攻略完了後
一度アンジュを休ませるために俺とレイアは野営の準備をしていた。抱きかかえてすぐさまシチテーレへ引き返すことも出来たが、無理に動かすよりも休息を優先した方がいいとレイアと話し合って決めた。
アンジュの看病はレイアに任せ、俺は火起こしなどの作業を行っていた。心配で何度もアンジュが眠るテントを見ていると、突然頭の中で声が響いた。
「よおアーデン。一つ目の遺跡を攻略したな」
「ゲノモス、見ていたのか?」
声の主はゲノモスだった。俺の問いかけにゲノモスが答える。
「ああ見ていた。ここは俺様の竜域の一部だからな」
「そうか…」
シチテーレという国そのものが竜域ならば、そこに存在する遺跡もゲノモスの管理下にあるということだろう。まだ竜域がどういうものなのか分からないので、管理下という表現は正しくないのかもしれない。
ゲノモスに色々と聞いてみたい所だが、奴は三つの遺跡を攻略し終えた時に秘密を明かすと言った。果たして今聞いて答えてもらえるだろうか。
「なあゲノモス」
答えてもらえなかったらその時はその時だ、俺は思い切って話を切り出した。
「何だ?」
「この遺跡はお前の手が加わっているのか?」
「ほう」
「やっぱり答えられないか?」
「いいや、別にこれは俺様の役割に何の関係もない。答えはノーだ、俺様は一切関与していない。何もかも自由だ」
イ・ラケ遺跡の環境は特殊過ぎる、あれだけ特殊な環境は他の遺跡では見たことがない、だからゲノモスが試練のために何かしら手を加えているものだと思っていた。しかしそれは違うらしい。
「あの特殊な環境も、魔物たちの生存競争も自由に生きていたら勝手にそうなったってことなのか?」
「そういうことだ。寧ろ俺様が何か手を加えたとしたら、あそこで生きる魔物たちはあの強さを得ていなかっただろうな」
「それは…何となく分かる気がする」
生きるために必要なことを選択し、適応するために何かを捨て時には得て、群れの数を増やすか減らすか、それによって自分たちにどんな利害があるのかを考える。強者は地位を確実なものとするため更に強く、弱者は強者を倒すために個性を尖らせる。
イ・ラケ遺跡の特殊な環境下で、各々がしのぎを削り合って出来たのがあの魔物たちなのかもしれないと思った。そしてそれは、外部からの干渉であっさりと崩壊してしまうとも思う。
「結局は限られた場所に物、それと戦う相手とのヒエラルキー。これが自然の競争で作られ磨かれていったからこその強さなのかなって」
「そうだな。自然は時に厳しくそこで生きることを拒絶することもある、しかしそこに生きるものたちは考え工夫し、歯を食いしばって生きていかねばならない。俺様はそんな自然との共存の中に特別な強さが生まれると思っている」
「そこに手を加えたとしたら?」
「それがどんなものであれバランスは崩壊するだろうな。一気に崩れるか、それとも徐々に崩れていくかは分からん。自由に生きさせることが重要なんだ」
自由、ゲノモスから何度か出た言葉だった。自由に生きさせることが重要か、あまりピンとこない話だと思った。
「答えてくれてありがとうゲノモス」
「…まさか礼を言われるとは思ってなかったぜ」
「どうしてだ?」
「俺様の試練のせいで仲間が死にかけたんだ。恨み言の一つでも聞いてやろうと思って俺様はお前に話しかけたんだ」
突然話しかけてきて何事かと思ってはいたが、まさかそんな理由だとは思わなかった。失礼だがぷっと吹き出して笑ってしまった。
「わ、笑うことないだろう!」
「ごめんごめん。別に馬鹿にしてるわけじゃあないんだ。意外といい奴なんだなって思ってさ」
「ど、どういう意味だ?」
「冒険に危険はつきものだし、魔物とは命がけの戦いをしている。絶対に負けられないけれど、ちゃんとその時が来たらって覚悟はあるよ。だからゲノモスが気にすることじゃあない。これは俺たちの冒険だから」
