帝国奪還作戦 その4
ルーカスの死亡で念動力が解けたフルルは落下していく、手元に雌雄一対のジェミニの一本を戻すと、そのまま鐘楼目がけてそれを投げた。そしてフルルが鐘楼の上へ戻ると、首のないルーカスの体と、小さく丸まってガタガタ震え失禁しているアイリの姿があった。
「よう、いいざまだな」
「ひっ!お、お願い殺さないで!ア、アイリ、そこの馬鹿に思考を読めって頼まれただけだし!こ、殺さない方がいいんじゃないかなってちゃんと言ったし!ね?ね?」
そこに待っていたのはアイリによる命乞いだった。拍子抜けしたフルルは困った顔で頭をガシガシと掻いた。
「ね?許してくれるでしょ?ね?」
変わらず命乞いを続けるアイリであったが、最後の瞬間には表情が凍りつき青ざめた。自分がこれから死ぬのだと思考から読み取れてしまうアイリにとって、その瞬間は最も恐ろしいものであった。
血に染まる床に横たわる二つの体、そのどちらにも首はなかった。フルルは返り血がついた頬を拭うと、静かにその場から立ち去った。
広場に戻ったフルルは、うつ伏せに倒れているメメルの姿を見て駆け寄った。ゆっくりと抱えあげると、苦しそうにうめき声を上げたものの意識はあった。
「メメル!勝った!勝ったぞあたしたち!」
「…ふふっ、そんなに大きな声で言わなくても分かってますよ」
「全部メメルの作戦通りだった!この勝利は全部メメルのもんだ!」
メメルの立てた二段構えの作戦は、自らを囮にして攻撃を集中させ、敵の位置を割り出し強襲させると見せかけたフルルすらも囮に使うもの。その実攻撃の本命は負傷していて距離も遠く離れていたメメルだったことにルーカスは気づくことが出来なかった。
そしてその負傷すらメメルたちにとって有利に働いた。アイリに作戦を読まれてしまえば一巻の終わりであったが、激痛もあって他に考え事をする余裕もなく、ただひたすらに防御に専念することが出来た。
「拙はフルルにすべてを委ねただけ、本当に頑張ったのはあなたよ…」
「…いやあたしもレイアが発明してくれたこのファントムクロークがなかったら危なかった。最後に仕留めたアイリって奴が言っていたんだ、思考を読むって。これがなかったらあたしから作戦がバレていたと思う」
「じゃあ二人で感謝しなくちゃね。アストレアの新機構チャージショット、本番で試すことになってしまったけれど上手くいった」
メメルとフルルの二人は、作戦開始前にレイアの手伝いをしていた。その時に与えられた与えられた発明品がチャージショットとファントムクロークの二つだった。
チャージショットはアストレアのマナを吸収し放つという機能を拡張させるもの、マナエネルギーを指先に溜め一点集中して放つ、ただ放出するより威力も射程距離も段違いに上がった。
ファントムクロークはフルルの隠密性を高めるもの、ジェミニが持つ能力から得られる高い機動力と運動性能、それを生かすために気配を消す機能をもつクロークをレイアは発明した。
気配を消しどこからともなく現れて、ジェミニによって縦横無尽に動き回り相手を撹乱する。レイアが考えた使い方はそのようなものであったが、アイリが思考を読む条件に相手を見るというものがあったことが功を奏した。
すべてが噛み合わなければメメルとフルルの二人は負けていた。しかし薄氷の勝利の代償も高くついた。メメルの顔色はどんどん悪くなり、戦線離脱は免れない。フルルはメメルを連れて撤退する、その結果は奇しくもルーカスの思惑通りのものとなった。
エルダーは机を殴りつけた。届いた報告はルーカスとアイリ両名の死亡という最悪なものであり、更にはメメルとフルルを取り逃すという結果に終わった。
取り乱すエルダーの姿を見て周りの者に動揺が走った。エルダーはハッと我に返ると、咳払いをしてからどっかりと椅子に座り込んだ。
「クソッ!クソクソクソッ!!どうしてこうも上手くいかないっ!私が帝国の実権を握るまで後少しだったというのに!」
心の中でエルダーは何度も悪態をついた。シェイドから貸し出されている戦力は次々と潰されていく、このままではグリム・オーダーでの地位の失墜も避けられなかった。
「改良を重ねた次世代型と聞いていたのに、こちらの命令をろくに聞かない役立たずばかりじゃあないか!クリアはまだいいが、他の手駒は役に立つのか?」
