帝国奪還作戦 その2
エルダーにカイト襲来の報告が届く少し前に戻る。カイトは自分に与えられた指示をぶつぶつと繰り返しながら、エイジション帝国で最大の門の前まで来ていた。
この場所には多くの兵が割り当てられており、防衛装置も一級品のものが揃えられていた。帝国の守りの要である。
「そこのお前!今すぐ止まれ!」
クロスボウやマナ導力銃を構え隊列を組んだ兵士たちがカイトに狙いを定めていた。門の上からも、カイト一人に様々な兵器が向けられている。
しかしどれだけ静止を呼びかけてもカイトの歩みは止まることはなかった。ぶつぶつと独り言を繰り返しながら、着実に歩を門へと進める。
上官が手を上げて合図をした。手が振り下ろされると、一斉に攻撃が開始された。攻撃が差し迫る中、独り言をやめたカイトはハッキリとした口調で言い放った。
「イグニッション!!」
フレアハートの力を開放すると、カイトから放たれた高熱と衝撃波で矢や弾丸が溶けた。高熱の衝撃波は兵士たちにも届き、溶解させるまではいかなくとも辺りに火を点けた。
それに気圧された兵士たちはたじろいだ、強大な敵を前にした本能的な恐怖が襲いかかる。剣を交えるまでもなく分かる実力差、その恐怖に打ち勝ち冷静さを保つことが出来たのは歴戦の上官だけだった。
「怯むなあッ!!次弾装填、攻撃用意!!」
上官は声を張り上げ兵士を鼓舞する。それによって我に返ることが出来た兵士たちは、指示通り訓練通りに攻撃の準備に移った。
だが標的であるカイトはヒュッと音だけ残しその場から消えた。次の瞬間兵士たちの目の前に現れると、足を大きく上げて地面を思い切り踏み抜いた。
衝撃波で近くの兵士が吹き飛んだ。カイトは無理やりつくった隙間を抜けて、並べられた障害物を破壊しながら突き進む。閉じられた大門の前に到達すると、拳を思い切り振りかぶってから大声をあげて門に殴りかかった。
「皇帝陛下ー!あーそびーましょっ!!」
叩かれた分厚い大門は破壊され風穴が開けられた。ノックと呼ぶにはあまりにも暴力的で、返事を待たずこじ開けられた扉を前にしてカイトはニカッと眩しい笑顔を見せた。
本作戦においてカイトに任されられたのは陽動、しかも課された役割は無茶もいいところだった。
たった一人で出来る限り多くの兵を引き付ける。それがカイトに課された役割であり、始めから孤軍奮闘することを求められていた。
当然危険度は段違いに高い、カイトにはこれを受けるか受けないかの選択肢が与えられた。立案したのはリュデルだった。これが成功するならば別働隊は格段に動きやすくなるが、危険過ぎるので受けなくてもいいという姿勢だった。
しかしカイトはこれを快諾した。任せろの一言と、具体的に何をすればいいのかと聞いた。
カイトの仲間であるアーデンたちも止めなかった。リュデルはそれでもとアーデンに意志を確認した。アーデンはこう答えた。
「カイトが任せろって言うなら任せる。それにカイトにしか出来ないとリュデルも思ってるんだろ?なら信じて任せてやってほしい」
それはアーデンたちがカイトに対して絶対的な信頼を置いていることの表れだった。カイトならば出来るとアーデンたちは信じていた。
その信頼に応えるかのようにカイトは暴れに暴れた。並みいる兵士を殴り飛ばし、どんな飛び道具でさえ受け流した。魔法兵が力を合わせて放った上級魔法の業火炎球でさえも、柔の型渦巻によってかき消された。
兵士たちは大盾を構え陣形を組み、カイトの行き先を防ごうとした。しかしカイトが繰り出す剛の型炎環の打撃は、盾で受け止め防いだとしても二撃目の衝撃が来る。
ただでさえ強力な打撃の一撃目、そしてマナの爆発による二撃目の衝撃。攻撃を加えていくほどに威力と勢いを増していく様は炎を纏う鬼神の如き姿であった。