魔物に負ければ死ぬ、こっちだって生き残るために殺しているのだから、いつ逆の立場になってもおかしくはない。冒険の旅に出る前にすでに覚悟は決めてきた。
「責任も覚悟も全部俺たちが背負っていくものだ。考えたくもないけど、もし今回本当にアンジュを失ってしまっていたとしたら、俺が恨むべきは俺自身だ。仲間を守れなかった俺の力不足を恨むよ」
「…なるほど。俺様の出る幕じゃあなかったってことだな。残り二つの遺跡攻略、精々上手くいくことを願っているよ」
それきりゲノモスの声は聞こえなくなった。パチパチと音を立てる焚き火の中に、俺は黙って薪を足した。
夜、アンジュの様子もすっかり落ち着き、穏やかに寝息を立てて眠っている。顔色もよくなって心配なさそうだった。
看病を終えたレイアと一緒に夕食を食べる。その最中に、ゲノモスから聞いたことをレイアに話した。
「ふーん、ゲノモスがそんな話をねえ」
「案外いい奴そうじゃあないか?」
「どうかしら?秘密にされるのが好きじゃあないから私はあんまりいい印象ないけど」
バッサリとそう言い捨てるレイアに俺は苦笑いした。あと二つ遺跡を攻略しなければ話が聞けないことがまどろこしくて辟易とするのだろう。
なまじ今回は最初からゲノモスの接触があっただけに、言えることがあるのなら早く話せとレイアは思っているに違いない。ゲノモスにも意図があると分かっているから何も言わないのだろうが、レイアはそう考えていると長い付き合いで分かる。
「まあそっちはいいや、どうせ遺跡攻略するまでゲノモスは何も話さないだろうし。それより手記の方はどう?」
「ああ、そう言えば忘れてた。今回は特殊な例だったから」
「手がかりを見つけるって手順じゃあなかったものね、でも遺跡攻略が印に繋がるのだとしたら何か書かれていてもおかしくないと思うわ」
レイアの言う通りだと思い早速俺は懐から手記を取り出した。ペラペラとページをめくると、文章が追加されていた。二人でそれを覗き込む。
元気にしているかアーデン。いやこれを読んでいるってことは少なくとも無事ってことだよな。
シチテーレでは色々と驚くことが多かったんじゃあないか?かくいう俺も最初は驚いて戸惑ったもんさ、思い出すと懐かしいよ。
ゲノモスは土を司るドラゴン、遥か広がる大地と秘宝の護り神。生きとし生けるものの自由を尊ぶ神なり。
四竜の中でもゲノモスは特に重要な役割を担っていて、そのせいかちょっと気むずかしい性格をしているよ。俺はかわいいもんだと思うけどな。
無理にとは言わんが嫌わないでやってくれ、俺から言えることはないがゲノモスが抱えているものはスケールが違う。竜には感情がある、色々と悩むし苦しむ、俺たちと変わらない。
忘れないでほしいのは竜は俺たちの味方だってことだけだ。それだけは忘れないでくれ。じゃあな、また会おう。
「ゲノモスの抱えているものかあ」
「スケールが違うってどういうことかしら」
二人揃って同時にうーんと首を捻った。そして考えたところで答えはゲノモスから聞くしかないと同時に思い至って考えるのをやめた。
「とにかく今はアンジュの回復を待とう。それで多少動けるようになったらシチテーレに戻って休もうぜ、俺マサキさんの飯をたらふく食べたいよ」
「そうね。それと今回の反省も踏まえて対策も考えなきゃ」
「反省会だな」
「やらなきゃいけないことは山積みね」
「カイトが居てくれたらなあ…」
「そのうち戻ってくるわよ。きっと前よりもっと強くなってね」
レイアの言葉に俺は頷いた。そして急に眠気がきてあくびをする。目の端の涙を拭ってゴシゴシとこすった。
「眠そうね」
「ああ」
「でも見張りの順番は恨みっこなしで決めるわよ」
「気を利かせてくれてもいいんだよ?」
「つべこべ言わず引きなさい」
差し出されたくじを引くと赤い印が書かれていた。レイアは「お先」と楽しそうに言うとテントに戻っていってしまう。
自分のくじ運のなさに落ち込んで空を見上げた。満天の星空が広がっていて、その美しさに「まあいいか」と呟いた。