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 用意された部屋で早々に引きこもったレイアはひたすらに発明に没頭していた。何か目的をもって手を動かしている訳ではない、ただ何かをしていたいという衝動がレイアの手を動かしていた。


 備えられるだけの備えを、足りないことはあっても余ることはない、激しい総力戦になることは想像に難くなかった。


 レイアの強みは技術、自らだけが発明することの出来る数々の品々だった。それだけは誰にも負けないという自負があった。


 しかし相手のグリム・オーダーは、倫理観をまるで無視したことを行ってくることを知っている。カイトの体の中を切り開いて見たことのあるレイアにしか分からない危機感があった。


 どんな手段を取ってきてもおかしくない。その確信がレイアにはあった。そしてそれが、命の尊厳を踏みにじるような行為であろうとも予想していた。


「人体実験、アーティファクト移植、魔物のような特徴をもった人間、独自に開発されている予測不可能な道具の数々…。それがシェイドによってもたらされたものなのか、それとも…」


 シェイドに触発された人間によって作り出されたものなのか。それであれば恐ろしいことだとレイアは思った。


 カイトを作ったヴィクター博士がどんな理由で研究に手を貸したのかは分からない。最後にはカイトを逃がし、人として生きる道を作った博士だった。しかし非道な実験を続けていたのも博士だった。


 シェイドに与する理由を考えればきりがない。しかしどんな理由があったにしても研究に手を貸したことは事実だ。


「それってどんな人でもシェイドのようになる可能性があるってことじゃあないかしら…」

「どういう意味ですか?」

「だから…ってうわあ!!?」


 横から聞こえてきた声に顔を向けたレイアは驚いて跳び上がった。いつの間にか部屋にいたのはメメルとフルルの二人だった。


「おいおい大丈夫かよ」

「あ、ありがと…じゃなくって!!」


 フルルが差し伸べた手を取って立ち上がるレイアだったが、抗議の声を上げて二人に騒ぎ立てた。


「いきなり何なのよ!!どうしてここにいるの!?」

「失礼は承知しておりましたが、何度扉を叩いても声をかけても返事の一つもない始末でして、勝手ながら入らせていただきました」

「お前よ、貸してやってるとはいえここ人の家だぜ?よくここまで散らかせるもんだな」


 呆れた顔で部屋を見渡すフルル、手に取った工具を奪い取りながらレイアが言った。


「悪かったわね、でも仕方ないでしょ、私にとって発明は生命線なの!」

「仰られたいことは分かります。しかし集中しすぎて返事もしないのはいかがなものかと」

「…まあそれは私も自覚してる。でも改善は追々ってことで」

「それ治すつもりあんのか?」

「自覚のありなしは重要でしょ。で、何か用事?アーデンたちを使えばよかったのにあんたらが来た理由でもあるの?」


 工具を仕舞いながらレイアは聞いた。それを受けてメメルが言う。


「行き詰まった作戦会議に小休止を挟むことになり、リュデル様とアーデン様はご歓談を、モニカ様はロゼッタ様、アンジュ様と協力してシェイドの手がかりを追っています。暫く進展は望めそうにないので拙共はレイア様をお手伝いできればと」

「手伝う?あなたたち二人が?」

「打算も込みだけどな、お前の作るもんの凄さは分かってる。今後の作戦で絶対に必要になるってこともな」


 レイアは少々驚いた。まさかフルルからそんな評価を受けているとは思ってもみなかったからだ、こそばゆさを感じたが素直に嬉しさも感じていた。


「ま、まあそこまで言うなら手伝わせあげないこともないわ。それと二人にも使えそうな何かを考えてあげる。じゃあまずは…」




 結局レイアは一人で作業に没頭していた。メメルとフルルの二人はレイアの要求をこなすことに必死で、疲れ果てて眠ってしまっていた。


 二人の寝息を聞きながらレイアは作業を続ける。先ほどまでとは違い明確な目的をもって手を動かしているので、段違いに捗っていた。


 今レイアの手元にはメメルのアーティファクト「アストレア」とフルルのアーティファクト「ジェミニ」があった。貴重なアーティファクトを触る機会が得られてレイアはごきげんだった。


 メメルもフルルも大切なアーティファクトを一時的でも渡すつもりはなかったが、レイアから頼まれた作業の多さと難解さに目を回していた時「それはもういいから他のことを」と言われどんどん別の要求をされた。


 結局レイアを手伝うどころか追いつけもしない状況になり、最終的に二人がどうすればいいかと聞いて要求されたのが、それぞれが持つアーティファクトだった。出し渋りはしたが、手伝うと自分たちから言い出した手前断りにくいこともあり渡すことになった。


