別れと再会
俺たちは協力してクロの墓を建てた。魔物の命を埋めた所でここには残ることはない。それでもクロの魂と、一時ではあったが仲間だったことを刻みたかった。
カイトから事の顛末を聞いた。クロは迷路の道を傷口からこぼれた血で道しるべにした。カイトはそれを辿ったお陰で、遺跡について早々に駆けつけることが出来た。
「クロは事切れるまで俺に訴えかけていたよ、助けてあげてくれってな。あんなに複雑で長い道を必死で歩いていたんだな」
カイトは墓標に花を添えて手を合わせた。
「ありがとう友よ。お前のお陰で俺ぁ俺の大切な人たちを助けることが出来た。その魂を俺ぁ絶対に忘れねえ」
クロのことを思うと胸の奥が締めつけられるようだった。長く入り組んだ道をたった一匹で歩いた。片足を失っても歩き続けた。それは俺たちを助けるための行動だった。
かける言葉を探したけれど、どうしても見つからなくて俺はただ黙って手を合わせた。祈ってもクロは帰ってこない、けれどその気高い魂に俺は感謝の祈りを捧げた。
夜、俺はカイトと一緒に焚き火を囲んでいた。レイアとアンジュは泣きつかれて眠ってしまった。それに加えて戦闘の疲労もあったから深く眠ってしまうのは仕方がないことだろう。
俺はクロのことを思うとどうしても寝付けなかった。疲労はとっくに限界を越えているはずだったが、もやもやとした気持ちが離れなかった。
「…いっ!…おいっ!アー坊!」
「んぇ?」
「大丈夫か?突然虚ろな目でぼーっとし始めたから心配したぜ?」
心配そうな表情で俺を見るカイト、よほどの様子だったのだろう、今まで見たことないくらいの表情だった。
「ご、ごめんカイト。どうしてもクロのことが頭をよぎっちゃって。折角帰ってきてくれたってのに…」
「俺のことは気にすんなよ。クロのこと、残念だったな」
カイトの言葉に返事をすることが出来なかった。時間が経ったからなのか、急に涙がこみ上げてきて喋れなくなってしまったのだ。
クロにお礼を言いたかった。墓標に向かってではなく直接だ。俺たちを助けるためにクロは命をなげうった。その献身に、俺は少しでも報いることが出来たのだろうか。
魔物であるクロはいずれマナに分解されてもう一度他の魔物に生成される。それはもうクロではなくて別の魔物で、人や動物を襲い害するものに変わっているかもしれない。
折角分かり合えたのに、こんなに残酷なことはあるだろうか。クロの生きた証は何の形にも残らない、ただ一匹の魔物の死。シェイドの薄汚い欲望によって生み出された魔物の死だ。
「カイト…」
「うん?」
「クロは、クロは魔物だったけど友達だ。俺たちの友達なんだよ。こんな風に死んでほしくなかった。クロを…」
「待ちなよアー坊。お前さんクロが不幸なまま死んだとでも思っちゃいないか?」
「は?」
「俺ぁクロの最後を看取ったから言える。あいつは最後の最後、満足した顔で逝ったよ。感じていたのは不幸なんかじゃあない、安らぎだよ。それを否定するようなこと言うなよ。クロは精一杯生き抜いたんだ。そして最後に友達のために力を振り絞った。それを覚えておいてやろうじゃあねえか、それだけできっとクロはずっと心の中で生き続けられる。死なねーんだよ、その魂はさ」
それからカイトは黙って三つのカップにお茶を注いだ。そして一つを俺に手渡し、もう一つを自分の手に、最後の一つは地面に置いた。
「飲み干せアーデン、そいつぁクロからの餞別だ。涙と一緒に飲み干してやろうじゃあねえか。別れの時には笑顔で送ってやろう、しけた面してたらクロも安心して逝けねえぜ?」
クロは魔物で、普通に逝くことは出来ない。それを分かった上でカイトは涙を拭けと言ってくれている。クロの行く末がどうであろうと、笑顔で送ってあげることが手向けとなると信じる。
