表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
194/225

探すものと憂うもの

 モニカは会議の合間を縫って集めた情報のチェックを行っていた。旧ゴーマゲオ領内で集めたものと、それを隠れ蓑にして集めてきた各地の情報。そしてトロイからもたらされたギルド側の情報も合わせて膨大な量の書類を抱えていた。


 その中のほぼすべては使い物にならないものだった。しかしそれでもどこにシェイドの存在が隠れているか分からない。手がかりの少ない今、シェイドに関する情報なら少しでもほしかった。


「あのう…」

「…」

「す、すみませんっ!」

「えっ!?あっ、は、は、はいっ?」


 作業に没頭していたモニカは突然声をかけられて驚いた。モニカに声をかけてきたのは、考古学者のロゼッタだった。


「な、な、な、何でしょうか?」

「か、勝手に部屋に入ってしまい申し訳ありませんっ!あ、あ、あ、あの、お、お手伝い出来ることが何かないかなって思いまして」


 驚き合う二人はひとしきりわちゃわちゃとした後、ようやく息を入れて落ち着きを取り戻した。


「ロゼッタさん、申し出はありがたいのです。しかしあなたが保護されている身、こんなことに手を貸す必要はないんですよ」


 必要なことだったとはいえロゼッタたちを巻き込んでしまったことに、モニカを含めオーギュストたちも負い目を感じていた。だからこそここでは安全に穏やかで過ごしてほしい、そう考えていた。


 しかしモニカが期待していたような反応は返ってこなかった。寧ろロゼッタは少々怒ったようにモニカに詰め寄った。


「モニカさんっ、私たちは守ってもらうためにここに来たんじゃありません。アーデンさんたちの力になるためにここに来たんです!戦いにきたと言っても過言じゃありません!」


 ロゼッタは拳を握りしめそう力強く宣言した。ぽかんとするモニカを見て「た、戦うは言い過ぎました」と照れくさそうに引き下がる。


 モニカが驚いていたのはロゼッタが勢いよく詰め寄ってきたからではなかった。その覚悟と意志の強さに驚いていた。自分たちが狙われているかもしれないと知った時、自分はそう言える人間だろうかとモニカは自問した。


「あの、モニカさん?迷惑でしたら言ってくださいね?邪魔したいとは思ってませんので…」

「いいえ。とてもありがたいですロゼッタさん。正直私も手一杯でした。よろしければお手伝い願えますか?」


 モニカの言葉にロゼッタはパッと表情を明るくした。勿論ですと力強く返事をすると、何を探すべきかの要点を聞いてから資料の山に二人で向き合った。




 たった一人手伝いが増えただけであったが、作業の進み具合が段違いになっていた。ロゼッタもアーデンたちと一緒に修羅場をくぐり抜けてきた学者であり、命を狙われながらの状況はシェカドと似通っていた。


「手慣れてますねロゼッタさん」

「変な話ですが一度同じような経験をしてますからね。だからかもしれません」

「確かその時はアーデンさんとリュデルさんたちが…」

「そうですね、助けていただきました。特にアーデンさんたちとは出会い方も衝撃的だったんです。私魔物に追いかけられている所を助けられたんです」


 それからロゼッタはシェカドで起きた一連の事件について詳細に語った。勿論お互い作業の手は止めていない、寧ろ雑談をしている時の方が効率は上がった。


「大まかにしか聞いてなかったのですが、そんな大変な事件だったんですね」

「そうですね。思い返してみると結構危なかったんだなって思います」


 ロゼッタは言葉の最後にでもと付け足して言った。


「あの事件があったから頼もしい友人が二人も出来たんです。悪いことばかりに目を向けていると大切なことを見落とすと恩師によく言われました。確かに悲しい別れもあったけれど、アーデンさんとレイアさんに出会えて私はよかったと思っています」


 強い人だとモニカは思った。この一件で恩師を喪っている、それでも前を向いて生きようとする心が羨ましいとすら思った。


「どうしてそんなに強くいられるんですか?」

「えっ?」


 言った後しまったとモニカは手を口に当てた。あまりに簡素で不躾な質問だったと後悔し謝罪しようとする。しかしそれより前にロゼッタが笑顔を浮かべながら言った。


「それはきっとアーデンさんたちのお陰です。あの時私はただの被害者じゃあなかった。一緒に戦った仲間だったんです。大変だったからこそ、あの事件を乗り越えたことが私に勇気を与えてくれるんです」

