決戦前夜
オーギュストさんたちが最終的な作戦内容を決定した。エイジション帝国を牛耳るエルダーを討ち、帝国の主導権をリチャード皇帝に戻す。そしてそれを餌としてシェイドをおびき寄せこれを討つ作戦だ。
方針を決めた時、オーギュストさんの表情は暗く重たいものだった。すべてを奪われたとはいえ祖国に攻め入り、罪なき民を巻き込むことになるからだ。どんなに酷い目に遭わされたとしても、オーギュストさんにとって帝国は愛する国なのだ。
しかしこの戦いに巻き込まれているのは何も帝国だけではない、寧ろ全世界の人々の存亡がかかっている。シェイドの手に秘宝が渡れば、シチテーレを除いた世界のすべてが消えてなくなる。
シェイドには時間の優位がある。その気になれば俺たちが老衰しきるまで待ってから力ずくで印を奪うことも出来る。俺たちがシェイドとの決着を無視して伝説の地へ向かえば、奴はどんな手段を取ってでも秘宝を奪いにくるだろう。
伝説の地を餌にすることは出来ない。帝国を戦場にするよりも遥かにリスクが高いからだ。突き詰めて考えるとシェイドは俺たちを手に掛ける必要もない、伝説の地に眠る秘宝さえ手に入ればすべてが終わる。
結局こちらからシェイドに仕掛けることが出来て、薄くとも勝算のある手段は帝国の打破しかなかった。挑発に乗ってきたシェイドを討つほかない。密かながら世界の命運のかかった戦いは、竜の印を集めきった七人の冒険者に託されることになった。
決戦前夜、何度も何度も行われた作戦内容の確認を終えた俺たちは、久しぶりに四人で一部屋に集まって話をしていた。それぞれに出来ることをしてきたので、こうして全員が集まる機会はあまりなかった。
「いよいよだな」
「長いようで短かったような。不思議な感じね」
「やりたいことや出来ることは沢山あっても、時間をかければいいものでもありませんから」
「あのジジイに気取られたらおしまいだしな。今は上手いこと隠れているけど、やっぱり討って出ないと話にならん」
つくづくシェイドに有利で俺たちは不利な状況だなと思った。しかし、だからといって諦める訳にはいかない。
「まさか世界中の人たちも、俺たちの戦いの結果次第で世界が終わるなんて思ってないだろうなあ」
「知ってたら大騒ぎになるでしょ。大体今やろうとしてることでも騒ぎになるってのに、それ以上は面倒見きれないわよ」
レイアの言葉にカイトが「違いねえ」と呟いた。岐路に立たされていることすら知らせることが出来ないのは心苦しいが、レイアの言う通りだ。
「…私、ずっと気になっていたことがあるんです」
「何だアンジュ?」
「どうしてシェイドの思想に与するものが現れるのでしょうか?あの男の理論や目的、おぞましさを目の前にして賛同することなど不可能に思えるのですが…」
アンジュの疑問はもっともなものだ。しかし、正解か分からないけれどなんとなくこうなんじゃないかという理由が俺の中にはあった。
「正しいか正しくないかは別として、シェイドに味方する人にとって、奴は俺たちが目指している伝説の地みたいなもの何じゃあないかな」
「ええと…」
「ごめん、分かりにくいよな。つまりは、そうだな…」
言葉に詰まって必死に次の言葉を探していると、レイアがため息をついてからアンジュに言った。
「つまりアーデンが言いたいのは、シェイドしかもってない力や思想が、グリム・オーダーの連中にとって分かりやすい目標になってるってこと。何かを成したいと漠然と思っていても、何をすればいいかは分からないでしょ?」
「そうそう!レイアそれだよそれ!多分さ、シェイドに惹きつけられる奴は少なからずシェイドと似たようなものを持っている。器用に隠せる人はいいけど、隠せない人はどんどん爪弾きにされていく」
「成る程。ジジイはそういう人たちにとっていい目印になるってことか」
