メメル&フルルVSルーカス&アイリ
腕が千切れて吹き飛んだメメルは、咄嗟の判断で腕をきつく縛り上げて止血した。強烈な痛みに途切れてしまいそうな意識を必至につなぎとめる。
フルルはメメルの体を支えるとしゃがんで傷口に治癒魔法をかけた。しかし傷口はズタズタになっていて損傷も酷く、止血の助け程度にしかならなかった。
傷口に布を当てて抑えるが、ぽたりぽたりと血が滴る。フルルの泣きそうな顔を見てメメルが言った。
「なんて顔してるのフルル」
「メメル…!だって!だってよ!」
「大丈夫、うろたえないの」
メメルはフルルの額に自分の額をこつんと当てた。そしてアーデンとリュデルの方へ顔を向け叫ぶ。
「お二人共行ってください!」
「なっ!?馬鹿を言うなメメル!そんな状態のお前を置いていける訳ないだろう!」
「リュデル様こそ馬鹿を言わないでください。あなたの目的は何ですか?戦う理由は何ですか?今ここで四人まとめて始末されたら作戦は失敗に終わり、大切な方々は皆まとめて殺されます。拙一人にかまけている時間はありません」
メメルはまだ何か言おうとしているリュデルではなく、アーデンの目を真っ直ぐに見た。その目に輝きは失われておらず、一つの意志を伝えるためアーデンに視線は注がれていた。
「リュデル様のこと、お願いします」
その力強い一言にアーデンは頷いた。アーデンは託された思いを受け取ると、リュデルの両肩を掴んで言った。
「合図はまだだが行くぞリュデル」
「ふざけるなアーデン!僕にメメルを…」
言葉の途中でアーデンはリュデルの頬を叩いた。そしてもう一度言う。
「行くぞ!」
リュデルは肩を掴むアーデンの手が震えていることに気がついた。アーデンの性格を知るリュデルは、仲間を見捨てていくようなことはしないと知っていた。そのアーデンが自分を曲げてまで「行く」と言った。
「死ぬことは絶対に許さない、すぐに追いついてこい。いいな?」
アーデンはリュデルを抱えると、メメルたちの方を振り返らずに物陰から物陰へと移動し始めた。それを見届けたメメルはほっとした顔で息を吐いた。そして顔を上げるとフルルに言った。
「フルル、忘れてないわね?作戦決行前夜に定めた拙共の誓い」
「…剣となり、盾となり、この身も守り抜いて主を生かす鎧となる」
「残念だけど最後の身を守る誓いだけは破ってしまった。それでも拙は最後までこの誓いを守り抜くつもりよ。あなたはどうするの?」
メメルにそう問いかけられたフルルは涙を拭いて答えた。
「メメルがそうするならあたしもそうする。だってあたしたちは二人で一振りの剣、一つの盾、そして鎧、でしょ?」
フルルの答えを聞いてメメルは笑みを浮かべた。滲む脂汗を拭い去ると、フルルに戦うための作戦を伝えた。
遠く離れた高い塔の上に二人の人影があった。一人は右目に眼帯をした男、狙撃用の大型マナ導力銃のスコープを左目で覗いていた。もう一人は派手派手しい見た目と格好をした女、双眼鏡を手にメメルたちの様子を伺っていた。
「何やってんのよルーカス!外してんじゃん!」
「黙れ馬鹿者!貴様の誘導が悪い!」
「アイリ悪くないし!テメエの腕の悪さアイリの責任にしないでくれる?」
ルーカスは一度旧ゴーマゲオ帝国領のノ・シレ遺跡で見えた存在、シェイドの側に付き従い、備えられた能力は念動力、あの時レイアたちを拘束して人質としたのはルーカスの念動力によるものであった。
「しかし妙だな。私の射撃も念動力による弾道制御も完璧だった。どうして狙いがずれた?」
「ルーカスの腕がへなちょこだからでしょ」
「馬鹿の意見は捨て置くとして、これは相手に気取られた可能性があるな。どこで気がついた?相当距離が離れているはずだが」
「アイリ心読んでたけど、何か感づいた様子があったのはアーデンって子だけだったよ」
アイリに備えられた能力は精神感応、相手を見ることによってその思考と意図を読み取ることが出来る。考えていることをすべて読める訳ではないが、手で触れることで別人にも読み取った内容を即座に伝えることが出来た。
「それは私も見ていた。だから妙だと言っているんだ」
「あっ見てルーカス!メメルって子物陰から出てきたよ」
「話をき…。待て、出てきただって?」
ルーカスもスコープを覗いて確認する、双眼鏡を覗いていたアイリの言う通りメメルが姿を現していた。しかも何の遮蔽物もない場所に敢えてその身を晒すかのように立っている。
「何あれ、殺してくれって言ってるようなもんじゃん。ていうかさルーカス、あいつからあの子は殺すなって言われてなかったっけ」
「私が忠誠を誓っているのはシェイド様ただ一人。あの愚か者の言う事など端から聞くつもりはない。それに一人残しておけばいいだろう」
「それもそっか。じゃ、殺る?」
「いいや、ポイントを変えるぞ。お前は引き続き能力で索敵を続けろ」