「勇気…ですか…」

「アーデンさんたちは冒険から戻ってくる度私の元を訪れてくれました。中々外に出られない私を気遣ってのことだったと思います。だけど他にも、石版の解読をしたり一緒に手がかりについて考えたり、研究所の人以外とそういうことをするのは初めてでした」


 ロゼッタの話を聞きながら、自分もアーデンから言われた言葉を思い出していた。私も夢を追う冒険者の一人だ、躊躇う時には自分が証人になる。その言葉にモニカは勇気づけられていた。


 忘れはしない大切な思い出だったが、最近の忙しさに追われてその気持ちが薄らいでいたと感じた。自分もアーデンたちと共に戦う冒険者だ、このことを今一度確認したモニカはロゼッタに言った。


「ありがとうございますロゼッタさん。私大切なことに気がつくことが出来ました」

「そ、そうですか?よく分かりませんが力になれたのならよかったです!」


 そう言って二人は微笑みを交わした。モニカは心の中でもう一度お礼を言った。それはロゼッタだけではなくアーデンにも向けられたものだった。


 二人がそんな会話をしていると、扉からノックの音が聞こえてきた。モニカが扉を開けると、そこにはアンジュの姿があった。


「アンジュさん、どうされました?」

「こちらに学者がお二人集まっていると聞きまして、私も元学生ですからお手伝いにきました」


 アンジュはそう言うとにっこりと笑ってみせた。モニカとロゼッタは顔を見合わせ微笑むと、よろしくお願いしますと同時に頭を下げた。




 モニカたちの様子を遠くから見守っていたトロイ、ロゼッタとアンジュを手伝いに向かわせたのは彼だった。


 これから帝国国内で起こすことは、リュデルも含めモニカたちの家の権威を失墜させることに繋がる。モニカはそれを心苦しく思っていた。


 モニカがどれだけそのことを隠していたとしても、トロイは気持ちを見抜いていた。冒険者ギルドで多くの人々と関わってきたトロイには、その手の推測はお手の物だった。


「これで少しでもいい方向へ進めばいいんだけどね」


 トロイはそう独り言を呟いた。若者たちに過酷な運命を背負わせることになることをトロイは心苦しく思っていた。


 結局大人たちがどれだけ知恵を絞ろうとも、それを実行して戦う力を持っているのはアーデンたちだけだった。すべての責任を負うと決めていても、アーデンたちだけが死地に向かうことに変わりない。


「アンジーが行ったから問題ねえさ。きっと何か見つけてきますぜ」

「おや、君は」


 いつの間にかトロイの後ろにいたカイトが声をかけた。軽い調子で手を上げてニカッと眩しい笑顔を向ける。


「カイトです。アー坊、いやアーデンたちの仲間です」

「そうだったねカイト君。私は人の気配に敏い方だと思っていたが、いつの間に後ろにいたのかな?」

「いやあ俺もそんなつもりなかったんだけど、理屈は分からんけど足運びが自然と気配を悟らせないようなものになってるらしい」

「らしい?」

「俺もある人に教えられたままにやってるだけでね、戦い方どうのこうのって最近やっと身につけたんです。アー坊たちをこの手で守るために」


 そこでトロイは予め聞かされていたカイトの事情に思い至った。カイトはシェイドが行っていた非道な実験で生み出され、シーアライドのオリガ事件の被害者だった。グリム・オーダーとの因縁深さだけで言うならばこの場に集まった誰よりも直接的な因縁があった。


「因果なものだね君も」

「生きてるだけで御の字でさ、それにいい仲間と巡り会えた。俺ぁそのお陰で人として生きて人として奴に引導を渡すことが出来る。こうしてみると悪くないもんです」

「それは…、実に頼もしいねカイト君」

「ええ任せてください。荒事に関しちゃ俺ぁ誰にも負けねえつもりだ。それにしがらみもねえ、大手を振って先陣切ってやりますよ」


 カイトは胸を叩いて自信満々にそう言った。トロイの不安を吹き飛ばすように笑ってみせた。そんなカイトの姿を見たトロイは「本当に頼もしい」と嬉しそうに呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