消し去り風景に溶け込むクリア、これでアーデンにはなすすべはないと考えた。
しかしアーデンは迷わずクリアがいる場所を向いた。クリアは心臓がドキリと跳ねる音を聞いた。
「偶然か…?」
その可能性も十分考えられると思ったが、アーデンは迷うことなくファンタジアの紐を伸ばし、鞭のように使いクリアを攻撃した。クリアはその攻撃をかろうじて避けるが、アーデンの攻撃は正確にクリアの場所を捉えていた。
自分の姿が見えているはずがない、気配を察知されてもいない、だがアーデンには自分の居場所が分かっている。その事実は透明化に絶対の自信を持つクリアを震え上がらせた。
何故バレた。何故分かった。その考えがクリアの頭の中を巡る。迂闊に動くことが出来ず次の攻撃に備えていたが、アーデンは止まったまま動かなくなった。
動かないアーデンを見てクリアの動きも止まった。戦いの場だとは思えないほど静かで穏やかな空気が流れる、その状況に一人焦りを覚えていたのはクリアだった。
それはアーデンが動かない理由が分からなかったからだった。位置を把握しているのなら続けざまに攻撃してくるはずだ、それをしない理由が分からず困惑していた。
動くべきか動かざるべきか、意味不明な駆け引きを前にしてヒュッと強めの風が吹いた。その瞬間アーデンは紫電を抜きクリアへ急接近した。
「ッ!!」
振り抜かれる紫電の一撃をクリアはしゃがんで避けた。動きの鋭さからアーデンとの接近戦は分が悪いと見たクリアは、距離を取るために走り出した。無論透明化したままの移動だ。
しかし見えていないはずのアーデンはクリアの後を追って走ってきた。迷いもなくまるですべて見えているかのような足取りを見て、クリアはようやくアーデンがどうやって自分を捕捉していたのかを知った。
アーデンと共に落ちた先は城の庭の芝生の上であり、僅かではあるが草が体重で沈み込む。しかしそれだけでは完全に把握することは難しい、なのでアーデンはクリアの動きに干渉して動くものの気配を探っていた。
草の動きや風の流れの変化、透明になろうともそこに人がいることによって生じる変化を消すことは出来ない。アーデンはクリアの透明化が如何に完璧なものかを見抜き、自分の力だけではそれを察知することが不可能であると判断すると、他に利用出来るものがある環境を選んで飛び降りたのだった。
「なんという判断力。そして、確実にここで殺すという覚悟か」
クリアが感心したのはその二点であった。自らの器量を弁え、足りない部分を知恵と技術で補う、その判断をすぐさま出来るのは、自らの弱さを知り得たものにしか出来ないとクリアは思った。
そして必殺の覚悟については、もし透明化の能力をもつ自分を外で取り逃がしたとした場合、後から自分を探し出すことも、今のように気取ることも非常に困難であることを、クリア自身も理解していたからだった。
実際クリアは、アーデンとの力量差を感じて逃げに徹しようとしていた。透明化の能力さえあればいつでも暗殺することが出来る、ここで決着をつける意味は薄かった。
しかしアーデンは心持ちが違っていた。後顧の憂いを断つためにも、今ここでクリアを殺すという確たる決意があった。
向けられた殺気にクリアは身震いした。それと同時に別の感情も湧き上がる。それは興奮、湧き上がる勝負への熱の感情だった。
クリアに備えられた能力は透明化、気配すら消し去り自らの存在を溶かしてしまう。その性質上やらされる仕事と言えば潜入に暗殺、エルダーにつかされている間は、邪魔者を消し秘密を暴き後ろ暗いことの尻拭いをしてきた。
磨き上げた戦闘技術に潜入技術も、与えられた能力を如何なく発揮できても、クリアにとっては無意味なことにしか思えなかった。命令に従うことに不満を感じたことはなかったが、意味を見出したことはついぞなかった。
しかし今、透明化という圧倒的なアドバンテージを持つ自分に経験と技術を駆使して迫る強者がいる。その事実がクリアの心に火をつけた。アーデンとならば戦いになるのではないかという期待感に胸が躍った。
姿を消し気配を殺し、我欲すら捨てさり手駒に徹するべきであると戒めてきたクリアは燃えていた。お前が本気で殺しにくるのならば、こちらも本気でそれに応えようと欲を出した。
