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リュデルの夢

 リュデルはオーギュストが主導して作戦を立案する「帝国襲撃作戦」についての詰めの作業を行っていた。


 自国の次期皇帝を打倒する。これは国に背く行為だ、オーギュストはいくらそれが自国のためであるとはいえ、流れる血を思うとためらいの心があった。


 しかしリュデルの心の内にその葛藤はなかった。完全にないとはいえないが、エルダーから現皇帝のリチャードを取り戻すことの方が重要だと割り切っていた。


 それほどまでリュデルが皇帝リチャードのことを重要視しているのには、それが必要なことである以上に個人的な感情が絡んでいた。


 私情を挟むことの愚かさを知りながらもそれを無視出来ないでいる。誰にもその素振りを見せないが、心の片隅には澱が溜まっていた。


 案を出し切り行き詰まり始めた会議に小休止を入れることになり、リュデルはその場を離れて自室に戻ろうとしていた。そんなリュデルの後ろから明るく声をかけてきたものがいた。


「リュデル!ちょっといいか?」

「アーデンか」


 駆け寄るアーデンを見てリュデルは少々鬱陶しそうな表情をした。


「何だよその顔、別にまだ何も言ってないだろ?」

「…いやすまん。つい疲れが顔に出た」

「うん?」

「どうした?」

「お前にしては素直だな。憎まれ口の一つでも出てくるかと思ったのに」

「そうしてほしいならそうするがな。僕も疲れている、この下らないやり取りを続けるのなら失礼させてもらおう」


 踵を返して立ち去ろうとするリュデルを慌ててアーデンが引き止めた。


「ごめんって、しかし本当に疲れてるみたいだな」

「まあな…、色々と根回しをするために駆け回った。この屋敷を用意するのにも苦労した。弱音を吐く気はないが、いささか無理をしたのは否めないな」

「俺の母さんとも会ってきたんだろ?ファジメロ王国によく伝手があったな」

「ああ、あれはだな…。まあいいか、来いアーデン。お前を休憩相手に選んでやる」


 リュデルの不遜な物言いを聞いて、アーデンはようやく調子が戻ってきたなと思った。ため息をつきながらも、リュデルの後にアーデンは続いた。




 テラスに用意されている机と椅子、二人は向かい合う形で座った。リュデルは近くの使用人を呼び寄せると、飲み物だけ運ばせてから人払いを頼んだ。流れるような一連の動作を見たアーデンは、ぽかんと口を開いてリュデルを見ていた。


「…何だ?」

「いや改めてリュデルとは住む世界が違うんだなって思っただけ」

「ふっ、この程度でか?」

「この程度でもだよ。俺が母さんに同じ態度を取ったら地獄を見るぜ」


 アーデンの真に迫った言葉を聞いてリュデルの頬は少しだけ緩んだ。それを見てアーデンは安心したように言った。


「やっとちょっと笑ったな」

「どういう意味だ?」

「ここに来てからずっと、お前こんなに眉間にシワ寄せて難しい顔してるぞ。そんな態度していれば周りの人は不安に思う。態度を弛緩させろとまで言わないけど、もう少し空気を入れ替えた方がいい」


 ぐいっと指で眉間を寄せてアーデンは深いシワを作って見せて言った。リュデルはその指摘を受けて意外そうな顔をした。


「まさかお前からそんな正論を言われるとはな」

「褒めてる?馬鹿にしてる?」

「大変遺憾ながら褒めている。お前の言う通りだよアーデン、確かに緊張しすぎていた。これでは進む話も進まないな」


 先ほどは僅かな緩みであったリュデルの表情も、緊張がすっかり解けた。それでも表情を崩すことはなかったが、張り詰めた空気は弛緩した。




 それから二人は自らの冒険について語らった。お互いのことをライバルとして意識しているアーデンとリュデルだったが、こと冒険の話となると話は弾む。


 どこでどんな景色を見たとか、ここの魔物は手強かったとか、この遺跡の仕掛けは難解だったなど、下手すれば一日を費やしても足りないくらいに話してしまいそうだった。


 話の切れ目でようやく本題を思い出したアーデンは、一呼吸置いてからリュデルに聞いた。


「それで、どうやって母さんに会ってきたんだ?子どもの俺が言うのは変かもしれないけど、そう簡単に会える人じゃあないと思うんだが」

「エイラ・シルバーと言えば他国でも名の知れたやり手の高官だからな、その認識は間違っていないさ。僕はシェイドのこともありなるべく秘密裏に連絡を取りたかったから、最初は家の諜報員を使って面会の機会を探らせていた」

