シェイド討伐会議 その2
会議の場に四竜の光が集まった。赤い光を点滅させるサラマンドラが、力を貸せると言った内容について語り始める。
「そもそも我々四竜は、秘宝の守護者であると同時に世界の守護者でもある。最後の砦であると同時に、シェイドに致命傷を与えられる可能性があるのは我らの力であるはずだ」
赤く力強い光の次に、深々とした青色が濃淡を変えながら続く。
「我ら四竜、人の世に直接介入することを禁じられているとはいえ志は同じ。すべての元凶であるシェイド・ゴーマゲオを打倒せしめんとする皆様と足並みを揃えることは出来ます」
たおやかに揺れる緑色の光が優しく輝く。
「今ここにいる二組の冒険者たちは、自らの信ずる夢のもと我ら四竜に辿り着いて見せました。その実力と意志の強さは折り紙付きです」
不動の橙色の光が力強く点滅する。
「長きに渡る時の中、伝説の地の存在を信じ諦めず行動し、四竜に印を集めるに至ったのはたった三組の冒険者たちだけだ。ブラック、リュデルと付き人二人、そしてアーデンとその仲間たち。この場にいないブラックはさておくとして、二組の冒険者が揃ったこの状況、今動かずしていつ動くのか」
「これは我火のサラマンドラ」
「水のニンフ」
「風のシルフィード」
「土のゲノモス」
「我ら四竜すべての統一された意志である。古から続く巨悪を今こそ討ち果たそうぞ」
四竜それぞれの言葉には強い意志が感じ取れた。シェイドと秘宝を巡る因縁に終止符を打つことは、四竜だけでなくすべてをなげうってもシェイドを止めることが叶わなかった双子の兄弟にとっても悲願なのだろう。
「帝国を…、エイジション帝国を相手取る冒険か」
分の悪い賭け、勝ち筋は薄く味方も少ない。切り開くべき道の先には罪のない人々だっている。この冒険が、世界の命運を左右するなんてことを知ることはないだろうし、もし知ったとしても、その目で見ず耳で聞かず体験してこなかった人々に実感することは難しい。
そして人々の混乱はシェイドにとって大きな武器になる。混沌こそ奴の主戦場だ、世が乱れ人が乱れればシェイドは水を得た魚のように生き生きと泳ぎだすだろう。
この無理難題な大冒険を俺たちだけで乗り切るしかない。それは実に不謹慎だったが、それでも俺は少しワクワクしてきた。
「やろうぜ、国取りの大博打。そして引きこもってる死に損ないに叩きつけてやろう、お前の生きる場所と時代はもうどこにもないってな」
シェイドの欲しがるものを何一つとして渡す気はない。ようやく俺も腹が決まってきた。先の見えない不安を跳ね除け勝利というお宝を手に入れる、これを冒険者が達成せずに何が冒険者か、俺はそう思った。
打倒エルダー含め帝国の現体制打破についての作戦会議は、オーギュストさん主導の元別途で開かれていた。俺たちとリュデルたちは、別に集まって四竜から話を聞いていた。
「我が印を授ける際、リュデルからシェイドの打倒方法について問われた時には、明確な答えがなく回答は先送りにさせてもらった。しかしその後、四竜で話し合う場を設けてある方法を思いついた」
「それは何ですかサラマンドラ?」
アンジュの問いかけにサラマンドラの赤い光が輝きを増す。
「我ら四竜の力を使い、シェイドに宿る秘宝の力を封印する。しかしすべてではない、不死の力に限定して封じるのだ」
「そんなこと可能なの?」
「レイア、封印とは何者も寄せ付けぬ排他的なものであると同時に強固な守護でもあるのです。守護の範疇であるならば、我らの力の及ぶところです」
シルフィードの次にニンフが話す。
「しかし我々が封することが出来るのは非常に限定的なものだと推測されます。どれだけ人の道を外れた怪物であろうとも、シェイドもまた人の世のもの。直接手を下すことは許されない」
「だから対象を不死に絞るってことか?」
「ええ、不死は世界にとって極めて不自然な力です。我々の介入で封じ込めることは可能です」
ニンフとカイトのやり取りでおおよそ四竜の出来ることは見えてきた。後の問題は、これをどうやって実現するのかというものだ。
