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VS.ガルム その2

 貯蓄していた肉を燃やされて怒り狂うガルム。守るものがなくなったガルムの攻撃は熾烈なものとなった。


 しかし怒りに燃えているのはガルムだけではなかった。アーデン、レイア、アンジュの三人も、仲間を傷つけられて怒り心頭であった。


 苛烈な攻撃の応酬が冒険者と魔物の間で繰り広げられる。アーデンは勢い任せにガルムへ吶喊する、振り下ろされる足の勢いを利用して紫電を突き刺す。血しぶきをあげ痛みに声を上げるガルムだったが、それを無視してアーデンの体をふっとばした。


 ふっとばされる直前にアーデンはファンタジアから紐を伸ばし足に巻き付けておいた。地面に体を打ち付けられて転がされたまま、思い切り紐を引っ張ってガルムの姿勢を崩す。


 ガルムの頭が地面に近づいたのを見て、水色の尾を振り乱したアンジュが飛び出した。目の前に現れたアンジュを噛み殺そうと口を開けたガルム、しかしアンジュは敢えてその口の中に杖を差し向けた。


『水尾術・爆水流ッ!!』


 勢いよく放たれた大量の水が口の中から入り込む。体に入り込んだ大量の水の圧力は、ガルムの体内にダメージを与えた。力ずくで顔を背けたガルムだったが、目の前のアンジュの尾が青色に変わっていたを見た。


 アンジュはガルムの体の中に入り込んだ水を凍りつかせようと準備していた。体内が凍りつけば無事では済まない、絶体絶命の危機にガルムは自ら舌を噛み切って血混じりの唾液と共にアンジュに吐きかけた。


 ガルムの突然の行動と血を浴びせかけられたことに怯むアンジュ、ガルムはその隙をついてもう一度アンジュに噛みつきかかろうとしていた。


 しかし隙を晒していたのはアンジュだけではない。足元がおざなりになっていたガルムの懐にレイアが滑り込んでいた。バイオレットファルコンを上に向けると、取り付けられた杭が鈍く光った。


「ダイエットの時間よ怪物」


 発射されたクラッシュパイルが腹から背にかけて突き抜けた。間髪入れず風穴を開けた箇所に機銃での連続射撃を撃ち込んだ。腹が破れて中身も銃撃によってぐちゃぐちゃになったガルムはその場に倒れ込んだ。


 おびただしい返り血を浴びたレイアが向くっと起き上がった。ここまでやれば仕留めたはずだと思った。


 回復をすませていたガルムはその隙を狙ってレイアに襲いかかった。今までよりずっと早い再生速度が想定外だったレイアは反応が遅れた。


 動けなくなったレイアの腰に光る紐が巻かれた。そのままぐいっと引っ張られて救出される。さっきまでレイアが居た場所にはガルムの足が無駄に叩きつけられた。


「助かったわアーデン」

「いいさ。それよりあいつまだまだこれからってみたいだ。気を抜くなよ」

「うん。あの再生速度普通じゃあないわ、多分あいつの隠し玉ね。ここで切ってきたってことは追い詰めているはずよ」

「じゃあこっちも気合入れ直していくぞ!」


 超再生力を武器にして戦うガルムにアーデンたちの猛攻が続く、ガルムの攻撃を捌き切り反撃し、常に優位に立っていたのはアーデンたちだった。そこにまだ大きな切り札が隠れていると気づくことの出来ないままに戦いは続いた。




 三人はクロの負傷を見たことで頭に血が上っていた。怒りによって動きは研ぎ澄まされ攻撃の勢いはいつも以上のものだったが、冷静な判断力を欠いていた。


 真っ先に異変に気がついたのはアーデンだった。繰り出す攻撃の数々は確かにガルムに届いている、それなのにガルムの動きには余裕が見てとれた。


 ダメージは着実に蓄積されているはずなのに何故だ、その考えが頭をよぎった時に、アーデンの逆上した頭と体が一致して全身が鉛のように重くなった。


 より正確に言えばすでに動きは重くなっていた。しかし誰一人として冷静に俯瞰してみるものがいなかったので気がつくことが出来なかった。重くなった体を怒りに身を任せ無理させていたので、攻撃の一つ一つが軽くなっていた。


 アンジュの魔法の威力も弱まり、レイアはすっかり息が上がり始めていた。そこでアーデンはようやく思い至る、自分たちがいつもより疲弊していることに。


 レイアが言った通りガルムの超再生力は切り札の一つだった。これは普通の再生よりも不完全なままではあるが、いつも通り動けるだけの体を維持するものであり、ガルムが追い詰められた時にだけ使われる手だった。


 しかしガルムにはもう一つ切り札があった。それは本来計算に入れていなかった偶然の産物であり、追い詰められた時にしか発揮されないものでもあった。


 それはガルムの血液だった。これまで魔物を無差別に食い尽くしてきたガルム、それによって得た再生能力だったが、体内を流れる血液も変質させていた。


 多種多様な魔物を血肉に変換し続けたガルムの血には、魔物のマナが溶け込み混ざり合い凝縮されていた。ガルムに流れる多種類のマナが混じり合い変質した返り血を浴びると、虚脱を引き起こし体の動きを鈍らせる。