「はー面倒くさい。変な所触ったらあんたから殺すからね」
ルーカスは導力銃とアイリを抱えると念動力を操り体を浮き上がらせた。狙撃に使うポイントはすでに抑えてあった。撃った場所を気取られている可能性があるのでルーカスは移動することを選んだ。
ルーカスとアイリの目的はメメルかフルルの殺害であった。この二人は竜の印をその身に宿していない、シェイドの目的から考えても排除して問題ない二人だった。
リュデル側の戦力を削ればシェイドの助けとなる。戦力として帝国に貸し出されていてもルーカスはシェイドの忠実な駒に徹していた。アイリはルーカスの狙撃に役立つという理由で連れ出されていた。
別のポイントに到着したルーカスはもう一度狙撃の準備をする、アイリは双眼鏡を覗いてメメルの姿を確認した。
「やっぱ立ったままね、ただフルルって子がいない。周りにも」
「逃げたか二手に分けたか。どちらにせよメメルを仕留めればフルルはどうとでもなる。アイリ、今度は最後までちゃんと読めよ」
「あんたもちゃんと当てなさいよ」
アイリが敵を常に見定め思考を読んで動きを把握する、それがルーカスに伝わり放たれた弾丸は念動力で制御され、敵の動きに合わせて確実に命中させることが出来る。二人は性格の相性はともかく、能力の相性は噛み合っていた。
メメルの思考を読み取ったアイリ、それを受け取ったルーカスは驚き戸惑った。その内容は至極単純なもので「撃ってこい」の一言であった。
広場に一人佇むメメルは痛みも忘れて極限まで集中していた。右腕を失った状態で動き回ることの出来ない自分に出来ることはただ一つ、敢えてその身を晒して敵の攻撃を引き付けることだった。
メメルはルーカスたちの狙撃に気がつくことが出来た訳ではなく、何かの気配を感じ取ったアーデンの姿を見て警戒を強めた。そして迫りくる弾丸の速度に避けきることは無理だと判断すると、体と左腕を守るため右腕を犠牲にした。
手痛いというレベルではないが、即死を避けることが出来た。そしてガントレットのアーティファクト、アストレアを装着した左腕も守ることも出来た。これでまだ戦いに参加することが出来るとメメルは立ち上がった。
ガチリと大きな音がする。メメルは撃ち込まれた弾丸をアストレアを装着した左手のひらで防いだ。受け止めきれない衝撃に左腕がきしむが耐えた。
メメルには弾丸が見えていない、攻撃を防ぐことが出来るのは、アンバー家で積み上げてきた訓練と、リュデルとの冒険で培ってきた経験のすべてを集中力に回しているからだった。
二発目の弾丸もアストレアで防ぐ、集中力と勘だけを頼りにしてメメルは攻撃を防ぎきっていた。
「クソッ!また防がれたぞ!どうなっているアイリ!!」
「分かんないよ!アイリちゃんと最後まで読んで伝えてるもん!あの子がおかしいんだよ!!」
狙撃を連続で防がれたルーカスとアイリは焦っていた。ありえないことが目の前で起こっている事実を受け入れられず、ただの標的であったはずのメメルに対して恐怖している。
「ええいそう何度もまぐれが続くものか!次のポイントだ、そこで終わりにするぞ!」
「待ってルーカス!何かが近づいて来てるよ!あれは…」
アイリが叫んだ次の瞬間、フルルが二人の目の前に現れた。帝国で城に次ぐ高さを誇る鐘楼の、内からではなく外から跳んできた。
虚を突かれたルーカスだったが、すぐに切り替えて念動力でフルルを捕らえる。宙吊りのフルルはルーカスが鐘楼のへりに移動するに伴い、拘束を解けば真っ逆さまに落ちる位置に運ばれた。
「成る程、姉を囮に使ってお前が狙撃位置を割り出す作戦か。アイリの精神感応をかいくぐりここまで辿りついたことは褒めてやるが、この私が接近してくる敵のことを想定していなかったと思うのか?」
宙吊りのフルルは苦しそうにもがく、それを見て少々悦に入るルーカスであったが、重大な見落としに気がついた。
フルルの手には一本のダガーしか握られていなかった。ジェミニは雌雄一対のアーティファクト、もう一本はどこへとやったのかとルーカスは思案する。
その一瞬の時間こそメメルとフルルの狙いであった。メメルは左手で握りこぶしを作ると、人差し指を伸ばし親指を立て銃の形を作った。アストレア全体から人差し指の先端にマナが収束していく、それはここまで体を張って防いだ銃撃で蓄積されたものだった。
ジェミニのもう一本はメメルの近くの建物に刺してあった。フルルが空中でもがいたのはメメルへの合図、ジェミニに繋がる紐の先に敵がいるという合図だった。繋がっている紐のかすかな動きを見て、メメルは敵の居場所と撃つべき狙いを知る。
アストレアの指先から放たれた光線は、ジェミニが導く先にあるルーカスの頭を撃ち抜いた。この戦いはメメルとフルル、共に生まれ共に育ち共に切磋琢磨した双子の姉妹が勝利した。




