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土のゲノモス その2

 ゲノモスは大きな謎について話し始めた。


「シチテーレを俺様の竜域にした理由は、俺様の持つある役割と使命が関係している。出会ってすぐアーデンたちに語ったことだ」

「ああ、父さんの手記にもゲノモスは何か大きなことを抱えていると書いてあった」

「四竜には役割がある。一つは伝説の地と秘宝を守ること、ひいてはこの世界そのものを守ることに繋がる。一つは伝説の地へ至るための印を授けること、これはお前たちも経験してきたことだな」


 それは他の四竜たちからも聞いてきたことだ。そしてその道を辿って俺たちは印を手に入れた。


「ゲノモス。少しいいですか?」


 アンジュが手を上げて言った。ゲノモスの「何だ?」という返事を聞いてから話し始める。


「こうして伝説の地を探している私たちが言うのもおかしな話ですが、伝説の地も秘宝も、封印して竜たちが守っている状況を保っている方がいいのではありませんか?それだけの力があなたたちにはあるのでしょう?」

「そうだな、今まで竜たちの話を聞いてきたお前たちなら当然そう思うことだろう。しかしそれは無理だ」

「無理?」

「秘宝は常に所有者を求め続けている。命がけの封印の効力が弱まってきているのは秘宝がその場から離れたがっているからだ。秘宝の力を使って生きながらえてきたシェイドの力が戻ってきたのもそのせいだ。秘宝は人の願望を叶えるために人を求め続ける、自らの力を使ってな」


 まさかと思った。封印を開こうとしているのは、俺たちやシェイドのような外部の存在ではなく、内に封された秘宝そのものだったなんて。


 秘宝が所有者を求めているのなら、いつかは封印を破って外へと飛び出し誰かの手に渡る。それがシェイドの手の内の者である可能性だってあるということだ。


「だから我ら四竜は秘宝に対してもう一つの封印を施すことに決めた。制約の封印だ。秘宝を求める者には印を授け、伝説の地を開かせる。我ら竜にたどり着きし者には秘宝を使用する権利が与えられる。双子の命を代償にした封印と、我ら秘宝を守る四竜が施した封印。この二つの封印によってようやく秘宝の力を留めるにいたっているのだ」

「…そして時が経ち、竜の存在は人々の中で形を変え曖昧なものとなり、伝説の地は発見の困難さからおとぎ話になった」


 アンジュの言葉にレイアが続いた。


「大戦争を知る者は秘宝を欲しがったりはしないでしょうね。自分たちは加害者でもあり被害者でもある。寧ろ隠したがったかもしれない」

「ええ、恐らくそうでしょう。伝承は正しい形で残されることはなかった。大戦争の詳しい記録は残さず、あったという事実だけが残されたのは、隠しきれなかった結果かもしれません」

「秘宝の存在は忌避され、事実は伝説となって形骸化し、竜の存在は魔法学発展のため象徴的に使われるようになった。こうして辿って考えてみると、なるべくしてなったって感じだな」

「…うんうん。なるほどなるほどだな!」


 カイトはわざとらしくうんうんと大きく頷いた。後でアンジュが噛み砕いて教えてくれるだろうから今は置いておくことにした。


 双子の封印に四竜の封印、大戦争への忌避感、伝説の地に至るまでの困難さ、これらの要素が重なり合って封印はより強固なものとなった。秘宝がいくら人を求めていても、人が秘宝を求めていなければ忘れ去るのも早いだろう。


 しかも一番秘宝を求めるシェイドとその一派は、遺跡に入ることが許されていない。四竜にたどり着くには遺跡に入って手がかりを探す必要がある。シェイドたちが印を手に入れるのは不可能だ。


「…だからシェイドは俺たちの印を欲しがったのか。自分たちに叶わないことなら人から奪えばいいと思ったんだな」

「どこまで卑怯者なんだあのジジイ」

「でも他に方法もありませんから、シェイドにしてみれば煮え湯を飲まされた苦肉の策なのかもしれません」

「あんまり胸がスッとする話じゃあないけどね」


 俺たちはそう話し合った後、ゲノモスに話を戻した。これは印と封印についての話だ。四竜の役割についてまだ聞いていないことがあった。




「俺様たち四竜の共通した役割は今話した通りだが、それぞれが持つ役割も存在する。俺様がシチテーレを自らの竜域にした理由がそれに関係している。アーデン、もしもシェイドの手に今一度秘宝が渡ったとしたら、世界はどうなると思う?」