 ガルムは血を流せば流すだけ相手を弱らすことが出来た。本来の調子であれば、血液に混ざる異常なマナのことはアンジュが簡単に看破することが出来て、情報を共有し対策が取れたはずだった。


 しかし怒りによって鈍った判断力と、返り血を浴びたことによる虚脱によりそれは叶わなかった。


 その結果ガルムを追い詰めていたはずのアーデンたちは、徐々にガルムに押され始めていた。レイアは膝をつき、アンジュの尾も消えかけてきた。膝に力が入らなくなったアーデンは、かくっと体が崩れそうになった。


「まずいっ!」


 紫電を支えにして倒れることは避けたものの、ガルムの攻撃が眼前に迫ってきていた。すでに防御も回避も出来ない状態にあり、直撃は避けられないとアーデンは固く目を閉じて身を縮めた。


 勢いよく足が振り下ろされゴシャッという衝突音が響いた。レイアとアンジュはアーデンの名を呼ぶ気力もなく、次は自分たちの番だとうなだれるしかなかった。




 来るはずの衝撃が来ない、アーデンは目を開いて状況を確認した。どうしてガルムは攻撃を止めたのか、その答えが目の前にいた。懐かしく頼もしい背がアーデンの前に立ち攻撃を受け止めていた。


「ようアー坊よ。苦戦してるみたいだな」

「カイトッ!!?」


 アーデンは喜びと驚きの感情が入り混じった声を上げた。それを聞いたレイアとアンジュもカイトに視線を向けた。


「あっ!えっ?本当にカイトなの!?」

「カイトさんっ!!」

「お嬢にアンジーも久しぶりだな。すっかり待たせちまって悪かった。積もる話はあるけど、まずはこのデカブツを片付けてからだな」


 カイトは受け止めたガルムの足をむんずと掴んだ。引き倒して姿勢を崩させると身を捻ってガルムの体を持ち上げる、宙を舞う巨体は一回転して投げ飛ばされるとグシャッと壁に叩きつけられた。


「来なデカブツ、遊んでやるよ」


 カイトはくいっと手招きしてガルムを挑発した。雄叫びを上げながらガルムはカイトに飛びかかった。




 ガルムの突進を前にしてもカイトは不動のままだった。このままでは諸にぶつかってしまう、しかし寸前ではね飛ばされたのはガルムの方だった。


 衝突の寸前、カイトは円を描くような動きでガルムを受け止め突進の勢いを完全に殺しきった。そして軽く振るわれた拳によってガルムは殴り飛ばされたのだった。それは一瞬にも満たない攻防であった。


 ガルムは鋭い爪を使ってひっかく攻撃に出た。カイトは半歩下がって膝蹴りを合わせた。ガルムは動きを見切られた上に爪の一本を折られた。激痛が襲いかかる。


 カイトは膝蹴りで上げた足をさらに高く真っ直ぐに伸ばした。伸ばした足から勢いよく振り落とさたかかと落としが、ガルムの折れた爪の箇所に打ち付けられる。その痛みは想像を絶するものだった。


 前に出たカイトは素早いパンチで何度もガルムの鼻を叩いた。口を開けて噛みつこうとすると、打ち上げる掌底の打拳で強制的に閉められた。顔付近に張り付いたまま何度も何度も鼻を叩かれる。


 ガルムが攻撃に転じようとも、カイトがその出足を潰しては攻撃を加える。それも決まって急所を狙ったの攻撃、痛みによる恐怖がガルムをじわじわと苦しめた。


 何よりもガルムを苦しめたのは、カイトの攻撃が出血を伴わないことだった。カイトは返り血を浴びることなく正確に急所を突いてくる。血を吐きかけようとするが、それすら華麗に避けられてしまった。


 ガルムは自分の体がどんどん自由が効かなくなってきているのを感じていた。カイトの攻撃は外傷は勿論のこと、体の内側にも衝撃が響いた。外からの打撃で中がぐちゃぐちゃに傷つけられる、再生してもその繰り返しだった。


 手も足も出ないままガルムはいつの間にか壁際まで追い詰められていたことを知る。カイトの攻撃を食らう内に、足が勝手に下がっていた。痛みが呼び起こす恐怖の感情が、この場から今すぐ逃げ出したいとガルムに思わせた。


 圧倒的な力で魔物を狩っていた王者は、それを更に上回る力によって狩られる側へと転じていた。ぶるぶると体を震わせる様は、かつて自らが蹂躙した魔物と同じものだった。


 カイトは振りかぶった拳を下ろした。痛みと恐怖に負けたガルムは、自ら再生を止めて絶命していた。巨体だったはずのガルムは、見るも無惨なほどに小さく丸まっていた。


「根性なしが、最後までかかってこいよ。お前より遥かに小さな命は、最後まで懸命に生きて戦ったぞ。ったく殴る価値もねえってのはこのことだな」


 こうしてタ・ナナ遺跡を支配していた王者ガルムは死した。多くの魔物を殺し平らげて蹂躙してきた王者の最後は、タ・ナナ遺跡で震え隠れ棲む他の魔物となんら変わらないものだった。

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