 しかしそれは諦めからの行動でもなく、レイアなら何かやってくれるのではないかという期待が込められていた。メメルもフルルも、レイアが持つ類まれな技術力には一目置いていたからだ。


 そうしてアーティファクトを手に入れたレイアはますます作業に没頭していき、横から口を挟む余裕もなくなってしまった。手持ち無沙汰になった二人は、ちょっとだけならと横になって目を閉じるとそのまま深い眠りに落ちていった。


 武装型アーティファクトを触りながらレイアは考えていた。これらすべてが秘宝から生み出され大戦争の道具として利用されてきた。アーティファクトの力で血塗られた歴史が作られたことをレイアは強く憂いていた。


 レイアの夢はアーティファクトを越えるものを作り出すこと、だがそうすることで新たな悲しみを生み出す可能性があることをずっと考えていた。自分が作り出したものが、新たなシェイドに渡り利用されることがないとは言い切れない。


 本当にアーティファクトは争いにしか活用できないものなのだろうか。アーティファクトを研究し、その技術を応用して様々な形で世の中に恩恵をもたらす両親の姿を知るレイアには、それだけじゃないはずだと信じる気持ちとそうなるかもしれない未来を憂う気持ちがせめぎ合っている。


 そもそもアーティファクトは生み出されるべきではなかったのではないか。不安はため息となって漏れ出た。深く長いため息だった。


「何を憂慮されているのですか?」

「メメル、起きていたの?」

「今しがたです。それよりあなたはここを訪れた時にも気になることを言っていましたね。どんな人でもシェイドとなりうるのではないか…と」


 メメルの言葉にレイアは小さく頷いた。そして今まで抱えていた不安をすべて吐露した。それを聞き終えたメメルは、じっくりと考え込んでから答えた。


「成る程、ようやくレイア様のお考えを理解することが出来ました。しかしそれだけ大きな悩みなら、もう少し早くお仲間に打ち明けられた方がよろしかったのでは?」

「…そうすることも出来たけど、カイトにこの話を聞かれるのは嫌だったの。少しでも耳に入ってほしくない」


 カイトはグリム・オーダーがなければ生まれてこなかった命だった。そしてカイトが持つ強さの大部分を占めているのはアーティファクトだ、その二つを否定することはカイトの存在を否定することになるとレイアは考えていた。


 メメルは肩を落として俯くレイアを見て口を開いた。


「拙は、そのカイト様の存在が答えではないかと思います」

「え?」


 顔を上げたレイアにメメルは言葉を続けた。


「それがどんなもので何を目的に作られたにせよ、扱う人によって用途は様々です。それを制御することは難しい、下手なことをすると技術の停滞や逸脱した行為に使われる可能性もあります。道具は使い手を選べない、変な話ですが拙にはそれがよく分かります」

「道具って…」

「カイト様をお作りになられたヴィクター博士は、命と自由な意志を与えた。人として生きる道を与えた。それは博士に心があったからこその行動であり、作り出すものとしての矜持だったではないでしょうか?止められない流れの中でも、心を失わなかったから出来た行動ではありませんか?」


 カイトは道具ではなく人だ、しかし最初からその目的で作り出された訳ではなかった。擦り切れていても博士には心があった。その執念がカイトに別の生き方を作った。人として仲間を守るという道をカイトは選んだ。


「作り出すものとしての矜持や心を決して失わないことが大切なのではないかと拙は思います。その気持ちさえ失わなければ、誰かが間違った使い方をした時、気持ちを受け継いだ誰かがそれを阻止するのではないかと思います」

「メメル…」

「拙には残念ながら何かを作り出すことは出来ません。剣となりて敵を斬り、盾となりて人を守る、その身犠牲にして死するとしても命を守る鎧になることしか出来ません。拙とフルルは人ですが道具でもあります。しかし守りたいと思う心も同時に持ち合わせています。心こそが未来を決める鍵なのではないでしょうか」


 レイアはメメルの真剣な眼差しに息を呑んだ。その力強い話しぶりには多分に期待も込められていると感じた。作り出すものへの期待と、心を失うことのないようにという期待だ。


 いつかのことを考えることを止めたりはしない、だが今を生きる誰かのために自分はものを作り続ける。メメルとの対話を経てレイアの決心はより強固なものとなった。


 戦いに備えてレイアは手を動かし始めた。いつかくる未来を守るため、今自分たちの手でシェイドを打ち倒す力を模索した。

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