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いざエイジション帝国へ

 シチテーレを去る前日の夜、俺たちはリンカとマサキさんスミレさんの招待を受けて家を訪ねていた。


 マサキさんが気合を入れて作ってくれた大量のごちそうを、もう食べられないほどに詰め込んだ。作った甲斐があるとマサキさんは上機嫌になり、次々と料理が出てきた。


 全員動けなくなるくらいに食べてしまい、苦しくて横になっていた。何故かリンカも一緒になって食べまくっていたので倒れている。


「いやあ、食べすぎましたあ」

「俺たちは名残惜しくて食べまくったけど、リンカまで付き合うことなかったんだぜ?」

「いえいえ、単純に美味しくてついね」


 相変わらずノリで生きてるなと感心した。俺は倒れたままリンカに話しかけた。


「リンカ、色々ありがとう」

「あれ私何かしましたっけ?」

「シチテーレが優しい人に溢れていてよかったなって」

「ふふっ、何ですかそれ」


 ゲノモスの保護の下にいるシチテーレの住人は、もしもの時のため帰属意識を高められているとゲノモスから教えられた。どこにいても有事の際シチテーレに戻ってこられるようになっているらしい。


 だからリンカたちシチテーレの国民は、他の国々と大きく異なる在り様をしているシチテーレに疑問を抱きにくくなっているとゲノモスは言っていた。しかしそれは、ゲノモスから強制的にそうあれとされている訳ではなかった。


 皆シチテーレという国を愛していた。脈々と受け継がれていたシャガの心が自然とシチテーレの人々にその気持ちを抱かせていた。ゲノモスが手を加えるまでもなく、シチテーレの人々はここを愛し、ここに生きると心に決めていた。


 シチテーレは一人の心優しい男と、その周りに集まってきた人々が興した奇跡の国だ。ゲノモスがここに根を下ろしたのも分かる気がした。ここで守られてきた人間に動植物は必要だと感じたのだろう。


 そして魔物が持つ新たな可能性をもシチテーレは内包している。クロのように、人と共生可能な魔物が生まれる未来があるかもしれない。シチテーレにはそんな希望が詰まっている。


 未来がどうなろうともこの国は優しいままであってほしい。そう願わずにはいられなかった。そのためにもシェイドを倒す。


「さてと、たらふく飯も食わせてもらったし、そろそろ準備しなきゃな」

「明日出発されるんですよね?私仕事があってお見送りにいけなくてごめんなさい」

「そんなの気にしなくていいよ。それにさ、俺たちまたシチテーレに来るよ。その時はよろしくな」

「はい!いつでもお待ちしています!」


 ニッと笑顔を向けてくるリンカに俺もニッと笑顔を返した。




 旅立ちの準備を整えた後、カイトは皆の荷物を運んで外で待ち、レイアとアンジュはクロの墓に花を供えにいった。俺は綺麗に掃除した小屋を最後にもう一度確認し、鍵をスミレさんに返した。


「本当にお世話になりました」

「いえいえ、整頓の手伝いまでしてもらっちゃって悪いわ」

「どうしても宿代は受け取ってもらえないので、せめてこれぐらいはさせてください」


 散々自由に使わせてもらったのに、結局最初に言った通り宿代は一切受け取ってくれなかった。あまりに申し訳なかったので、手伝いをして恩返しをした。


「ではこれで…」

「あっちょっと待って」


 スミレさんはそう言うと駆け足で本邸に行った。そして戻ってくると手に小さく可愛らしい布袋を持っていた。


「これ、私が育てた花の匂い袋。シチテーレの香りをぎゅっと詰め込んであるわ。四つあるから皆に渡してね、香りを嗅げばここのこといつでも思い出せるでしょ?」

「わあ頂いていいんですか?」

「勿論よ。あげるために作ったんだから」


 スミレさん手作りの匂い袋を受け取り、俺はもう一度お礼を述べた。別れの挨拶をして手を振って去る。スミレさんは、姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けてくれていた。




