カイトVSベルク
ベルクが繰り出した拳を受け止め投げ飛ばそうとするカイト、戦う場所を出来るだけ兵士たちから遠ざけたかった。
しかしそれは叶わない、掴んだ腕を伝ってベルクがカイトの首に登った。まるでヘビのようなグニャグニャとした素早い動きであった。
首を締められる前に隙間に腕を差し込み、体を捻って拘束から逃れる。その勢いを利用してベルクから距離を取るも、場所を遠ざける目的は達成されなかった。
「ん、完璧に首を取ったと思ったのに。やるね先輩」
「お褒めに預かり光栄だね」
ベルクの動きは実に独特なものだった。ゆらゆら揺れていたと思えば、地面を這う姿勢から滑るように高速移動をする。パンチの間合いを完璧に見計らったと思えば、まるで腕が伸びたかのように間合いが埋められて攻撃が届く。
不可思議な動きで翻弄されるカイト、しかしすでに何発かベルクには打撃を加えていた。致命傷には至らずとも炎環による打撃は中で爆ぜる、ダメージがあって然るべしであったがベルクの動きに変わりはなかった。
防ぐような動きも見せずただ攻撃を受けている、それなのにダメージを受けた素振りを見せないベルクにカイトはある程度の能力の推測が出来た。
カイトの体は大怪我を負っても構築されているアーティファクトによって再生が行われる。常人では死に至るような怪我でも、一晩寝るだけですっかり元に戻る。
ベルクのそれはこの機能の発展型、どんな負傷でもすぐさま回復させる超再生能力だとカイトは推測した。
事実ベルクに備わった能力の一つは超再生力であった。カイトの推測は当たっていたが、更に想像を越える機能が備わっている。肉弾戦を続けるカイトにも段々とそれが分かってきた。
戦い始めた時よりもベルクの動きが格段によくなってきていた。動きの速さも技の鋭さもすでに別人のようである、その上カイトの攻撃に怯まなくなっていた。
「気がついたかよ先輩、俺の持つ能力はな傷を再生させる度に、傷つく前の状態より機能を引き上げて再生させるのさ。俺は戦えば戦うほど、傷つけば傷つくほど俺は強くなっていくって訳さ」
「っ!」
「そして、こんな芸当も出来るッ!!」
突然泥に変わったかのようにベルクの全身が地面に落ちる、その姿勢からカイトの顎目がけ真上に蹴りを繰り出す。咄嗟に体を反らして避けようとするが、少しだけ掠る。
その掠った一撃が異常なまでに重い、鉄球で殴られたかのような衝撃を受けカイトの目の前が揺れた。ニヤリと笑うベルクだったが、次の瞬間身の毛がよだつ恐怖を感じた。
頭を揺らされ足元がおぼつかないカイトは、それを無理やり食いしばって耐えて踏みとどまる。鬼のような形相を浮かべたまま拳を握りしめると、ベルクごと地面目がけて思い切り殴りつけた。
地面を砕き陥没させるほど威力のある打拳、その砲撃の如き勢いにベルクは咄嗟にその場から逃げ避けていた。外れた顎をゴキゴキと自分の手で治しながらカイトは言った。
「避けたなお前、俺の攻撃を避けた。ご自慢の再生力はどうした?」
「…あんな遅え攻撃を馬鹿正直に食らう必要ないだろ」
「そうかよ」
ベルクの言葉は精一杯の強がりで、カイトもそれを理解していた。もし今の攻撃を受けていれば、超再生力など意味をなさなかったであろう。一片も残すことなく消滅させる攻撃であったとベルクには分かっていた。
「テメエのことは戦ってる内に大体読めてきた。体もあったまってきたし、そろそろ終わらせてやるよ」
「デケえ口叩くと後々恥ずかしくなるぜ先輩。俺のことをどれだけ理解出来たとしても、旧型のテメエが新型の俺に敵う道理は無いんだよ」
「行くぜベルク、覚悟しな」
「来いよ先輩、この…」
「「化け物がッ!!」」
二人の拳がぶつかり合う、周りで手を出せず見ている兵士たちは発せられる衝撃波にたじろいだ。戦いの速度を目で追えている者も少ない、一体何が起こっているのかとただ黙って見ていることしか出来なかった。
ベルクに与えられた能力は二つ、それとは別にベルク本人が有する特異的な体質があった。それは全身の関節を自在に外すというもの、通常は激痛と体や骨に損傷を伴う危険な行為だがベルクならば問題はない。
備わった超再生力で損傷は痛みを感じる間もなくすぐさま回復する、それも以前の状態からより良い状態へと再生される。ベルクは傷つきながら戦っているというよりも、自らを傷つけながら戦っていた。
突然の脱力によって虚を突いたり、人外じみたゆらゆらうねうねとした動きはこの特異体質によるものであり、カイトが間合いを見誤り攻撃を受けたのも、関節を外したことによる可動域の変化が原因だった。
しかしながら、関節を外せば当然拳にも蹴りにも威力は出ない。それを補う二つ目の能力がある、それが体の重量を操る能力であった。
打撃が当たる瞬間に重さを乗せること、先端に重さを集中させ遠心力を生み出すこと、掠る程度の一撃に重さがあるからくりのたねは本当に重いからという至極単純なものであった。
体を重くすれば当然それだけの負荷がかかるが、ここでも超再生力が生きてくる。負荷に耐えうるより頑強な体へと戦いの中でどんどんと最適化される、重量増加による利点だけ際立たせ弱みをフォローする超再生力は噛み合っていた。
