タ・ナナ遺跡攻略 その1
アーデンたち一行は、次の攻略地であるタ・ナナ遺跡に足を踏み入れた。コロコロポインターは地図の制作がある程度進んでからではないと有用に使えない。地道に探索を進めていくしかなかった。
タ・ナナ遺跡内部は至って標準的だった。イ・ラケ遺跡の特殊な環境下と違い、アーデンたちが今まで探索してきた遺跡と大きな違いがない。
前回の反省も踏まえて魔物が罠などを仕掛けていないかの警戒を行った。しかしそんな様子もまるでなく、遺跡は実に静かなものであった。
「何だろうこの遺跡。何の変哲もなさすぎて逆に怪しくない?」
「ですね、普通過ぎて変っていうのもおかしな話しですけど。アーデンさん、魔物の気配は?」
アンジュからそう問われたアーデンは神経を尖らせ集中する、しかし効果のほどは芳しくなかった。
「いるにはいるんだけど、弱々しいな。隠れているのか?」
「待ち伏せかしら?」
「その可能性もある。皆、警戒して慎重に動こう」
アーデンの言葉に二人は頷いた。いつもより警戒しながら歩を進めていく、タ・ナナ遺跡攻略は実に静かな始まりを迎えた。
一度引き返して地上に戻ったアーデンたちは、集まって話し合いを始めていた。
「何よここ、どうして一匹の魔物も出てこないのよ?」
「気配はあるんだけど全然姿を見せないな。襲いかかってくる様子もないし、待ち伏せじゃあないのか?」
「イ・ラケ遺跡のことを考えるとあまりにも違いますね」
アーデンたちが引き返した理由は、魔物に一切襲われなかったからというものだった。どんな魔物であれ性格は基本的に好戦的である、そう作られたというの理由の一つだ。
しかしこのタ・ナナ遺跡では、感じ取れる程度の魔物の気配はあっても、襲いかかってくる様子がまったく見られなかった。これはあまりに異常なことであった。
どれだけ弱くて実力差があったとしても、魔物は人に襲いかかってくる。遺跡外で生息する魔物は勿論だが、遺跡内に生息している魔物はその傾向が強かった。
様子を伺ったり戦力の見極めを行うこともあるが、そうした上で襲いかかってくるのが常だった。イ・ラケ遺跡の魔物は例外で、独自の環境から異様な成長を遂げていた。だからこそいつもと違う魔物にアーデンたちも手こずった。
それが今度は打って変わって襲いかかる様子を見せない。いくらなんでもおかしいということでアーデンたちは不気味さを感じていた。
「待ち伏せじゃあないとしたらどこかに隠れているのかな?」
「でも隠れたままの魔物なんて聞いたことないわ」
「何かそうせざるを得ない事情があるとか?」
「それはどういう意味?アンジュ」
「まだこうと言えるものはありませんが、隠れていないと危険とかですかね」
「ト・ナイ遺跡のゴーレムみたいな例か」
「だけどあれは寄生スライムが操って無理やりそうさせてたはずよ、普通のゴーレムは魔物を積極的に襲ったりしないでしょ?」
三人の話し合いは行き詰まりうーんと悩みの唸り声を上げるばかりになった。それからもう少しだけの話し合いをして結論を出した。
「ここで悩んでいても仕方がない。取り敢えず先に進んでみよう」
考えても分からないことは目で見て確かめてみるしかない。アーデンたちは魔物の出現に十分気をつけながら探索を再開することを決めた。拭えぬ不気味さは冒険で晴らす。三人の意思は固まった。
地図に道を書き込みながら遺跡攻略を進めていく。タ・ナナ遺跡は環境こそシンプルなものだったが、入り組んでいて迷路のようになっていた。イ・ラケ遺跡とは違う意味で迷いやすい。
探索は難航したが、どれだけ時間をかけてもやはり魔物は襲いかかってくる様子がなかった。ゴーレムも確認出来ず、結局一度も魔物と遭遇しないまま探索を終えて遺跡から出た。
深まるばかりの謎は不安感を強める、三人は戦闘が起こらないことに緊張していた。本来なら消耗も避けられて好ましいことなのだが、不気味さと不安感はそれに勝る緊張感を与えた。
「やっぱり変だよなあ」
食事の席でアーデンがそう呟いた。答えがないのに口をついて出てしまう。
「言わないでよ。なるべく考えないようにしてたんだから」
「そうは言うけどさ、お前だっておかしいと思うだろレイア?」
「思うから考えないようにしてるの!まったくもう」
「お二人共喧嘩はやめましょうよ。しかもこんな不毛な理由での喧嘩なんて、まったく意味ないですよ」
悪くなりかけた雰囲気がアンジュの仲裁によって戻った。アーデンもレイアも、そのやり取りが無意味であることをは自覚していた。
「じゃあ思い切って今は魔物のことは無視だ。俺から言い出しておいて悪いけどな」
「それはもういいわ。で?」
「この遺跡、相当広さがある上に道が迷路みたいに入り組んでいる。コロコロポインターがあったのに引き返すのに時間がかかっただろ?」
