修行の成果
カイトが合流した翌日、俺たちは借りている小屋に戻ってきた。カイトにこれまでのことを話すことと、カイトから今までのことを聞く機会が必要だった。
レイアはやっぱり落ち込んだ様子が如実に表れていた。しかし痩せ我慢でも元気な姿を取り繕っているのを見るに、きっと落ち込んでばかりではいられないと分かっているのだろう。クロのことは後で話を聞いてフォローしよう。
アンジュも泣きはらした目をしていたが、何とか一晩で気持ちを切り替えたようだった。全部の感情を飲み込んで引きずらずにいる訳ではないだろうが、それに囚われてもいけないと考えているのだと思う。
俺たちはガルム戦で冷静な思考を欠く恐ろしさを経験した。怒りに身を任せてしまい、相手のことをよく見ずに戦えば手痛いしっぺ返しを食らうことになる。気持ちの切り替えは大切なことだ。クロにそれを教えられた。
かけがえのない大切な友達を失って、これ以上ない経験を積ませてもらった。その事実が俺たちをまた一つ強くしてくれただろう。
一先ず気持ちの切り替えが済んだ所でまずはカイトの話だ。一体何をやってきたのか、カイトはゆっくりと今までのことを語り始めた。
カイトの修行の始まりは、ただひたすらに地味なものだった。
修行がしたいと頼み込んだカイトが連れてこられたのはロックビルズ近くの山の中だった。そこでまず木を切って小屋を建てた。
小屋と言っても適当なものではない。作る過程でリュウジンから散々けちをつけられ、様々な注文を実現しなければならなかった。
慣れない大工仕事をさせられて、横ではぐちぐちと文句を言う老人、ストレスは溜まる一方だった。それでもカイトは従う他ない、リュウジンから「儂の指示に文句をつけたらそこで修行は終わり」と提示されていたからだった。
仲間たちに大見得切って修行すると言った手前、のこのこと引き下がる訳にもいかない。それにリュウジンにやらされてきた何の意味のなさそうなこと、それが強さにつながってきた実績があった。それを無視する訳にもいかない。
木を切って加工して組み立てた。しかし上手く出来たかと思えば、組み合わせが悪く少しの揺れでバラバラになって崩れた。今度こそ頑丈につくったはずだと思えば、木を積みすぎたことで自重によって潰れた。
どうしてこうも上手くいかないんだとカイトは焦りをつのらせていった。自分のやっていることに意味はあるのか、これが強さの何につながるのか、そんな自問自答が続いた。
それと同時にレイアはよくこういった物作りを器用にこなすものだと関心した。一見単純そうに見えて実は難しい、こんなに難しいことをやっていて、他にも次々と新しいものを開発している。
アンジュがここにいたのなら、仕組みをパッと理解してきっと的確な指示をくれるはずだ。頭も良くて機転も利く、多彩な魔法を操ってどんな状況にも対応してみせる。
アーデンがいればもっと早く済むのだろうなとカイトは思った。出来ること出来ないことを理解して一緒に頑張ろうと引っ張っていってくれる。目標に向けて皆をまとめて導いていく、いれば安心の一本柱だ。
仲間のことを思い出したカイトは、それからの小屋づくりで皆のことを思い返しながら作業を始めた。どっしりと立つ柱があって、それを支えるものがあって、丁寧に組み立てる手順がある。
これも必要だろう、あれがあった方がいいかもしれない、あんなものを用意すれば皆喜ぶだろうな、カイトの小屋づくりはどんどん順調に進んでいった。
立派に出来上がった小屋を見た時、あんなに苦労をして無意味に思っていたはずだったのに、これまでのことが思い出されて思わず涙が出ていた。それを見たリュウジンは「まあまあじゃな」とカイトの肩を叩くだけだったが、今まであった文句は一つもなかった。
「とまあ最初はそんなことをやっていたな」
「…それって修行って言えるの?」
レイアは呆れた様子でそう言った。でも気持ちは分かる、これがどう強さとつながるのかさっぱり分からなかった。
「それが不思議なんだがな、小屋づくりをやった前と後じゃ、明らかにリュウ爺から教わった技の完成度が違うんだよ。動きが体に馴染んだというか、とにかくスムーズに動けるようになったんだよな」
「失礼な話ですが、それだけでですか?」
「ああ。リュウ爺に何でって聞いてもさあとしか答えてくれないからなあ。俺にもよく分からんのよ」
「いい加減な爺さんね。結果を出してるだけに文句も言えないけど」
意図や意味のほどは分からないけれど、それがカイトの役に立ったのなら立派な修行と言える。しかし話に聞くだけでもリュウジンという人は不思議な人だと思った。