「動きをバラす訳にもいかないしな。で?」

「その後は簡単だったよ。エイラ様に気取られた諜報員が捕まって、彼女から僕に連絡を取りたいと約束を取り付けられた。エイラ様との面会が叶ったのは、僕の力ではなく彼女の力技さ」


 リュデルの放った諜報員は完璧な仕事をしていた。しかし相手が悪かった。


 エイラは護衛よりも素早く諜報員の陰に気がつき、敢えて人払いをし隙を晒して見せた。それしきのことで尻尾を出すような諜報員ではなかったが、エイラにあっさりと潜伏先を見つけられて捕縛された。


「エイラ様曰く人が少なくなって逆に分かりやすくなったそうだ。とんでもないお人だな」

「あはは…、ま、まあ母さんだからな。やりそうなことだよ」


 アーデンは気恥ずかしそうに頭を掻いた。そしてぶつぶつと聞こえないくらいの小声で母に対する愚痴を口にした。そんな様子を見てリュデルはフッと微笑んだ。


「お前とエイラ様は仲が良さそうで羨ましいよ」

「…悪くはないかなあ。そういうリュデルはどうなんだよ」


 そう問われたリュデルは少々伏し目がちになりながら答えた。


「僕は父上とも母上ともろくに同じ時間を過ごしたことはない。僕には常に教育係が張り付いていて、ロールド家の立派な跡取りになるようにと育てられてきた。父上も母上も、僕に跡取り以上の価値を見出していなかったよ」

「そんな…、そんなのって…」

「酷いか?」


 リュデルの言葉をアーデンは頷いて肯定した。自嘲気味に笑ってリュデルは話を続けた。


「しかしそんなものだ。恐らく父上も母上もそう育てられてきたのだろう。子に対して愛情を注ぐよりも、家を存続させ名を上げることが大切だった。だが僕はまだ愛されて育った方さ、家の道具も同然の扱いを受けている子を見たことがある。それを思うと話が通じる父上母上の方がマシさ」

「…ちょっと想像もつかないな。ごめんな、まったく共感出来なくて」

「構わないさ、これが僕にとっての普通だ。外から見てどれだけ歪であろうともな。しかし愛情に飢えていたのも事実さ、だから僕も悩んだ時期がある。そんな時、僕のことを救ってくれたのがリチャード様だ」


 エイジション帝国現皇帝リチャード、その人と自分の関わりについてリュデルは初めて身内以外に打ち明け始めた。




 幼少の頃、社交の場での挨拶回りに疲れてリュデルはこっそりとその場から抜け出していた。バレれば大目玉を食らうと分かっていても、上辺だけの笑顔を貼り付けた社交界に嫌気が差していた。


 中庭で膝を抱えてため息をつくリュデル、その隣で同様に深いため息をついている謎の人物と出会った。挨拶回りでも顔を合わせていないその人物に、子どもの頃のリュデルは好奇心から話しかけた。


