リュデルの宣言
森の中、メメルとフルルに連れられて辿り着いた先には、今までそこになかったはずの屋敷が建っておりリュデルが待っていた。どんな手品を使ったのかは分からないが、とにかく誰にも場所を知られない拠点を構えていることは間違いない。
屋敷の大きな部屋へ通された。用意された長机にずらりと並べられた椅子、恐らくここが会議の場となるのだろう。
「暫くここで待っていてくれ。この屋敷には使用人を殆ど連れてこられなかったからな、色々なことを自分でやる必要がある」
「リュデル、ここは何だ?どうして何もない場所にこんな立派な屋敷が建っている?」
「これは僕の所有するアーティファクトの力だ。周囲から隔絶された空間を作りだし、許可された者以外の出入りを禁止する能力がある。屋敷は突貫で作らせたものだがな」
リュデルは多くのアーティファクトを所有していると聞いていたが、こんな便利なものまで持っていたとは思わなかった。
「だがここを完全に隠匿している力は、アーティファクトの力によるものだけではない。アンジュ、君なら分かるんじゃあないか?」
「…この場所に来た時からまさかとは思っていました。その物言い、私の予想は当たっているということですね」
「何の話だアンジュ?」
「アーティファクトの力だけではなく、非常に強力な魔法による結界の存在を感じます。この魔法は私がよく知るもの、テオドール教授が扱う原初魔法です」
ここでその名前を聞くとは思わなかったので驚いた。どうしてリュデルの拠点にテオドール教授の魔法が使われているんだと困惑した。
「流石アンジュ話が早くて助かるよ。メメル、フルル」
「はっ!」
「客人をここにお連れしろ、預かった手紙も忘れるな」
「かしこまりました」
リュデルはメメルとフルルにそう指示を出して、自分は会議室から出ていった。次に扉が開いて入ってきた人物を見て、俺とレイアは跳び上がって驚いた。
「ロゼッタ!?それにトロイさんも!?」
「お久しぶりですアーデンさん!レイアさん!お会い出来るのを心待ちにしていました!」
「まさかこんな形で君たちと再会するとは思っていなかったけどね。二人の活躍は冒険者ギルドを通じて聞いていたよ」
思わぬ友人との再会に俺とレイアは駆け寄ってロゼッタの手を取った。喜びを分かち合っていると、後ろでカイトが「あっ!」と声を上げた。
「おいおい随分な挨拶だなカイ坊、幽霊でも見たような顔しやがって」
「いや、えっ、だって別れてから今まで全然出くわさなかったから、てっきり海で死んじまったのかと…」
「バッキャロー!俺たちがそう簡単に死ぬかよ!」
わっと勢いよく部屋に入ってきてカイトを取り囲んだのは、昔海でカイトを拾い上げたサルベージャーの人たちだった。カイトはもみくちゃにされながら、豪快な笑い声に囲まれていた。
人がはけた後、フルルに車椅子を押されながら入ってきたのはミシェルだった。アンジュもまた跳び上がって驚きミシェルに駆け寄ると、再会を喜んで手を取り合っていた。
一体何故懐かしい面々が集まっているんだと思っていると、メメルに袖をくいっと引かれた。そして一通の手紙を手渡される。
「積もる話があるのは承知の上ですが、一度こちらに目を通してください。あなたのお母様からの手紙でございます」
「母さんの?」
俺は手紙を受け取ると急いで中のものを取り出して広げた。母さんまで関わってきているなんて一番予想外だった。
アーデン。レイアちゃん。そして仲間になってくれたアンジュさんとカイトさん。元気にしているかしら?
この手紙を読んでいるということは、伝説の地へ至る鍵を手に入れたということね。あなたなら成し遂げられると信じていたけれど、本当に父さんと同じ偉業を成したと思うと胸がいっぱいになるわ。よく頑張ったわね、偉い。
だけど喜んでばかりいられないのよね、理由は会いに来てくれたリュデル君から聞いたわ。グリム・オーダー、私たちもその動向を探っていたけれど、まさかその首魁がゴーマゲオ帝国最後の皇帝だったとは思いもしなかった。
グリム・オーダーの張った根は思っている以上に深くて広い、リュデル君から渡された情報を元に各国の伝手を総動員して探ったけれど、世界中で活動の痕跡が確認出来た。
シェイドという人物、私の推察だけど根は臆病で慎重な性格をしているわ。恐らく絶対的かつ圧倒的な力を持ち合わせた上で、小賢しい策をいくつも弄してくる相手よ。
リュデル君にはあなたたちの縁者の保護をお願いしたわ。人質に取ってくることは平気でやってくるでしょう。先んじて守る必要がある。
私は立場上そちらには行けない。レイアちゃんのご両親も国の要人だから駄目。だけど私たちは自分の身は自分で守れる。不安だろうけど信じなさい。いいわね?
いよいよ事を起こす時、主戦場になるのはエイジション帝国内になるでしょう。私は持てるすべての力を駆使して、帝国国内の出来事に不干渉を貫かせるよう各国に働きかけるわ。露払いは任せてちょうだい、私だって伊達に鉄の女と呼ばれている訳じゃあないのよ。
どんな戦いになるのか想像もつかないけれど、あなたなら負けないと母さんは信じている。過去の怪物を討ち果たしてきっちり清算するのよ。
あなたたちの無事をいつでも祈っているわ。必ず帰ってくるのよ。また会いましょう。
「母さん…」
「エイラ様からは多くの支援を約束していただきました。グリム・オーダーに気取られず準備を推し進められたのもエイラ様のお陰です」
リュデルがしていた準備は、俺たちのことも含めたものだった。根回しには相当苦労しただろう。やっぱりリュデルはすごい奴だ。
「アーデンさん」
「どうしたアンジュ?」
「私にもテオドール教授から手紙が届いておりまして、人質保護の話読みました。ミシェルは万が一のことを考えこちらで保護しますが、教授はトワイアスに残って孤児院を守ってくれるそうです」
「え?じゃあここの結界は?」
「やり方と材料を渡してリュデルさんに託したそうです。まったくあの人は、本当は門外不出のものなのに…」
アンジュは不満げに唇を尖らせていたが、心の底から怒っているようには見えなかった。寧ろどこか誇らしげにしている。本音では大切な人を守るためなら、築き上げてきたすべてをなげうつ覚悟を見せた教授のことを誇りに思っているのだろう。
事情を把握しあった後、もう一度会議室の扉が開いた。そこにいたのはリュデルとオーギュストさんにモニカさんだった。
「皆さん、折角の再会に水を指してしまい申し訳ない。しかしこれから大切な話し合いをしなければならない。一度各部屋へ戻って待機していてほしい」
オーギュストさんがそう言うと皆それぞれに軽く挨拶を交わして部屋を出ていった。この場に残ったのは、俺たち四人と、リュデルたち三人、冒険者ギルドの代表者としてトロイさん、そしてオーギュストさんとモニカさんだった。
皆が席についたのを確認したリュデルは、開口一番にとんでもないことを言い放った。
「僕たちの第一目標は、少数精鋭の手勢で帝国国内に攻め入りエルダーの首を取ること。グリム・オーダーの傀儡とされているリチャード様を開放し取り返す。皆、僕たちと一緒に国崩しを成し遂げてもらいたい」
それは帝国の現体制を破壊するという大それた宣言だった。失敗すれば大罪人では済まされない、俺たちは皆まとめて処刑され、見るも無惨な姿で野に打ち捨てられるだろう。
リュデルは宣言の後、ゆっくりとその真意を語り始めるのだった。