閑話休題。カイトから修行の話の続きを聞く。
小屋づくりが終わった後、暫くの間はカイトとリュウジンは組手の日々に明け暮れていた。朝から晩までご飯を食べる時と寝る時以外はずっと戦い続けて、どちらかが参ったと宣言すると休憩となる。
大体の場合、先に参ったと宣言するのはリュウジンだった。高齢であることも理由の一つではあったが、大きな理由はカイトの持つ潜在能力の高さだった。
それもそのはずで、カイトは非道な人体実験と改造手術によって生み出された人形のアーティファクトであり、生物が到達しうる頂点のポテンシャルを秘めている。どれだけ絶技をもってしても、それを真正面からねじ伏せられるだけの力があった。
加えてメキメキと上達する技の数々、リュウジンがカイトについていけなくなるのも無理ないことであった。そこでリュウジンはある日突然組手を一切止めた。
「お主に教えられることはもう全部教えきってしまった」
「む、そうなのか?」
「後はお主が己が心の内から強さを引き出してみるがよい。必要な技は二つ、それだけあれば一騎打ちでお主に勝てるものはいなくなる」
「おお!どんな技だ?」
「阿呆。さっき儂が言ったじゃろう、己が心の内から引き出してみよと。その二つの技が何なのか、自分で考えて編み出すのじゃ」
それきりリュウジンは山を下りてしまい、カイトの元に訪れることはなくなった。いきなり放り出された形となったカイトは呆然とした。
しかしそのまま呆けてもいられない。己が心の内から強さを引き出せという言葉の意味を考えて、自分なりの特訓をして技を編み出そうとした。
カイトは教わってきた技を反復しながら、今まで培ってきたものを思い出していた。作り出された仮初の命、人ならざる自分を人だと言祝いだヴィクター博士、生き方を教えてくれた海の仲間たち、サルベージャーとしての日々。
突如訪れた死の恐怖、命を賭して戦ってくれた仲間たち、自分を助けるために作られたフレアハート、それはきらめく炎のような日々をもたらしてくれた。
リュウジンからは力の使い方と水の心を教わった。どれだけ強かろうと心乱れれば弱くなる。心に満たした澄んだ水を濁さぬよう、精神と体をコントロールすることで今まで以上の力が湧いた。
自分に備わる炎の心に水の心、その二つを理解し調和させ新たな力とする。気炎の如き攻める技、澄水の心を乱さぬ受ける技、必要なものが見えた時カイトの新しい技が完成した。
剛の型炎環、フレアハートが調整しているマナの一部を打撃に転用する。打撃を通じて相手の体内にマナを送り込み爆発させ二重の衝撃を生む、それによって体外と体内が同時にダメージを受けることになる。一撃が二撃に、攻撃が重なれば重なるほど威力を増していく技。
柔の型渦巻、水の心がもたらす集中力、脱力によって生まれる柔軟性、攻撃を受ける際に渦を描くように体全体を使うことで威力を受け流す。リュウジンとの修行で習得した技術をすべて詰め込んだ守りの技。
カイトの新しい戦闘スタイルは、自らの意志でコントロールすることが可能となったフレアハートを、戦いの際常に稼働させ剛の型で炎の如き勢いで攻めかかる。
一方で学んだ水の心を保ち精神の均衡を整え、冷静に相手の動きを見極め柔の型で守勢に回る。フレアハートの働きを制御し、極限までの脱力が生む柔軟な受け技渦巻は、どんな攻撃でも軽くいなすことが出来た。
燃える心を水で鎮める、剛と柔の調和がもたらす攻勢守勢の切り替えが、カイトの真骨頂であった。
これを見たリュウジンはカイトが至った境地に名をつけた。気炎澄水の心得、混ざりあった二つの心と技を完全に自らのものとしたカイトは、リュウジンからのお墨付きを貰って修行を終えた。
「…とまあこんな感じで俺ぁ修行を終えてシチテーレに向かった訳だ」
「走って?」
「走って!」
「何でよ?」
「いやあフレアハートのコントロールが完璧になったお陰か、どうにも元気があり余っちゃってさあ。体が動き出すのを止められなくってな、ハッハッハ!」
豪快に笑うカイトを見てレイアが頭を抱えた。それを見て苦笑いを浮かべるアンジュという、いつもの光景が戻ってきたことに俺は嬉しくて体がむずむずとした。
「何にせよ修行のお陰で納得いく強さも得た。待たせたな皆、それとただいまっ!」
そう言って笑顔を浮かべるカイト、俺たち三人は互いの顔を見やってから息を合わせて言った。
「おかえりっ!!」
俺たちの元にカイトが帰ってきた。その嬉しさは、悲しみの涙を拭い、笑顔を取り戻させてくれた。