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VS.ガルム その1

 遺跡最奥までの道のりをクロが先導する。最奥までの道筋を知っているクロに迷いはない、そしてクロの道案内を受けたアーデンたちも迷いなく進んでいく。


 タ・ナナ遺跡の迷路構造をクロの助けによって攻略したアーデンたち、その目的は遺跡最奥に待ち受けているであろう何かを目指し、最後には魔法陣を踏んで遺跡を出ることだった。


 そしてついにその時はやってきた。遺跡最奥の部屋手前、イ・ラケ遺跡と同様に広場になっていた。クロが唸り声を上げアーデンが紫電を引き抜く、そこに待ち受けていたのは、この遺跡で魔物が出現しない理由だった。




 影から現れた巨体は広場いっぱいに曖気の不快な音を響かせた。たらふく魔物を食らった腹はでっぷりと膨らみ、牙の間からはどろりとよだれが垂れている。


 魔物の名はガルム、しかし知られているその姿よりも遥かに大きかった。体を支える四肢の先、爪は鋭く大きく発達し地面を抉るように捉えている。よだれがとめどなく垂れてくる口、生え揃った牙はギラリと鈍い光を放っている。


 唸り声を上げていたクロも次第に勢いを失っていく、アーデンはクロの前に出て下がらせた。


「ここまでありがとなクロ、お前は安全な場所まで下がっていろ。終わるまで出てくるんじゃあないぞ」


 クロは引き下がるのを一瞬だけためらったが、それでも安全な場所まで下がってアーデンたちを見守ることに決めた。この場において自分が役立たずであると自覚していたからだ。


 一方アーデンたちは戦うために各々武器を構えた。レイアはバイオレットファルコンを、杖を構えたアンジュの背にはマナの尾が並んだ。ガルムとの戦いが始まろうとしていた。




 威嚇の雄叫びを上げるガルム、そのけたたましさに怯むことなくレイアは大きな口めがけて機銃による連続攻撃を行った。口内をずたずたに傷つける攻撃に、ガルムは口を閉じ顔を背けた。


 その隙にアーデンはファンタジアから紐を伸ばしてガルムの前足へ巻き付けた。引っ張られる力を利用して素早く飛びつくと、紫電を振り抜いて斬撃を加える。


「浅い」


 手応えがなかった訳ではない、しかし切断にまでは至らなかったとアーデンは斬った瞬間判断出来た。堅牢な骨と強靭な筋肉が刃を拒む、斬られた箇所から血は吹き出るものの、狙い通りにはいかなかった。


 アーデンはすぐさまその場から離れた。二の矢に固執することなく離脱を優先したのは、アンジュの尾が青色に変化していたのを横目に見たからだった。


『氷尾術・氷結波』


 杖の先から放たれた魔法は、アーデンが斬りつけた傷に命中し血肉を一瞬にして氷結させた。氷塊と化した片足目掛け、レイアは取り付けたグレネードボムを発射した。


 命中、そして爆発。氷塊が砕け散ると、巨体の自重を支えきれず骨が折れて崩れ落ちる。巨体が落下した衝撃で土煙が巻き上がった。


 アンジュはすかさず尾を緑色に変化させる。団扇のように尾が振るわれると突風で土煙が晴れた。


「なっ!?」


 そこにいたガルムの姿を見て一同驚愕の声を上げた。砕いたはずの足はすっかり元通りに治っており、ガルムはダメージなどなかったかのように平然としていた。驚くアーデンたちを馬鹿にするように薄汚い曖気の音を響かせる。


「アーデン!アンジュ!あいつの口を見て!」


 レイアの指摘に二人が視線をやる。見ると足だけではなく口に負った傷も再生しているようだった。しかし口の端からは血が滴っていた。


 あれが自前の傷のものではないとしたら、アーデンが周りを観察してそれを見つけた。


 ガルムの巨体に隠れていて見えにくくなっていたが、傍らに魔物の肉がうず高く積まれていた。そこにあるのは死体だけではなく、ぴくりと動く姿を見てまだ辛うじて生きている魔物もいるのだと分かった。


 肉の山にガルムは顔を突っ込む、そして何匹かの魔物を口に咥えると、そのまま噛み砕いて咀嚼した。血と肉片が辺りを汚し、不快で強烈な臭いを放っている。


 タ・ナナ遺跡の王者ガルムは、屈強な肉体と戦闘能力の高さだけが武器ではなかった。遺跡に棲まう魔物を喰らい、それを瞬時に自らの力に変換する特異性が大きな武器だった。


 ガルムは遺跡を巡回し、魔物を殺すか痛めつけてから巣に持ち帰り、食料として貯め込むということを繰り返していた。タ・ナナ遺跡で魔物が出現しなかったのは、ガルムに見つかることを恐れて魔物たちが身を隠していたからだった。


