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タ・ナナ遺跡攻略 その2

 魔物が一切現れないタ・ナナ遺跡で、アーデンたちが出会ったのは大怪我を負った一匹のブラックウルフだった。


 魔物であるにもかかわらず人懐こい性格で愛嬌もあり、傷の手当てを行ったレイアはすっかり情が移ってしまった。ブラックウルフにクロと名付けて、傷ついた足を補助する器具を作り取り付けた。


 それまで怪我した足を動かすことも出来なかったクロは、レイアの器具のお陰で走り回れるまでになった。そのことを喜ぶレイアだったが、アーデンはどこか同じ気持ちにはなれなかった。


 クロの手当てに時間を使ったので、アーデンたちは一度遺跡から引き返すことになった。その道中もクロはアーデンたちの後ろについてきて、遺跡の出口まで見送った。


 遺跡の外までついてくることはなかったが、それでも最後まで見送りにくるとは義理堅い魔物だとアーデンは思った。レイアとアンジュは名残惜しそうに手を振って「バイバイ」とクロに声をかけた。クロは尻尾を振ってそれに応えてから去っていく。


「あのまま遺跡に戻って大丈夫なのかな?」


 レイアが心配そうに呟いたのを聞いてアーデンが言った。


「クロにはクロの生きる場所ってのがあるんだろ。それにまだまだこの遺跡の探索は進んでない、また会える機会だってあるさ」

「…そうよね、うん、きっとそうよ。ありがとうアーデン」

「どういたしまして。さ、野営の準備しようぜ」


 アーデンたちは次の日の探索に備えて遺跡前で夜を明かした。複雑な構造をした迷路のようなタ・ナナ遺跡、その攻略法はいまだ見えなかった。




 遺跡に入る足取りは日に日に重くなる。あまり前進しているように感じられないからだった。全員の気分が少し憂鬱なまま遺跡に足を踏み入れると、そこで待っていたのは意外なものだった。


「クロっ!」


 レイアがクロの名を呼んで駆け寄ると、クロもまた嬉しそうに尻尾を振りながらレイアに駆け寄った。足につけた補助器具も問題なく動作していて、クロの足取りは実に軽やかなものであった。


「あんたもしかしてここで待ってたの?」


 クロがその問いに答えることはない。しかしそれ以外の状況は考えにくかった。アーデンもクロの近くでしゃがみ込む。


「クロ、お前こんな所に出てきて平気なのか?」

「そうよ。あんた怪我させられたんでしょ?」


 アーデンの言葉を完全に理解している訳ではないが、クロはくるくると回って自分の身が安全であったことを見せた。


「襲われていないところを見ると大丈夫だったのでしょうか」

「取り敢えずはそういうことだろうな。しかし襲われる危険を冒してまでどうしてここに?」


 そんな疑問がアーデンの口から出ると、クロは突然通路の手前まで走り出した。そして手前で止まると、アーデンたちに向き直り様子を伺っている。


「どうしたんだ?」

「クロ、あんたについてこいってこと?」


 レイアがそうクロに問いかけると、クロは嬉しそうに尻尾を振ってからくるりと回った。その行動は、クロがそうだと返事をしているように見えた。


 どうするかという視線が三人の間で交錯する、クロにすっかりほだされているレイアですら、流石に諸手を上げてすぐについて行こうとはならなかった。


 それでも真っ先にクロについて行こうと提案したのはレイアだった。通じいるものがあったのか、それともただ情にほだされただけなのか、レイアの中にも正しい答えはなかった。


 しかし「信じたい」と思う心はしっかりとあった。それによって何が起こるのかは分からなくとも、レイアはそう思っていた。


 アンジュはその意見に同意した。現状の手詰まり感を解消するためにも何か新しい視点が欲しいと思ってのことだった。アーデンは最後まで決断を渋った。二人の意見には賛同していたが、クロのことをどこまで信用していいものか分からなかったからだった。


 それでもアーデンもクロについていくことを了承した。クロを信用したというよりも、レイアのことを信用したという気持ちが強かった。仲間のことを信じる、アーデンが心に決めていたことだった。