「…ああ、そうだな。献杯だ」
涙が流れる前に俺は上を向いてぐいと飲み干した。夜空には星が瞬く、一筋の流れ星はきっと空が俺の代わりに泣いてくれたのだと思った。
「それで、カイトはいつシチテーレに?」
「今日だよ。着いてすぐにアー坊たちを探してな、冒険者ギルドの姉ちゃんにここのことを聞いたんだよ」
「それってリンカって人?」
「名前までは聞いてねえなあ。ただ愉快な姉ちゃんだったぜ」
ならリンカだなと確信した。カイトが愉快と言うならなおさらだ。
「ここまで迷わなかった?」
「お嬢がくれたこいつのおかげで何とかな」
カイトが手のひらを叩くと、小さなフライングモが飛んで俺たちの周りを回った。そう言えばこんなものを渡していたなと思い出す。
「しっかしシチテーレってのはすごい国だな。来てすぐにびっくりしたぜ俺ぁ」
「分かる。驚きだよな」
「森の中よりずっと森の中って感じでさ、絵本の中に入っちまったかと思ったぜ」
「建物も何だか神秘的なんだよな」
うんうんと頷いて同意する。やっぱりカイトもここに来て驚いたんだなと、やっと気持ちを共有出来て嬉しかった。
と、そこまで聞いてやっと思い出したことがあった。俺はそのことをカイトに聞く。
「なあカイト、ここに来るまでにすごく疲れなかったか?」
「ん?まあなあ。すごくってほどでもないけど疲れたかな」
「うん?」
「うん?」
どうも話が噛み合わないなと思っていると、一つ目の遺跡を攻略した時のようにゲノモスの声が聞こえてきた。
「アーデン」
「うお!!?びっくりしたあ、何の声だ?」
「ああこの声ゲノモス。今回はすでに竜と接触してるんだ」
「その辺の話は追々お前たちの方でやってくれ。それよりお前が聞きたいことであろうことを教えておいてやる」
「俺が聞きたいこと?」
「俺様はそこの男にお前たちのような制限は課していない。あれはお前たちに体感してもらう必要があったからだし、そこの男のことはもう他の竜から聞いていたからな」
「そうなのか?じゃあカイトは旅疲れ?」
「旅疲れといえば旅疲れかな。俺ロックビルズからここまで走ってきたから」
言葉の意味が分からなかった。いや、正確に言えば分かるのだが、理解が追いつかなかった。深呼吸してからもう一度聞く。
「走ってきた?ロックビルズから?ここまで?」
「おう!丁度いい修行になると思ってな。山を越えて谷を越えて走ってきたぜ!」
「…どれくらいかかったの?」
「ロックビルズを出たのが…、四日前だ、うんそうだ。四日かけて走ってきた。ハッハッハ!」
カイトは愉快な笑い声を上げているが、俺は絶句した。ロックビルズからシチテーレまで、ゴーゴ号に乗って移動した俺たちがかかった日数が四日だ。カイトはその道のりを走ってきたと言うのだから驚くほかない。
「しかしアー坊。この話とゲノモスがどう関係するんだ?」
「その話は後でじっくりするよ。それより今は、カイトがどんな修行してきたのかが気になって仕方がないよ」
「おっ!聞くか?聞きたいか?」
「明日な!明日明日!もう今日はお腹いっぱいだよ!…疲れているだろうけど仮眠取っていいか?俺はもう頭を休めたいよ」
「いいぜ。俺ぁまだまだ体力に余裕あるしな。クロのこともあったんだ、ゆっくり休めよ」
ここはもうカイトの言葉に甘えることにした。クロとの別れ、カイトとの再会、ガルム戦の疲れがピークに達している。
カイトの話は拠点として借りている小屋に戻ってから皆で聞こうと決めた。俺一人で聞いていたら展開についていけない自信がある。ただ話を聞くだけだったが、俺は明日に備えてゆっくりと体を休めることにした。