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アンジュとカイト

 カイトの寝息を気にも止めずに、アンジュは自分の杖作りの作業に没頭していた。材料はアーデンたちの旅についていくと決めた時、サンデレ魔法大学校から持ち出していた。


 黙々と杖の修理を続けていると、いつの間にかカイトの寝息が聞こえなくなっていた。眠っているはずの場所見るとカイトの姿が見えなかった。どこへ行ってしまったのだろうかとアンジュが心配に思っていると、手に持ったトレイにお茶とお菓子を載せたカイトが現れた。


「カイトさん」

「おっと、そろそろ休憩したらどうだって言いに行こうとしたんだが。やっぱりアンジーは休み時ってのを分かってるねえ」


 カイトは机の上にトレイを置くと、アンジュを手招きして椅子に座らせた。そしてカップにお茶を注ぐとお茶菓子と一緒に目の前に置いた。


「どうぞお姫様。お気に召されますか分かりませんが」

「ふふっ、何ですかそれ?」


 アンジュは微笑みながらお茶を一口飲んだ。そして驚いて目を見開いた。


「えっ?これ、えっ?な、何ですかこれ?美味しい!」

「ははっ、そんだけ喜んでくれたなら俺も嬉しいぜ。向こうでな、リュウ爺のわがままに付き合ってお茶入れてたらすっかり上達しちまってさ、茶葉にもこだわって色々試してみてきたんだ」


 その時ふっとアンジュはお茶から嗅いだことのある香りがしてきたのを感じた。清涼感のある甘酸っぱい香りは、孤児院で栽培していた実を思い出させた。


「もしかしてこれ、リモの実の香りですか?」

「流石アンジー気付いたか。ロックビルズにいた時にな、トワイアスって街から行商に来てた商人がいてな、リモの木の葉っぱを茶葉にするらしいぜ。それでもっと驚くのが、これを作ってるのはアンジーのいた孤児院の人たちだってさ」

「えっ!?そうなんですか!?」


 アンジュが驚きの声を上げると、カイトは嬉しそうに笑った。そして自分もお茶を口にしながら話を続ける。


「その話を聞いて興味が湧いてな、色々と聞いてみたんだよ。そうしたらなんと、このお茶を作ったのはミシェルって子だって言うんだ。何度かアンジーから聞いたことのあった名前だったから、これはと思って買ってきたのさ」

「…そっか、ミシェルが。きっと孤児院のために新しいことをって考えたのね」

「新しい名産品として売り出してるらしいぜ。受けがいいって行商の人も喜んでたよ」

「…ありがとうございますカイトさん。こんなに素敵なお土産は他にありません」


 カイトに向かってアンジュは深々と頭を下げた。懐かしい故郷の味と親友との思い出が鮮明に蘇る、アンジュにとってこれほど嬉しいことはなかった。


「いやいや、喜んでくれたのなら何よりだ。お茶菓子は俺が作ってみたんだ、よかったら食べてみてくれよ」

「カイトさんお菓子も作れるんですか?」

「おう!と、言っても流石に本職には負けると思うけどな」


 そう謙遜するカイトだったが、その菓子の味は絶品だった。一息入れるつもりだったアンジュだが、ついついお茶と菓子の美味しさに惹かれ、久しぶりのカイトとの会話にも花が咲いて、楽しくお茶の時間を過ごした。




 休憩と近況報告も兼ねたお茶会を終えて、アンジュは杖の制作に戻った。片付けを手伝おうとした所、カイトが自分がやっておくからと言って追い返した。結局カイトは最初から最後までアンジュを休憩させるために時間を使った。


 それが分かったアンジュも、カイトに礼を述べて作業に戻った。一息入れたことで作業効率も上がり、杖は元通りどころか、今まで作ったことのないくらいにいい出来のものとなった。


 作業を終えたアンジュがぐーっと背伸びをしていると、それに気がついたカイトが声をかけた。


「おっ、出来たのかアンジー?」

「はい!おかげさまでこれ以上ないものが作れました!」

「俺ぁなんにもしてないよ。だけどそれならよかったよかった」


 アンジュが作業を終えた机の上を片付けていると、カイトも横に来てそれを手伝った。元々気配りが出来る人だと知っていたが、それがより顕著になっているなと思いアンジュは聞いた。


「カイトさん、気を利かせすぎじゃあないですか?」

「…やっぱりそう思う?」

「はい」

「いやあリュウ爺の所で修行して強くなったのはいいんだけどさ、とにかく何事にも口を挟んでくる人でな。色々うるさく言われる前に動くようにと心がけるようになっていたら、いつの間にかな」