「クロ、任せたからね」


 レイアはそう言ってクロの頭を撫でた。クロは気持ちよさそうに頭を撫でられた後、迷路のようなタ・ナナ遺跡の道を先導し始めた。




 クロの後についていくアーデンたち、あまりに迷いなく歩くその姿に最初は全員不安を覚えた。


 自分たちをどこに連れていく気なのか、そもそも意思疎通も出来ないのについて行って大丈夫なのか、そんな不安が胸中に去来する。しかし判断を曲げることなくクロの後ろについていった。


 そしてそんな不安はすぐに杞憂であったことを思い知り、クロに対する不安は払拭された。


 クロが進む道は遺跡内の最適解だった。地図の空白はどんどんと埋まり、迷路に道順が出来始める。これまで何度も迷って辿り着いていた場所に、何の迷いもなく来られるようになった。


 アーデンたちは地図を書き記していくうちに確信した。クロは自分たちが行きたい場所へと案内してくれている。自分たちの気持ちがどうして分かったのか、どうしてそんなことをしてくれるのか、それが分からなくともクロは態度と行動で示してみせた。


 休息を取るため、何度か迷宮を出て野営を行っても、クロはまた迷宮の入口でアーデンたちを待っていた。その頃には三人ともすっかりクロと打ち解けて、人と魔物という垣根を越えて交流をするようになっていた。


 中でもクロはレイアによく懐いていた。クロは自由に動き回ることの出来る足を取り戻してくれたことにクロはこれ以上ないほどに感謝していた。レイアもまたクロを助けた縁から絆を感じていた。


 探索の休憩中、レイアはクロには分かるはずもない発明品について高らかに語り、出来るはずもないのに工具を使って作り方を教えていた。


「レイア、クロが困ってるからそのへんにしておけよ」

「まさか!ここからがいいところなのよ?クロだって聞きたいに決まってるわ!」

「あのレイアさん。流石にクロさん困った顔してます」

「そんなこと…、確かにそうね」


 おおらかな性格のクロではあったが、流石に出来ないことを延々と語られることには困り顔を見せていた。それでも根気よく付き合っていたのを見かねてアーデンとアンジュが苦言を呈した。


「何よクロ!やってみなければ分からないでしょ?あんたにもきっと出来るようになるわ!あ、こら待てっ!」


 無理やりにでも工具を使わせようとするレイアから、クロは走って逃げ出した。逃げるクロを追いかけるレイアを見て二人は笑い声を上げた。


 三人と一匹の間に穏やかで楽しい時間が流れた。それは殺伐とした迷宮の中で、本来ではありえないはずの交流が生まれていた。




 もう何度目かの探索を終え、アーデンたちはとうとう遺跡の最奥までの道筋を見つけた。その功績は殆どがクロのものであり、クロなしではもっと難航していたであろう攻略が一気に進んだ。


 最奥では何が待っているか分からない、ついぞタ・ナナ遺跡で魔物はクロしか現れなかったものの、最奥までそうとは限らなかった。


 アーデンたちは一度迷宮を引き返し準備を整えてから挑戦することに決めた。遺跡を出る時、いつもは入口でクロと別れるが、アーデンたちはこっそりとクロを外に連れ出した。


 本来なら許されることではない。しかしシチテーレに殆ど冒険者が来ないこと、間引きの時期と重ならなかったことが功を奏してバレることなく連れ出せた。


 一緒に野営を行い、アーデンたちはクロを盛大にもてなした。今回の遺跡攻略の功労者を労い、感謝の意をこれでもかというほどに伝えた。


 クロは初めて出る遺跡の外に最初こそ戸惑ったが、アーデンたちのもてなしを受け喜びを全身で表した。大騒ぎの夜が過ぎ、その日の夜はクロを囲んで皆一緒になって眠った。クロはアーデンたちに囲まれながら、これまで味わったことのない幸福を感じて眠った。


 翌日、準備を済ませたアーデンたちは最奥への挑戦を決める。地図は完成したが、案内は最後までクロに任せることにした。不思議な出会いと奇妙な縁から結ばれた絆、魔物ではあるがクロは確かにアーデンたちの仲間となっていた。

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