葛藤が続くエルダーだが時間は待ってはくれない、次々指示を出さなければどんどん押し込まれていくのは目に見えていた。
そこでエルダーは考え方を変えることにした。戦力は着実に削られているがカイトは城まで到達しておらず、メメルとフルルは撤退した。そして入城してきているであろう戦力は、アーデン、リュデル、レイア、アンジュの四人だった。
この中でも最低リュデル一人確保することが出来れば、後の者は殺してしまっても構わない。寧ろ目的をリュデル一人に絞り、アーデンとその仲間たちは殺してしまえばいい。
そして悪事の責任を殺したアーデンたちになすりつけ、リュデルをシェイドに献上する。被害を大きくすることを避け、使うつもりのなかった手駒を投入することをエルダーは決めた。
「おい、タロンを呼べ」
「まさかあれを投入なさるおつもりですか!?我々には制御出来ませんよ!?」
「そんなこと分かっている。制御する必要はない、暴れるだけ暴れさせろ。相手するのは我々ではなく奴らだ」
「しかしそれでは被害が…」
「被害など後でいくらでも取り戻せる!!シェイド様が打ち立てる新帝国を乱すのは心苦しいが、悪をのさばらせておくことも出来ん。私は独自にリュデル確保へ向かう」
エルダーはそう言うと部下の肩を叩き耳元で囁いた。
「くれぐれも最後までよろしく頼むよ」
その宣言はエルダーにとって切り捨てに近しいものであった。どのみちここまで帝国とグリム・オーダーの関与していることを見せてしまった。思わぬ形で賽は投げられ、すでにエルダー側にいるものたちは勝つ以外に生きる道がない。
しかし現段階で押し込まれてはいても決定的に負けてはいない、エルダー側はまだ数で押し込むことも出来る。リュデルとアーデンたちに攻め込まれたせいで計画が前倒しになったが、シェイドを君主に据えて新帝国を樹立する、ゴーマゲオ帝国の復活と秘宝の奪還を果たせれば世界の覇権を握るのはグリム・オーダーである。
「…どうせ死ぬのはグリム・オーダーではなく他の人間だ、あれと相打ちにでもなってくれるならこれ以上の成果もない。扱いきれぬ猛毒だが、奴らにとってもそれは同じこと。出すか、あれを」
連れ出された小汚い男、髪と髭は伸び放題に伸び、目は虚ろでギョロギョロと忙しなく動いている。だらしなく開いた口からはよだれが垂れている。取り付けられた首輪には管が繋がっており、鎮静作用のある薬剤を常に投与されている。
「狙うのは小娘二人だな、カイトのいる市街にこれを放つ訳にはいかん。精々頑張ってもらおうではないか」
鎖を引っ張られるとタロンはそれに従って歩きだす。レイアとアンジュの二人に、魔の手が迫りつつあった。
レイアとアンジュは城の地下通路を進んでいた。モニカが持ち出してきた文献の中に、緊急避難用の通路として設計されたものの、使われることなく放置されている場所があることを突き止めた。
そこから城へと潜入しアーデンたちを引き入れる手はずであったが、歩を進める内にアンジュがあることに気がついた。
「見られていますね」
「えっ?」
「恐らくずっと見られています。エルダーたちでしょう」
「それ本当?それらしいものはどこにもないけど…」
キョロキョロと辺りを見渡すレイアにアンジュは言った。
「恐らく大規模な魔法です。帝国全土に張り巡らされているかもしれません。ロゼッタさんの懸念が当たってましたね」
「ああ、あの都市計画書のこと?ロゼッタもよくあんなものに目をつけたわね」
「ロゼッタさんの着眼点は素晴らしいです。恐らく帝国は地下地上ともに大規模な魔法術式が組み込まれています。エルダー以外にも帝国にはグリム・オーダーがはびこっているようですね」
自分たちの動きが相手に把握されていると分かっていながらも、レイアもアンジュも冷静だった。それ以上に自分たちがやらなくてはならないことが迫ってきているのを分かっていたからだった。
「アーデンって訳じゃないけど、道の先におぞましい何かがいるって分かるわ。アンジュはどう?」
「同じくです。隠す気もないのか隠すまでもないのか、そこまでは分かりませんが」
レイアとアンジュは武器を構えて前に進む。何が待ち構えていようとも迷わず突破する、その覚悟が二人にはあった。