「おじさんはどの家の人?」

「うん?そうだな、全然大したことない家だよ」

「ぼくね人がたくさんいる場所につかれちゃった。だからここにいるの。おこられるって分かってるけど、それでもつかれたんだもん」

「そっか、じゃあおじさんと同じだな。おじさんも怒られるの分かってて抜け出して来ちゃったからさ」

「おじさんは大人なのにそれでいいの?」

「大人でも嫌なものは嫌なのさ。それよりどうだ?暇ならおじさんと一緒に遊ぶか?」


 それからリュデルは、中庭で名も顔も知らぬ男性と転げ回って遊んだ。今まで一度だってそんなことをしたことはなかった。誂えられた上等な服を目一杯汚して遊んだ。


 子どものリュデルよりも泥だらけになって遊んでいたのは謎の男性であった。二人のはしゃぐ声が大きくなり、何事かと様子を見に来た人たちから悲鳴のような声が上がった。


「陛下!一体何をなさっておられるのです!」

「リュデル!この大馬鹿者がっ!」


 リュデルに駆け寄ってきた父と母は、土で汚れたリュデルに触れるのを躊躇した。服や装飾品が汚れることを避けた。


 しかしこっそりと抜け出していた皇帝リチャードは、幼いリュデルを抱きかかえると集まってきた人に言った。


「何の問題もない、私はこの子と遊んでいただけだ。この下らない催しの中で一番私を楽しませてくれたのはこの子だ。皆は早々に会場へ戻って面白くもない話を続けるといい。さあ行け」

「陛下…、しかし」

「私は行けと言った」


 その一言で人々は波が引くように消えていった。中庭に残ったリュデルとその両親に向かってリチャードは言った。


「お前たちは、ロールド家の者だな?先の代から今に至るまでよく尽くしてくれているな」

「もったいなきお言葉にございます」

「子の教育もよく行き届いている。次代のロールド家も安泰だな」

「ありがとうございます陛下、恐悦至極に存じます」


 リュデルは服が汚れるのを厭わず頭を下げる両親を見ていた。そしてこっそりと移動していたリチャードに肩を叩かれて顔を上げた。


「楽しかったぞリュデル。またな」


 笑顔でそう言うリチャードに頷いて返すことしか出来なかった。まさか自分が皇帝陛下と遊んでいたとは思いもよらず、絶対に忘れることの出来ない夜となった。




「それからだ、僕と陛下は個人的な交友を深めることになった。忙しい合間にも手紙を通じてやり取りをした。表の顔は威厳溢れるエイジション帝国皇帝リチャード様だが、僕にとってはあの夜共に遊んだリチャード様のままなんだ」

「知らずとはいえ国のトップとねえ、すごい話だな」

「リチャード様は家のことや僕個人の悩み事についても親身になって聞いてくれた。僕はなアーデン、あの人のことを心から尊敬しているんだ。リチャード様の理想と夢は僕の理想と夢と同じだ」


 リュデルは今まで見せたことのないほどに生き生きとしてそう語った。アーデンもその様子を見て口元は緩んだ。はつらつとしたリュデルの姿が、珍しい以上に微笑ましかった。


「陛下は僕に仰られた。力は持つべきものが持ち、責任をもって管理監督すべきだと。そしてその力で人々の幸福のために尽くすのが義務であると。僕もまったくその通りだと考えている」

「だからグリム・オーダーの壊滅と秘宝の捜索を命じられたってことか」

「帝国は昔過ちを犯して滅びの道を辿った。そしてその過ちが今ものうのうと生きている。あまつさえ現帝国を乗っ取り自らのものにせんとしている。これまで先代の皇帝たちが築き上げてきたすべてを無に帰そうとしているのだ」


 そのことがリュデルには許せず我慢ならなかった。リチャードたちが守ってきた帝国を、またしても滅びの道へ進ませる訳にはいかない。その固い決意を胸にリュデルはこれまで動いてきた。


「過ちを知る僕らだからこそ、秘宝を徹底した管理に置き、その恩恵を制御することが出来る。世界に戦火をばらまいた帝国を知るからこそ、これを達成しなければならないんだ」

「それがリュデルの伝説の地へ向かう理由と夢なんだな」

「ああ。だからこそこの戦い絶対に負けられない。必ずシェイドを倒し、僕らは伝説の地で秘宝を手に入れる。アーデン、お前とも決着をつける日がくるだろう」

「そんなの望む所だろ。俺たちだって俺たちの夢のために戦ってんだ。勝っても負けても恨みっこなしさ」


 アーデンとリュデルは暫し言葉もなく視線を交わす。そして同時にニヤリと笑った。


「能天気だが、お前のそんな所は嫌いじゃないぞアーデン」

「堅物だと思ってたけど熱い思いがあるじゃあねえかリュデル」


 二人はそう言葉を交わすと、ふっと息を吐き出し笑い合うのだった。

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