レイアとクロ
カイトと合流した俺たち、早速最後のレ・イイ遺跡攻略に向かう。とはならなかった。
それというのもカイトが走ってシチテーレまでやってきたことの疲労や、クロを失ったショックから抜け出せないでいるレイア、そして一度折られてしまった杖を修繕したいアンジュと、やりたいことが重なってしまったからだった。
カイト本人はまったく問題ないと言っているし、実際問題ないのだろう。だけどレイアのことを慮って休息を受け入れてくれた。そうと決めたらカイトは泥のように眠りについた。
アンジュは作業のついでにカイトの様子も見ると申し出て、小屋に残って杖の修繕を行っている。応急処置で直したものを使っていたが、どうも思った通りの働きをしなかったらしい。
試用では問題がなかったそうだが、タ・ナナ遺跡ではガルムの影響で他の魔物との戦闘がまったくなかった。そのせいで実戦での運用はガルム戦だけとなってしまった。そこで見つかった課題を解決しておかないと十全な力を発揮することは出来ない。
何か手伝うことはあるかと申し出たが、杖を作るにも直すにも繊細な作業が必要な上、魔法使い本人が完成させる必要があるとのことだった。その気持ちだけでありがたいと言われて、手出し出来ることは何もないと察した。
なので俺はアンジュにカイトのことを任せて、レイアを誘って街に出かけることにした。最初は渋る様子を見せていたが、少々強引にでも俺はレイアを外へ連れ出した。結局レイアも俺の押しの強さに負けて、大人しく隣を歩いていた。
シチテーレの街並みは相変わらずだ、どこを見回してもこれ以上ないくらいに自然の美しさを堪能することが出来る。こんな国は他にはないだろう。
それに活気にも溢れている、街並みは木々が立ち並び入り組んでいて移動にも苦労するが、どこから人が集まるのかというくらいに人々がいる。
人見知りのレイアにとって人混みはよくないのだが、幸いにもシチテーレには視線を遮り隠れる場所が沢山ある。そのお陰かレイアもあまり人が気にならないようだった。
「ねえアーデン」
「ん?何だ?」
「別に出かけるのはいいんだけどさ。私目的もなく歩くの嫌い、知ってるでしょ?」
「分かってるよ、目的地はちゃんとあるから」
事前にリンカから聞いておいた場所があった。貰ったメモを頼りに進み、ようやくそこに辿り着いた。
「うわあ…。すごい…!」
俺がレイアを連れてきた場所は、自然豊かなシチテーレの中でも色とりどりの花を集めた花園だった。様々な種類の花が所狭しと咲き誇っていて俺もレイアも見とれてしまった。
レイアを連れ立って一緒に花園を歩く、ふわりといい香りがそこかしこからしてきてこれだけでも癒やされる。花が綺麗なものだとは知っているけれど、こうも多くの花に囲まれたことはなく、圧さえ感じる美しさは見事なものだった。
「これは本当にすごいな…」
「本当に綺麗。だけどまさかアーデンがねえ」
「何だよその含みのある言い方は?」
「んーん。別にー?」
何を言いたいのか分からないがレイアはいたずらっぽく笑っている。どうやら機嫌はよさそうだった。足取りもどことなく軽やかだ、少しでも元気になってくれたのならそれでいい。
クロのことがあって以来レイアのしっかりとした笑顔を見ていなかった。レイアとは長い付き合いだ、楽しいことも悲しいことも色々な感情を共有してきた。
その付き合いの中でも、俺の知るレイアは一度落ち込むことがあっても、意外とすぐに立ち直る奴だ。今回はことがことだけにそう簡単に立ち直れる訳がないと知っているが、それでも心に受けたダメージの大きさは伺い知れた。
聞いてもいいのかを迷う。いつもだったら迷わないけれど迷う。それを振り払ってでも俺はレイアに聞いた。
「クロのこと、少しは気持ちが落ち着きそうか?」
この問いかけにレイアはピタッと動きを止めて黙った。ドキドキと自分の心臓が跳ねる音が聞こえてきそうなくらいに俺は緊張していた。
踏み込むべきか否かで、俺は前者を選択した。腹をくくれ、そう自分を叱咤する。心の傷は承知の上で歩み寄るべきだと判断したんだ、仲間として、親友として、ここで全部話を聞いておきたい。