「へえ素敵な贈り物ね」


 レイアは匂い袋を手に取り香りを楽しんでいた。ゴーゴ号で風を切って走ると、花の香りがふわりと漂う、出国早々に名残惜しさを感じる香りだ。


「アー坊よ、エイジション帝国までこいつに乗って行くのか?」

「いいや。アンジュとも相談したんだが、途中で降りて後は歩きで行くよ」

「そうなんか?」

「ゴーゴ号だとどうしても目立ちますので、遅かれ早かれシェイドに私たちの存在は気取られるでしょうが、少しでも慎重に行くべきかと思います」

「歩きは嫌だけど、流石に私も我慢するわ」

「いざとなったら俺がおぶってやるよお嬢」

「…最終手段ね」


 検討の余地はあるんだなと俺は苦笑いした。しかしレイアには悪いけれど、やっぱりゴーゴ号で乗り付ける訳にはいかないだろう。


 シェイドがどれだけの相手だったのかは一度対峙した時に分かっている。あの時は、父さんの手記に残された切り札がなければ俺たちの冒険はここまで続いていなかった。


 グリム・オーダーがどれほどの規模の組織かは分からないが、監視の目は常に光っていると考えておいた方がいい。楽観視は危険だ。


 エイジション帝国までの道のりは、綺麗に整備された大きな道が続いている。それに沿って歩いていけばたどり着けるのだが、広い上に開けていて、帝国兵による巡回が常に行われている。


 オーギュストさんの話によれば、皇帝陛下の嫡男がグリム・オーダーの関係者だ。自国の軍にどれだけ手を出しているか分からないが、見つからない方がいいだろう。


 俺たちは街道からは逸れて少し離れた森の中を隠れて進んだ。道は悪いけれどこれなら目立つことなく進むことが出来る。歩みは遅くなりがちだが、安全第一を心がけて進んだ。


 先頭でカイトが歩いているだけで、大抵の魔物は近寄ってこなかった。実力差による威圧感は魔物の本能に訴えかけるらしい、たまに命知らずな魔物が飛びかかってきたが、一殴りでぐしゃぐしゃになるか、受け流されて木に叩きつけられるかの二択だった。


 どんどん進んでいよいよエイジション帝国の近くまで差し掛かる、さてこれからどうするかという相談をしていると、森の奥から人の気配がした。


 俺が臨戦態勢を取ると皆も各々構える、気配が近づいてくるにつれジリジリとした緊張感が走る。


「…かなり念入りに気配を消したつもりでしたが、これを気取るとはかなり腕を上げられたようですね」

「その声は」


 木の陰から二人の姿がスッと現れた。メメルとフルル、二人に会うのは随分と久しぶりだった。


「やっぱり二人だったのか!」

「お久しぶりでございます」

「元気してたかよお前ら」


 俺たちは武器を仕舞って二人に駆け寄った。再会の喜びを分かち合うのもつかの間、メメルが本題に入った。


「リュデル様から皆様をお迎えするように申しつかっております。ここから先は拙共が先導いたします」

「ちょいと歩くぜ、はぐれないように着いてきな」


 言われた通りに俺たちはメメルとフルルの後ろをついて歩き始めた。しかし進む方向は帝国とは真逆で、どんどん遠ざかっていく。


「二人共、帝国から離れていってるけどいいのか?」

「構いません。寧ろそうしなければ危険です」

「はっきり言っておく、帝国はもうすぐ戦場に変わると思っておいてくれ」

「なにそれ。そこまで差し迫った事態なの?」


 レイアに質問にメメルが頭を振った。


「現在帝国国内は至って平穏です。秩序は保たれ、生活には何の支障もありません」

「ではどうして戦場に変わるなんて物騒なことを言ったんですか?」

「そいつはリュデル様から直接聞いた方がいいな。もうすぐ着くぜ」


 そう言って着いた場所は、森の中の少しだけ開けた場所。しかしどこにも何も見当たらず、誰かがいるような気配もなかった。


 困惑しながら二人の後に続く、そして一歩足を踏み入れた瞬間に景色が一変した。先程まで森の中にいたはずの俺たちの目の前には、大きくて立派な屋敷が建っている。庭先でくつろいでいた男が、こちらに気がついて立ち上がった。


「来たな。アーデン」

「来てやったぜ。リュデル」


 目があったリュデルは小さく笑みを浮かべた。俺もニヤリと笑ってから、右手の甲を見せて言った。


「四竜の印、集めきったぞ」

「ふん。遅かったじゃあないか。待ちくたびれたよ」


 それだけ言ってリュデルは踵を返し屋敷へと引き上げていった。俺は肩を怒らせながらその後に続いた。




 背後で見ていたレイアがアンジュに言った。


「何あれ?今のやり取り何の意味があるの?」

「言わないであげましょうよ。アーデンさん、リュデルさんに対抗心燃やしているから中々素直になれないんですよ」

「協力してことにあたろうってのに…。アーデンはまだしもリュデルも結構子どもっぽい所あるわよね」

「あれが二人なりの挨拶なんですよ。後で恥ずかしくなるはずですからフォローしてあげましょ」


 レイアとアンジュのやり取りを聞いていたカイトは、どうしてか恥ずかしくなって自分の背中がむず痒くなった。

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