そしてベルクが持つ特異体質の関節外しが加わる。これら三つの要素がベルクの戦闘力の根幹を成していた。
受け流しきれない重さと威力の攻撃の対処にカイトは苦慮する。渦巻によって攻撃を捌いていなすが、威力を殺し切ることは出来ず直実にダメージが蓄積されていく。
ベルクの無軌道な攻撃も対処に困難を極める要因であった。思いがけない位置から鋭く重い一撃が繰り出される、避けるのにも受けるのにも多大な集中力を割かなければならなかった。
更に厄介なのは、カイトは消耗していく一方でベルクは調子をどんどん上げていくことだった。カイトから攻撃せずともベルクは勝手に体を傷つけながら戦いを続ける、このままではジリ貧必至であった。
ただし状況は悪くともカイトも負けてはいなかった。ベルクの猛攻をしのぎながら的確にカウンターを入れていく、超再生力を前に無意味だとベルクは軽く思っていたがカイトは冷静沈着に反撃を試み続けた。
縦横無尽に繰り出されるベルクの攻撃を、渦巻によって捌きながら炎環のカウンターを重ねていくカイト。そしてついに変化の時が訪れた。
攻撃の隙を見てカイトが殴りかかろうとした瞬間、ベルクは咄嗟に防御の姿勢を取った。これまでの戦いの中で始めてベルクが見せた動きだった。それを実行した本人が一番驚きの表情を浮かべている。
カイトはそのまま攻撃を繰り出す。それをベルクは避けた。自分の行動に混乱してベルクは冷や汗を流した。
「お前、何をした?俺に何をしたんだッ!!」
混乱のあまりに声を荒げたベルクに、カイトは何事もないように言った。
「単純な話だ。お前のその行動は痛みと恐怖による防衛反応だ」
「痛み?恐怖?そんな馬鹿な…」
「そうでもないさ、お前の体はちゃんと痛みを感じている。損傷の修復がどれだけ早かろうとも、痛みはちゃんと記憶に刻まれていくんだ」
ベルクはカイトの言っていることが信じられなかった。ベルクの痛みに対する耐性は高い、実験の過程で再生までの痛みに耐える訓練も受けてきた。致命傷にも至らない攻撃に自分が怯むはずがないとベルクは信じて疑わなかった。
疑念を振り払うようにベルクはカイトに迫る、しかし反撃の姿勢を見せたカイトにベルクは足を止めて飛び退いた。それは自分の意志によるものではなかった。
「何だ…、一体これは何なんだ…っ!」
狼狽えるベルクに近寄りながらカイトが答えた。
「俺が攻撃の際狙った場所は、体の中でも特に痛みを感じやすい場所だった。急所って奴だ。痛みを正しく認識出来ないってのは厄介だな」
「それが何だって言うんだ」
「どれだけ訓練されていても痛いものは痛いし、怖いものは怖い。大切なのは耐えるだけではなく受け入れること。そうすりゃどうするべきかが見えてくる。打ち合いの中で確信した。お前は耐えることは出来ても対処することは出来ないってな」
一瞬も気の抜けない激しい攻防の最中でも、カイトは冷静にベルクのことを見定めていた。気炎澄水の心得、修行の果てに至ったカイトの境地、人として生きて痛みを知り、技術の研鑽を続けてきたカイト。
かたや能力だけに頼り切り、痛みを教えられず戦うことのみを宿命づけられたベルク。在り方の違いが生んだ歪みであった。
「お前の超再生力も、重量を操る力も、あと何かぐにゃぐにゃする気持ちわりい動きもすげえよ。お前が新型として期待されてるのも分かる。だけどなベルク、お前の設計思想は恐らくどこまでいっても使い捨てのもんだ」
「は?」
「例えるならお前は大砲の弾だ。敵陣に放り込んで爆発的に暴れてくれりゃいい、欠損も勝手に再生して救護要らずで、倒すのに手間がかかるから時間稼ぎにも丁度いい。敢えて痛覚を残されたのか取っ払えなかったのかは分からんが、お前は駒として使い勝手がいいよ」
一言一言を聞いていくほどにベルクから脂汗がにじみ出た。否定する言葉は浮かんでくるのに口に出せなかった。
「多分お前が気がついているんじゃあないか?組織が他のお前を製造していることに、お前の他にもお前が沢山作られていることに」
「…まれ」
「どうして俺がそんなこと分かるか教えてやろうか?俺も一つの設計思想を元にして大量に生み出されたモノの一部だったからだよ。実験体1311号、一体どれだけの俺が作られてきたんだろうな?」
「黙れえええェェッ!!」
ベルクから力任せに繰り出されたパンチは、渦巻によって完璧に切り払われ受け流される。そこに生じた隙を狙って叩き込まれるのは、この戦いの中でカイトが偶然身につけた破壊の大技。
カイトの打撃を通じて内側で炸裂するマナ、通常それは一度の打撃に一度までしか発動しなかった。しかし思い切り急加速させて放たれる拳圧によってマナの流れを乱し、周りのマナまでもを巻き込んで無理やり連鎖爆発引き起こさせる大技。思いついた技にカイトは名前をつけて叫んだ。
「フレアブラストッ!!」
叩きつけられた拳から生じた大爆発はベルクの体を飲み込んだ。超再生すら追いつかない圧倒的な破壊力に、塵一つ残さずベルクの体は完全消滅した。