カイトの言葉に俺は頷いて肯定した。シェイドは確かに並々ならぬ雰囲気と過激かつ破滅的な思想を持っている。それを隠そうもせず全面的に押し出し、あまつさえ実行しようとしている。
それも一度はそれを成功させている人だ。誰もが知る過去の出来事の当事者で、引き金を引いた張本人。禍々しいながらも威厳すら感じさせる佇まいは、見る人によっては強く惹かれるものがあるんじゃないかと思う。
「悪のカリスマとして人々をまとめあげ、恐怖と暴力によって支配し手駒に変える。探し当てたら最後、シェイドの持つ魅力に惹きつけられてしまうと」
「想像に過ぎないけどな」
「いえ興味深い考えです。シェイドはその心理さえ利用して人を集めていたのかもしれません」
「目立たない裏道の先導者か、過去に皇帝なんてもんやってたんだから人心を掴む帝王学もバッチリだろうな」
そうして引き連れられて向かう先でシェイドが望むのは、一面焼け野原しか残らない破滅の未来だ。そのことを完全に把握しているグリム・オーダーの構成員はどれほどいるのだろう。何も知らずについて行っている人も多そうだ。
「シェイド・ゴーマゲオ。一体行き着く先に何があると思ってるのだろうか。飽いた心が満たされることはもう絶対にないのに…」
シェイドが秘宝を手に入れても望む未来は絶対に訪れない、そこに待っているのは死だけだ。知らずのうちに世界の終わりまで閉じ込められている老人を思うと、怒りの他にただただ虚しい気持ちが浮かぶばかりであった。
時を同じくして、リュデルたちも三人で同じ部屋にいた。アーデンたちとは対照的で、リュデルは黙って読書をし、メメルとフルルは黙って付き従っている。ペラペラと紙をめくる音だけが部屋に響く。
「…そういえば」
静寂の中リュデルが口を開く。
「お前たちレイアと一緒に何かやっていたそうだが、成果はあったのか?」
「はい。これ以上ないほどに得るものがありました」
「散々な目に遭ったけどな…」
メメルは淡々と、フルルは疲れ切った表情をして見せた。リュデルは淡白に「そうか」とだけ返すと、また本に目を落とす。
「しかしレイアが持つ技術力に目をつけるとはな、お前たちは自分の力と培った技術のみを信ずるかと思っていた」
「…これから帝国は大きく変わります。拙共の在り方も変様が求められるでしょう、同じように変わっていかなければなりません」
「力も技も一級品だけど、それをあと一押しするものがあればあたしたちは無敵だ。リュデル様のお手を煩わせはしません」
二人の発言を聞いてリュデルは少々驚いた。アンバー家の家訓は古くから守られてきたもの、リュデルからしてみればカビ臭く時代遅れの長物にしか思えなかったが、それでも誇りをもって堅固に守り続けられていたものだ。
そのことをメメルもフルルも誇りに思い実行してきた。しかし今、古くて頑なな価値観を柔軟に変えようとする姿勢を見せた。リュデルは二人もアーデンたち一行に感化され変化を見せ始めたなと思った。
「あまり手本にはできん奴らだぞ」
「それをリュデル様が仰られますか」
「何?」
「どんな時であれ信ずるは自分のみであらせられたリュデル様が、他者の力を借りることを厭わなくなった。これは大きな変化ではありませんか?」
メメルに図星をつかれたリュデルは「ふんっ」と鼻を鳴らして不機嫌そうに頬杖をついた。
「…激しい戦いになる。僕もそうだが、お前たちの家も地位を失うぞ」
「構いません。拙共の命はどこまでもリュデル様と共にあります」
「あたしたちは剣となり、盾となり、この身も守り抜いて主を生かす鎧となりますよ」
「…まったく冒険者という稼業は愚か者の集まりだな」
あいも変わらず憎まれ口を叩くリュデルであったが、その口元は緩み微笑みを見せていた。決戦前夜とは思わせない静かな夜の時間が流れる。祖国に弓引く覚悟はもう出来ていた。リュデルは仲間のためにも必ずリチャード皇帝を救うと心の中で誓った。