当然帝国軍は手に負えない相手として増援を要求した。一人相手に多くの負傷者を出している、恥も外聞もかなぐり捨てて数の優位による制圧を試みるしかなかった。
カイトの七面六臂の活躍によって陽動は成功しかけていた。だが自由に動き回れていたのもここまでだった。空から自分目がけて降ってくる存在に気がついたカイトは、出来るだけ周りの兵士を跳ね飛ばしてから飛び退いて避ける。
轟音と共に大地が砕け散る、そして下敷きになって潰れた兵士たちの体の一部と血も飛び散った。空から降りてきた謎の人物は、真っ赤に染まった顔を拭いながら立ち上がった。
「オイオイオイ血まみれじゃねえかよ、避けんなよ酷えことするなあお前。この服気に入ってたのになあ」
血に染まった上着を破り捨てた男は上半身が露わになる、細身ながらも引き締まり鍛えられた体つきをしていた。
周りで見ていた兵士たちは、ぐしゃぐしゃに潰された仲間の姿を見て戦慄した。カイトとの戦いは怪我人こそ多く出たものの、死者は一人も出なかったからだった。兵士の死体を踏みつけながら血まみれの男は陽気に笑った。
「いやあまいったまいった。一撃で終わらせるつもりが避けるんだもんなあ。何?頭の上にも目がついてんの?そういう改造された?」
「…」
「オイオイオイだんまりは酷くねえか?可愛い後輩が話しかけてるってのによお」
「後輩…。やっぱりお前グリム・オーダーの改造人間か」
カイトの言葉に男は手を叩いて喜んだ。
「正解!何々?やっぱり改造人間同士通じ合えるの?親もいねえのに兄弟みたいなもんだしなあ俺たちは」
「…ペラペラとうるせえな。もういいか?」
「何だよ、せっかちだなカイト先輩」
男が自分の名を口にしてカイトはピクリと反応する。当たり前だが自分の情報はすべて知られているとカイトは思った。
「自己紹介といこうぜ先輩。俺の名前はベルク、あんたと同じ人造の素体を改造して作られた改造人間だ。でも勘違いしないでくれよ?俺たちはあんたと違って完璧に作られた完成品だ。超人的身体能力に加え各々が持ち合わせる能力、俺たちが人の形をしたアーティファクトの完成形さ」
「そうか…。てめえらヴィクター博士を殺しておいて、その研究成果だけ掠め取りやがった訳だ」
「掠め取るだなんて人聞きの悪い!脳みそ絞りきった後はゴミとしてキレイに始末してやっただけだろ?」
カイトは拳を握りしめた。それを見てベルクが言う。
「もしかして怒ったのか?先輩」
「ああ?」
「ハッハッハッハ!!こりゃ傑作だぜ!!馬鹿じゃねえか先輩、俺たちを殺しの道具として作った奴のことを親か何かと勘違いしてのかあ!?やっぱり型が古いと脳みその出来も悪いんだな」
ベルクの挑発に次ぐ挑発にカイトは深く長く息を吐く、乱されかけた心を整え水の心を取り戻す。落ち着きを見せたカイトの姿にベルクは舌打ちした。
「チッ、もう少し楽しめるかと思ったのにな」
「くだらねえやり取りに付き合う暇はねえんだ。こっちも予定が詰まっててな、さっさと終わらせようぜ」
構えるカイトを見てベルクは言った。
「先輩、勝てると思ってるの?」
「後輩、俺が負けると思ってるのか?」
「…どういう意味だよ」
「お前は軽い。その存在も、命も、何もかも軽い。化け物が人間様に勝てると思うなよ?」
似通った存在であるベルクを化け物と呼び、自分のことを人間と称したカイト。クイクイッと手招きしてベルクのことを挑発した。
「上等だよ先輩、吐いた唾喉奥に叩き戻してやるよ」
「御託ばっかだなお前。とっととかかってこいよ」
挑発を受けたベルクの体がゆらりと揺れる、無軌道な動きを見せた次の瞬間には姿が消え、カイトの目の前にまで接近していた。
カイトとベルク、グリム・オーダーが生み出した数奇な運命を背負う二人の戦いが始まる。それは周りの人から見ると人外の戦いとしか言い表せないものであった。