クリアの後を追いかけていたアーデンだったが、クリアが動きを変えて上へ跳び上がったのを感じ取り止まった。そのまま自分目がけて落ちてくるのか、それとも距離を取るのか、透明で気配もないクリアには選択肢が沢山あった。
アーデンは集中してクリアの場所を探る、元々鋭い神経を更に尖らせることが今の自分にとって生命線であることをアーデンは理解していた。そのせいで攻撃には精彩を欠いている、確実に仕留めるにはクリアの位置を特定するしかない。
聞こえてきたのは木々が揺れて枝葉のこすれる音、跳び上がったクリアが乗り移ったのは植木の上、しかも枝から枝へと次々に素早く跳び移っていた。
クリアの動きから居場所を察知しているアーデンにとって大きなチャンス、にはならなかった。揺れる枝から飛び散る葉は確かにクリアの居場所を知らせる材料になる、しかしクリアが動き回るほど葉が勢いよく舞い散り、気配がどんどん移り行き情報量が増える。
いつもより鋭敏なアーデンにとって情報量の多さは混乱を招いた。アーデンの足は止まり戦いが始まってからついにクリアを見失う、大きな隙を晒すことになったアーデンは死を強く意識した。
自分のことを見失ったことを察したクリアは投剣を手に取り投てきした。クリアの手から離れた物は透明化の能力が解けて見えるようになる、しかし投剣が見えたとしても、見えない人物からの投てき攻撃を捌くのは至難の業だった。
しかもクリアは、アーデンが自分を見失ったことを好機と見て場所がバレることも厭わず動き回った。四方八方見えない場所からアーデンを囲うように飛びかかる投剣、察知出来ても避けることは不可能だった。
だが黙って大人しく串刺しになるアーデンではない、ファンタジアから紐を伸ばして全身を覆うよう展開した。投剣を防ぎ切る硬度に変質させるには時間が足りない、そこでアーデンは体を覆わせた紐ごと体を回転させた。
襲い来る投剣を回転の勢いを利用して撃ち落とす。何とか窮地を脱したアーデンだったが、耳元で聞こえてきた声に背筋が凍る。
「防ぎ切ると信じていた。だが本命はこっちだ」
アーデンの首から血が飛び散った。投てきに合わせて接近していたクリア、透明化したナイフは血に汚れ宙に浮いてみえた。
血を流すアーデンの体がぐらりと揺れた。しかし、クリアには拭えない不安があった。
「完璧に捉えたはず、しかし浅い」
致命傷を与えたとは思えない手応えの浅さがあった。しかしアーデンの防御は間に合う状況ではなかった。なればこそ刃はその首に届き血が流れているのだ。
確かにクリアの刃は届いた。だがそれは命に届きはしなかった。
アーデンはファンタジアから伸ばした紐で投剣を防御した後、それを細くして自らの首に幾重に重ねて巻き付けていた。ナイフの斬撃を防ぎ切るまでの防御力はなかったが、致命傷に至らせる手前で刃を食い止めることは出来た。
確実に首に攻撃がくるとは限らない、しかし誘いを入れて選択肢を絞ることは出来た。アーデンは投てきと同時に動き出したクリアを察知した時、回転の動きを利用して体の他の急所の位置を狙いにくくした。
暗殺に失敗は許されない、その意識が染み付いていたクリアは自然と狙いやすい首にナイフをすべらせた。首への攻撃を誘われているとは気づかずに乗ってしまったのだ。
ここが勝負どころだとアーデンは動いた。首に巻き付けた紐をほどき振り回すと、付着した血を辺りに撒き散らした。その血しぶきは透明化したクリアの位置を割り出した。なぜならクリアの体についた血だけが唐突に消えるからであった。
「まさか、ここまで狙っていたというのか!?」
驚愕するクリアはアーデンから距離を取ろうとする、しかしもう遅かった。アーデンの突きで紫電がクリアの肩に突き刺さる、そして即座に大量のマナエネルギーが送り込まれた。透明化を維持できなくなったクリアの姿が露わになった。
「ア、アーデン・シルバー…、て、敵ながら見事なり。相応しい死闘、感謝するぞ強者よ」
最期の言葉を絞り出したクリアは、フォトンバーストによって爆発し絶命した。勝利したアーデンは首の傷を手で抑えると、跡形もなく消し飛んだクリアの方を見た。
「…俺は感謝しねーよ馬鹿野郎」
そう呟いたアーデンは武器を仕舞うと駆け出した。アーデンたちの戦いはまだ終わっていない。