「それも修行の内だったのでしょうか?」

「いやあ俺ぁ違うと思うな。飯の味付けから茶の入れ方まで、徹頭徹尾リュウ爺のわがままだったんじゃあないか?水のように澄んだ心が大切だとか言っておきながら、このことについては俺と大喧嘩してたし」


 名しか知らぬリュウジンのことをアンジュは不思議な人だなと思っていた。カイトに技術を教えられるということは只者ではないことは明らかだが、話を聞く限りではわがままな変人という印象しか受けない。


 しかしその結果カイトをきっちりと強くしたのだから、実力のほどは間違いないのだろうとアンジュは思った。対ガルム戦においても、激しい戦いの後とは言えカイトは終始ガルムを圧倒していた。


「あのお、そのお…」

「えっ?あっ、な、何ですかカイトさん?」


 言いにくそうに体を縮めているカイト、考え事をしていたアンジュはその様子にやっと気がつき聞いた。


「やっぱり鬱陶しかったかな?久しぶりに皆と会えて、俺ぁ想像以上に舞い上がってるみたいでさ。何かしてやりたくて気ぃ使いすぎちまった…」


 カイトはしょんぼりとしながらそう言った。いつものような豪快さの欠片もない姿を見たアンジュは、失礼だとは思いながらも笑い声を上げてしまった。


「何だよ、笑うことはないだろう?」

「すみません。馬鹿にしている訳じゃあないんですよ?ただそうですね、本当にカイトさんが帰ってきたんだなって安心したんです」

「…そんなに不安にさせちゃったか?」

「うーん、答えるのが難しいですね」


 アンジュは手を止めるとカイトに向き直った。それに合わせてカイトもアンジュと対面する。


「冒険が上手く行かないって不安はなかったです。アーデンさんもレイアさんもいるし、私もそれなりに経験を積んできましたから。それにカイトさんは必ず戻ってくるって信じてましたし」

「うん」

「でもやっぱり四人でいた方が絶対に楽しいんです。今回カイトさんが抜けた穴がぽっかりと空いて、やっぱり私たちにはカイトさんが必要なんだなって思いました」

「…確かに俺も、修行の最中に思い出すのは皆の顔だった。リュウ爺も意図的にそう仕向けていたしな。ただ一人強くなるだけじゃあ駄目だって俺は思った。仲間のために強くなる、そして仲間がいるから俺は強くなれる。そう思ったよ」


 カイトには強くなりたいと願う理由がある。本質的には人間とはまるで違っている自分が皆と同じ人間だと信じられるのは、アーデン、レイア、アンジュの三人が側にいてくれていたからだった。


 アンジュはそっとカイトの手を取った。そして笑顔を向けて言った。


「私たち、生まれた場所も境遇も夢もそれぞれまったく違います。けれど一緒にいる仲間としてこんなに信頼し合える人たちは他にいません。そう信じられるんです」


 ただ強くなるだけではない、仲間を守れる強さがほしいと願った。そしてそれを手に入れて、皆の元へ駆けつけることができた。アンジュの言葉を聞いて、ようやくカイトはその実感が湧いてきた。


「でも、クロのことは助けられなくてごめんな」

「違いますよカイトさん。クロはクロで私たちの仲間として戦ってくれたんです。人間と魔物、これだけ大きな隔たりがある私たちが仲間になれた。その事実が私の背中を押してくれるんです。後悔はあるけれど忘れちゃいけないのは、私たちとクロが仲間だったという事実です」

「そうか…。じゃあクロのためにも頑張っていかないとな!」

「はい!」


 元気よいアンジュの返事を聞いてカイトは微笑んだ。自分がいない間にも、仲間たちがどんどん成長している。自分はそんな皆を守る力を得た。後はそれを遺憾なく発揮するだけだと思った。


「あっ、そうだ。カイトさん、路銀を多めに渡しておきましたよね?余った分は皆の共同資産にするので出してもらえますか?」

「えっ!?あ、余り?」

「ええ。ロックビルズで無駄遣いしないようにと言ったでしょ?余るくらいの計算で渡したはずですけど…。もしかして?」

「アンジー悪い。俺ぁ急用を思い出した。絶対に外せない大切なことなんだ。じゃあまたな」

「奇遇ですね、私も新しい杖の調整をしなければいけないんです。それには絶対に外せない的が必要ですね。いやあ調達の手間が省けました」


 にこやかなアンジュの笑顔にカイトは両手を上げて降参した。お説教を受ける覚悟を決めると、床に膝をついて正座した。それを見たアンジュも深く頷き、カイトへのお説教が始まった。


 それはアーデンとレイアが帰って来るまで続いた。カイトに泣きつかれたアーデンが、何とかアンジュをなだめすかし場を治めた。懐かしさを覚えるそんなやり取りに、四人の内心は穏やかな安心感で満たされていた。

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