 魔物の肉を喰らうことで驚異的な回復力をアーデンたちに見せつけたガルム。肉の貯蔵量はまだまだある、ガルムの体力を削り切るのが先か、アーデンたちの集中力が途切れるのが先か、戦いは自然と持久戦に変わっていった。




 巨体にそぐわない素早さで攻撃を繰り出すガルム、前足を勢いよく叩きつけるだけで高威力の攻撃となる。


 ファンタジアを用いた高速移動で避けつつ攻撃を加えるアーデン、しかしいくら斬りつけてもすぐに傷は再生してしまう。新しく魔物を喰らわずとも、腹の中に貯めた魔物がすぐさまガルムの力となる。


 レイアとアンジュは距離を取りながらアーデンの援護をする。距離の優位を保ったままガルムを攻撃し体力を削り取る、だがやはりどれだけ弾や魔法を撃ち込んでもガルムは再生を繰り返す。


「あのデカブツ一体どれだけ腹の中に蓄えてるのよっ!」

「分かりません。今はとにかく削り取るしかありませんよ、幸いアーデンさんがガルムを完璧に引きつけてくれています。私たちで火力を集中させましょう」


 縦横無尽に動き回るアーデンをガルムは捉えきれていなかった。足と攻撃の手を止めたらアーデンたちにとって致命的な隙となる、レイアとアンジュは遠距離からひたすら攻撃を続けていた。


 負傷と再生を繰り返すガルム、多少の傷は気に留めることもなく攻撃を続けるので、アーデンはひたすらに守勢に回るしかなかった。微力ではあったが斬撃を加え、フォトンバーストで仕留めきれる体力まで削れるように粘った。


 紫電をガルムの目に突き刺すが、深く差し込む前に再生してしまい紫電が目に埋まる。アーデンは咄嗟にガルムの鼻にかかと落としをして怯ませると、紫電に紐をくくりつけてガルムの顔から飛び降りた。落下の勢いで紫電は引き抜かれアーデンの手元に戻る、再生しきったガルムの目玉はギョロリと動いてアーデンを睨みつけていた。


「目も鼻も効果なしかよ!」


 アーデンは振り下ろされる前足を避ける。今のところアーデンたちは有利に戦闘を運んでいるが、これが長引いた時にどうなるかは分からないという認識が全員にあった。命と精神力の削り合い、戦闘は有利でも体力の底がしれないガルムは精神的には優位に立っていた。


 その均衡を崩すための行動が必要だと考えたレイアは、ガルムの動きに注目した。俊敏に動き回り攻撃を繰り出しているが、常に何かを庇うような動きを見せていることに気がついた。


「アンジュ!お願い、少しの間だけガルムを引き付けて!」


 レイアの必死の言葉にアンジュは何も聞かず頷いた。何か考えがある、言わずとも聞かずとも仲間の絆がそれを教えてくれた。


 アンジュは攻撃の勢いを強めた。アーデンに向けられているガルムの敵愾心を自分にも向けさせることで標的を分散させる。それがレイアが自由に動き回れる少しの時間を確保することに繋がることだった。


 当然アンジュは危険に晒される、しかしそこはアーデンがフォローに入った。二人の行動が変わったのを見て、何か策があるのだとすぐに感じ取った。


 こうしてアーデンとアンジュが作った隙を利用してレイアはあるものに狙いを定めていた。巨体の隙間を縫って狙いを定め、地面に寝転んだ姿勢からあるものが発射された。


 それはレイアの狙い通りガルムを避け、しきりに庇う姿勢を見せていた肉の山に着弾した。肉の山は一気に燃え上がった。


「バーニングボム、一度ついた火を消すのは至難よ。あんたの体力の源は焼かせてもらったわ」


 ガルムは溜め込んだ肉が燃え上がる様を見て狂乱する。それはガルムにとってただの食料という訳ではなかった。自らを遺跡の王たらしめる象徴でもあったのだ。


 燃えた肉を取り戻すことは出来ない、怒り狂ったガルムはレイアに狙いを定めた。爪で地面を抉り瓦礫を勢いをつけレイアに飛ばす。バーニングボム射出のために寝転んだ姿勢を取っていたレイアは一瞬反応が遅れた。


「レイアッ!!」

「レイアさんッ!!」


 二人の叫ぶ声が聞こえてきた。避けられないならせめて急所だけは守ると防御姿勢を取るレイア。しかしレイアに直撃するはずだった瓦礫は攻撃から庇ったものに命中した。


 キャインと甲高い声が響いた。レイアの前に飛び出したクロに瓦礫が直撃した。クロのために取り付けたレイアの補助器具は、瓦礫がぶつかった時の衝撃でクロの足ごと千切れて宙に飛んだ。


「クロッッ!!」


 レイアは自分を庇って大怪我をしたクロに駆け寄った。体には細かい破片が突き刺さり、足を失った場所からは大量の血が流れている。人間を庇った魔物は一度だけ力強く尻尾を振った。

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