アーデンの言葉にレイアが頷いた。そしてアンジュが続く。
「高低差も厄介ですね。潜り込んだり上がったり、ここまで入り組んだ構造は見たことがありません」
「内観がシンプルなのも手強い要因ね。目印になるものがない」
「地図の制作難易度も段違いだ、これは時間かかりそうだぞ」
それからの三人の話題はタ・ナナ遺跡の構造についてが主となった。立体交差し入り組む迷路をどう攻略するか、どれだけの規模なのかと侃々諤々《かんかんがくがく》の話し合いが夜通し続いた。
遺跡攻略から数日が経過した。巨大迷路のタ・ナナ遺跡はやはり手強く、魔物との戦闘が一切ないのに中々進展しないという状況が続いていた。
そして全員に疲れが見え始めた頃、遺跡の探索において重要な変化が起きた。それはこれまで一度も目にすることがなかった存在、つまりは魔物がアーデンたちの前に姿を現した。一匹がぽつりと佇んでいる。
それは真っ黒な毛並みを持つブラックウルフ、闇に紛れて襲いかかってくる魔物。鋭い牙と頑丈な顎は獲物を仕留めるまで離れない、首を斬り落とされてもなお食らいついていたという話しもあるほどだった。
今まで魔物が姿を現さなかっただけにアーデンたちの警戒感は一気に高まった。各々武器を手に取り戦う姿勢を見せるが、ブラックウルフの様子がおかしいことにレイアが気がついた。
「ねえ皆、ちょっと待ってくれる?」
「どうしたレイア?」
「あの魔物何か怯えているように見えるんだけど…」
そんなまさかとアーデンとアンジュは思った。しかしレイアの言う通り武器を見たブラックウルフは体を小刻みに震わせて怯えた様子を見せていた。少なくとも交戦の意志はまったく感じ取れなかった。
「確かにそのようですね、どうしたんでしょうあの魔物?」
「こっちを油断させようって魂胆かもしれないぞ」
「…アーデン、ちょっと」
意を決したようにレイアはアーデンを呼ぶ、そして自分の考えを話した。それを聞いたアーデンは驚いて反対する。
「絶対駄目だ!一人でブラックウルフと接触するなんて!」
レイアが言い出したのは様子のおかしい魔物に近づいてみるというものだった。アーデンはそんな危険な行為は絶対にさせられないと強く反対した。アンジュも心配そうにレイアに言った。
「私も反対ですレイアさん。確かにあのブラックウルフからはキラーエイプのような狡猾さは感じられませんが、魔物は魔物です。突然襲いかかってきてもおかしくないんですよ?」
「それは分かってる。だけどあの怯えた魔物一匹相手に私たちの戦力は過剰でしょ?そしてここにきて初めて遭遇した魔物よ、探索も進まない今、何か別のことを試してみる必要があるんじゃあないかしら」
そう言われて二人は黙った。探索に進展がないのは本当のことであり、魔物の出現は変化のない現状において一番の大きな出来事だった。
何故魔物が姿を現したのか、それを探るためにもレイアの提案に乗るのは一考の余地があった。しかしそれでもアーデンは反対した。
「やっぱり駄目だ。俺たち三人で行くならまだしも一人では行かせられない」
「心配してくれるのは嬉しいけど、三人で一斉に近づいたら逃げちゃいそうよ?いいからファンタジアの紐を私の体にくくりつけなさい」
何かあった時のために引き戻せるように、レイアはファンタジアの紐を体に結びつけることを提案した。
しかしそれで救出することは出来るが、一撃目を避けることは出来ない。アーデンは中々許可出来ずにいた。それを見かねたレイアはふっとため息をつくと、勝手に歩いてブラックウルフに近づいて行ってしまった。
「あの馬鹿っ!」
アーデンは咄嗟にファンタジアから紐を伸ばしレイアに巻き付けた。思い立ってから行動するまでが早いとアーデンは頭を抱えた。
「アーデンさん、こうなったら見守るしかないですよ。私も準備しておきます」
「悪いなアンジュ。ったくどうなっても知らねえぞ」
二人の心配をよそにレイアはブラックウルフへと近づいていった。怯えて後退りするのを見ると、レイアはしゃがみこんで視線を合わせた。
遠巻きにその様子を伺う二人、レイアはブラックウルフに話しかけながら何やらごそごそと手を動かしているのが見えた。何をやっているのかとハラハラして見ていると、レイアの上にブラックウルフがのしかかった。
すぐさま助けに入ろうとする二人だったが、レイアの笑い声が聞こえてきて様子が変だと悟る。近づいてみるとブラックウルフは楽しそうにレイアにじゃれついて顔をペロペロと舐めていた。
「くすぐったいからやめなさいっ」
レイアが引き剥がしてもなおブラックウルフは前のめりになってまだ舌を出す。それを見て一体どういうことなのかと蚊帳の外の二人は顔を見合わせるのだった。