「どうすればシェイドの不死を封印出来る?」
「俺様たちの力は印を通してお前たちに宿すことになる。シェイドとお前たちがの戦いになれば、自然と奴の力を封印出来る」
「逆に言えば僕たち以外の戦力をシェイドに割いてはならないということだな」
「そうだ。シェイド討伐はお前たちで成し遂げなければならない。そして封印出来るのは不死の力だけだ、シェイドが何らかの形で得た他の力があったとしてもそれは止められない」
シェイドはこれまで様々な手段をもちいて立ちはだかってきた。長い年月を経て、どんな力を手に入れたのかは未知数だ。転移魔法のように、独力で切り札を作っていてもおかしくはない。
「それとシェイドの研究物についても注意しておかないとね」
「拙もレイア様と同意見です。旧帝国領内で相手取ったゴルカとカーラ、この二人は倒しましたがまだまだ不完全な印象を受けました。命の倫理観を著しく欠いているシェイドが、手を加えない訳がありません」
「つまり俺みたいなのがいるかもしれないってことだ。それももっと調整された奴がな」
カイトの言葉に皆固唾をのんで頷いた。厳しい戦いになることが想像に難くない、どれだけ消耗せずにシェイドとの戦いに臨めるかも鍵になってきそうだ。
「この場において僕たちが最高戦力なのは間違いない。最終的な目的は違うかもしれないが、帝国の奪取及びシェイドの討伐には協力して当たる。異存ないな?」
「勿論だ。俺たちはそのためにここに来た。一緒に戦おうリュデル」
俺はそう言うとリュデルに右手を差し出した。リュデルは俺のその手を取って強く握った。固く交わされた握手は協力する意思表示だ、ここに今一度俺たちとリュデルたちの協力関係が結ばれた。
話し合いを終えた竜はそれぞれの印の中へと戻っていった。リュデルはオーギュストさんたちの会議に混ざり、アンジュは思わぬ場所で再会を果たしたミシェルに会いにいった。
カイトもサルベージャーたちの元に向かい、レイアはあてがわれた部屋に籠もってカチャカチャと何かを作っている音を響かせている。会議場に残った俺は、メメルとフルルと一緒にいた。
「二人共元気だった?」
「ええ、アーデン様もご息災のようで何よりです」
「ちょっと見ない間にとんでもなく強くなりやがったようだな、あたしらが一時的に組んだ時とは大違いだぜ」
「そうかな?変わったのはファンタジアロッドがドリームウェポンに変化したくらいだけど」
「いいや得物の違いだけじゃあないね、今のアーデンにはリュデル様に迫るものを感じるよ」
フルルにそこまで評価されると思っていなかったので面食らってしまった。続いてメメルも同様の話をしはじめる。
「アーデン様は以前より一本気な方ではありましたが、今はそれがより確かなものに変わったように感じます。佇まいが堂々とし、かつ心の余裕があるように見受けられます」
「成る程ね、そういう意味なら俺は変わったかも」
「一体どんな心境の変化があったんだ?」
「心にある芯はぶれてない、俺はいつでも夢を追い続ける冒険者だ。ただ冒険の日々で見たこと聞いたこと知ったこと、出会った人々を通じて一つの答えに至ったんだ」
「その答え、聞いてもいいでしょうか?」
メメルとフルルは俺の答えを期待の眼差しで待っている。腹にぐっと力を込めて俺は言った。
「世界はまだ広くて見てみたいものは沢山溢れている。伝説の地は俺の冒険の通過点の一つで、これからも俺はワクワクすることを探し続けるって決めた。この世界を勝手に終わらせられちゃつまらないからさ、俺は世界を守るんだ」
「…壮大な夢ですね」
「ともすれば不遜な夢でもある」
「でも素敵な夢です」「だけど素敵な夢だ」
二人の声が揃ったのを聞いて俺は笑った。メメルとフルルも互いの顔を見合ってからくすりと笑い始めた。きっと双子の兄弟が守りたかった世界は、こんな些細なことで笑い合える世界だったんじゃないかと思った。
彼らの出来なかったことを果たしに行く、その時助けてあげられなかったけれど、今を生きる俺たちが何とかしてみせる。打倒シェイドの決意は揺るぎないものへと変わっていた。