レイアは無言のままゆっくりと歩き始めた。俺もその後に続いて歩く。そして小声で話始めた。
「不思議な子だったねクロ」
「うん。見たことないタイプだった」
「シチテーレの遺跡で会う魔物は大体変わってる。在り方というか、何かこう…」
「獣とかに近い、だろ?」
「そう。魔物なのにどうしてか自然に近く感じる。特殊な環境だから?」
「分からない。でも、ゲノモスは何かを知ってる気がする三つ目の遺跡を攻略出来たら、その辺全部教えてくれるって話だけど…」
「ゲノモスか…。他の竜と比べても最初から接触してきたのって特殊よね」
ゲノモスと遺跡、そしてそこに生きる魔物。色々と疑問はあるけれど、冒険の疑問は冒険で解決するのが冒険者だ。悩もうと思えばいくらでも悩めてしまうので、一度その話は置いておくことにした。
「そうだ。二つ目の遺跡を攻略したから手記の内容が増えてるかも」
「あっ忘れてた。まあ印象強いことが色々あったからね」
俺は確かにと苦笑いして手記を取り出した。ペラペラとページをめくっていき、記述が増えている所で止めた。近くのベンチに腰掛けると、隣からレイアが覗き込んできたので、見やすいように手記を寄せた。
とうとう最後の竜の印まであと一歩のところまで来たな。お前なら出来ると思っていたけれど、いよいよやり遂げようとしていると分かると驚きだ。
アーデン、お前はきっと俺が想像出来ないくらいに沢山の経験をして、楽しみも悲しみも、痛みも苦しみも味わってきたことだと思う。そしてその度に大きく成長していっていると分かる。
近くでそれを見てやれないのが残念でならない。だがすまん。俺は俺で役目があるんだ。ここまで来たなら分かるかもしれないが秘宝がらみの話だ。
秘宝については話せない。話してはいけないという意味じゃあないぞ、どう説明すれば分かってもらえるのか皆目見当がつかないんだ。俺も何となくでしか理解してないからな。
とんでもなくすごいものだよこれは、だからこそ扱いは慎重にならないといけなかったんだ。シェイドもそうだが、昔の人間はそこを間違えた。秘宝は確かに思い通りのままに望みを叶えられるけれど、それは人々から自由を奪いかねない危険な行為なんだ。
難しいな。難しいんだよ。どうしようもなくやるせなくなる。こんなこと言われても困るだろうけどな。
詳しいことはゲノモスから聞くといい。じゃあな。
父さんの手記の内容はいまいち要領を得ないものが多いが、今回は特にその傾向が強かった。悩んでいるような、困っているような、それとどうしてか俺たちが伝説の地へたどり着くのを拒絶しているかのような印象を受けた。
「何かブラックさん変だったね」
レイアも同じことを感じたのかそう俺に言った。頷いて同意してから手記を閉じる。
「父さんがどう思っていようと、俺が伝説の地に行くことに変わりはないよ。レイアもそうだろ?」
「勿論でしょ」
即答に嬉しくなって笑顔で返した。俺は立ち上がるとレイアに手を差し伸べる。
「ここに生えてる花、あそこの売店で買えるらしいんだ。買ってクロの墓前に供えてやろうかと思ってるんだけど、どうかな?」
「それいいわね!行きましょ!」
レイアは俺の手を取ると売店に走り出した。誘った俺を逆に引っ張って先に行く、その姿はようやく元の元気な姿に戻ってきたように見えた。
花束を買ってクロの墓へと一緒に向かった。手を合わせて祈る。隣でレイアが呟いた。
「クロ、私を助けてくれてありがとう。新しい足作ってあげられなくてごめんね。クロが楽しそうに走っている姿を私は絶対に忘れないわ、もうあなたと絶対に会えないと思うと寂しいけれど、あなたが生きられなかった先の未来を私が代わりに走るから。だからあなたはここでそれを見ていてね」
レイアが手を合わせるのをやめてスッと前を見据えた。その目にはもう悲しみの色はなかった。代わりにただひたすらに前を見て進む、その決意が込められていた。これで一安心出来た。俺はもう一度クロに手を合わせると「ありがとう」とお礼を言った。