 ゲノモスからの質問に俺は暫し考えてから答えた。


「なってみるまでどうなるのか分からないけど、絶対にまた世界に災いを引き起こす。それだけは間違いない」

「その通り。シェイドは己が欲望と享楽のために世界をすりつぶす。何もかもを巻き込んでな」

「でもそうはさせない。俺たちの力で必ず奴の野望を打ち砕いてみせる」


 俺はゲノモスのそう断言した。あまりも高くそびえ立つゲノモスの表情は伺い知れないが、どうしてかそれを聞いたゲノモスが少し笑ったような気がした。


「そうだな。俺様もお前たちには大いに期待している。恐らく他の竜もそうだろう。しかし、我々は最悪の未来も想定しておかなければならない」

「つまりシェイドに秘宝が渡った未来ですね?」

「もしもそうなった時には、俺様の竜域であるシチテーレ以外のすべてを竜が破壊しつくす。世界を道連れにしてシェイドを殺す。それが竜に与えられた役目だ」


 あまりにも衝撃的な事実を耳にして、全員の思考が止まった。誰もが言葉を発せない中、ゲノモスが詳しく話し始めた。




 シェイドが秘宝を手にした時、ニンフがその権能を使って世界を滅ぼし尽くす。憤怒の激流がすべてを洗い流し、生きとし生けるものは死に絶える。


 すべての文明が滅ぼされ死に絶えた後、ゲノモスが保護し守りぬいたシチテーレだけが世界に残る。ゲノモスは唯一、ニンフの激流に耐えきれる存在だった。


 そうして残された荒れ果てた土地に、今度は命を芽吹かせ世界を再生させなければならない。サラマンドラは前世界の歴史と叡智を保持する存在、生き残った人々に知恵を授け、失われた文明を再生する手助けをする。


 シルフィードが運ぶ新しい風は、命を運び世界中へと広がっていく。四竜たちはそれぞれに与えられた権能で、破壊した世界を元に戻す役割を与えられていた。


 シェイドがどれだけ暗躍しようとも、その野望が達成されることはない。過去の亡霊は知らず内に罠に嵌められ捕らえられていた。しかしその罠を発動する引き金は、世界と引き換えのものだった。




「今ある世界を壊してシェイドを殺すって、今を生きるものを皆殺しにするってことか?」

「そうだ。そしてシェイドのいない世界を再生する。これが竜の持つ一番大きな目的だ」

「そんな馬鹿なこと許されるかよ!」

「ああ馬鹿なことさ、しかし結末は変わらない。どんな形であれシェイドが秘宝を手にした瞬間に世界は破壊される」

「…もしかしてそれも双子の兄弟が望んだことですか?」

「親を止めるため奔走し、人々を守るためすべてを犠牲にした。しかし彼らがどれほど争いを止めようとしても人々は止まらなかった。それに少しでも絶望しなかったと思うか?」

「じゃあ私たちが積み重ねてきたものは…」

「記憶だけを引き継いですべてが無に帰す。何もかもすべてな」


 それが竜の持つ役割。悪しきも正しきも関係なく更地に変えて新天地を作り上げる。どれだけ長い時間がかかろうとも命尽きることのない竜は人々を見守り続けられる。新たなシェイドが生まれないように目を光らせながら。


 俺たちはようやく、本当の意味で双子の兄弟の葛藤と絶望に触れた気がした。命をかけて世界を守ると選択した一方、いつか来るかもしれない未来において世界を破壊する選択もしていた。


 この矛盾を抱えたまま兄弟は死したのだ。守ることと壊すこと、それらを竜に託して秘宝を封印した。


 果たして兄弟は、後の世を生きる人々に希望を見出していたのか、それとも絶望しやがて破壊されることを望んだのか。もう死してしまった彼らの真意は分からない。


 衝撃的過ぎる事実と重さに、考えはまとまらずぐちゃぐちゃになる。しかしこれだけは断言出来ると俺は口を開いた。


「俺たちの冒険の終わりはそんなつまらないものにしないぞゲノモス!シェイドもグリム・オーダーもぶっ潰して、俺たちは伝説の地へ行く!世界は終わらない。いや、終わらせないぞ!!」


 難しい話も後のことも今はどうだっていい。俺たちの冒険はまだ終わっていない、伝説の地と秘宝がどんなものであろうとも、最後までこの冒険を続けると決めた。


「そうね、要するに下らないジジイをぶっ潰して世界を救えばいいんでしょ?冒険のついでよ、やってやろうじゃない」

「私たちの行く道を邪魔するなら、シェイドにはご退場願いましょう。元よりただの死に損ないです。恐れるに足りませんよ」

「よっしゃ!流石は俺の仲間たちだぜ!俺ぁシンプルにいくぜ、皆を守って眼前の敵をぶちのめす!」


 皆の言葉が俺に勇気をくれる、失敗すれば世界が滅ぶだとかは関係ない。俺たちは最後まで冒険に一緒に行くんだ。


「フフ、フハハ、ハハハハ!やはりお前たちは面白い!俺様はお前たちを信じるぞ、シェイドを倒し世界を救え!冒険のついでにな!」


 どれほど敵が邪悪で強大なものだとしても、そんなことで俺たちは冒険を諦めたりしない。戦って未来を勝ち取る、そして四人揃って伝説の地へ向かうんだ。


 俺たちは無言で右手を握って差し出した。四人の拳を合わせると、竜の印が輝いた。頭の中で声が響く。


「誓い見届けたり、その夢果たすためいざや征け冒険者たち」


 その声は竜たちのものだった。俺たちは声を受けて深く頷いた。そして合わせた拳を空に掲げ、己を鼓舞する鬨の声を上げた。

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