イ・ラケ遺跡攻略 その1
三つの遺跡への入口は、右の道、真ん中の道、左の道と分かれていた。順番はイ・ラケ遺跡、タ・ナナ遺跡、レ・イイ遺跡とそれぞれ対応している。
アーデンたち三人はくじ引きで順番を決めた。結果として右、真ん中、左、の順番で回ることになった。
どの遺跡も冒険者ギルドにある情報は少ない、どこから手を付けても有利不利はない。それにどこを攻略するとしても気を引き締めてかかることに変わりはなかった。
「じゃあ行くぞ」
アーデンの一声にレイアとアンジュが頷いた。先頭を進むアーデンに二人が続いた。
イ・ラケ遺跡に入った時、アーデンたちが真っ先に感じたのはむせ返るような草木の匂い。地下に下りたというのにそこはシチテーレ以上の大自然が広がっていた。
レイアはしゃがんで地面を確認した。青々とした草がびっしりと生えた土の地面、アンジュが確認した木々や壁に這うツタも、地下にあるとは思えないほど生き生きとしていた。
陽の光も入らない遺跡にこれだけの自然が息づいているのは、遺跡が持つ機能の一つだとアーデンたちは知っている。なのでこの状況に戸惑いはなかった。しかし知っていてなおこの環境は異常だと思えた。
草木が生い茂り他の遺跡と違って道が狭い、天井から垂れ下がる多くの葉で圧迫感もあった。背の高い草をかき分ける必要もあり歩きにくい。
「これは…、地図を書くのも大変ですね」
「そもそも壁が分かりにくいものね」
「参ったな。これは想像以上に手強いぞ」
そんな会話を交わして奥に進んでいくと、真っ先に気配に気がついたアーデンが人差し指を立て口に当てた。レイアとアンジュはすぐに黙ってそれぞれ武器を手に取った。アーデンも紫電を抜いて身構える。
息を潜めたアーデンたちと打って変わり、ガサガサと草がこすれ合う音が聞こえてくる。そしてその影から三匹の魔物が飛び出してきた。
飛び出してきた魔物はウェアラット、大型のネズミの姿をしており脚力が発達している。大体はまとまった数で行動し、群れの特徴である数の暴力を押し付ける戦法を取る。
駆け出しの冒険者であれば注意が必要な魔物だが、中堅の冒険者であれば取るに足らない魔物である。弱い魔物とはっきり表現してもいい。少なくとも成長した今のアーデンたちとは実力が釣り合わない。
しかしイ・ラケ遺跡のウェアラットは違った。数は少ないが体が大きく、低い姿勢で草木に紛れ、脚力を活かして飛びかかり固く鋭い歯で噛みついてくる。
アーデンはウェアラットの攻撃を避け紫電で切り返そうとするが、素早い動きでまた草木の茂みに隠れてしまう。一撃離脱を徹底しており、茂みに紛れられると簡単には見つけられない。
噛みつき攻撃も脅威ではあるが、通常のウェアラットより大きな体を利用した体当たりも強力だった。強靭な脚力での突撃を警戒しなければならない。
噛みつきに体当たり、徹底された一撃離脱、アーデンたちはウェアラットを相手にしながら同じ考えを持っていた。
「戦い慣れている」
このウェアラットは戦い慣れているのだ。他の遺跡で相手をした魔物とは比べ物にならない動きをするウェアラット、地形の茂みを活用した一撃離脱、通常の種より大きな体躯を計算に入れた体当たり、ウェアラットは地形と自らの特徴を生かした戦法をとっている。
だが戦い慣れているとはいえその動きは単調なものだった。レイアはバッグの中からある兵装を手にし取り付けると、バイオレットファルコンを構えながらアーデンとアンジュに言った。
「二人とも目を閉じて耳も塞いで!」
その言葉と同時に取り付けられたスタングレネードが発射される、二人はレイアの指示通りに目を閉じ耳を塞いだ。
ウェアラットも発射されたものを認識していない訳ではない、しかし視覚も聴覚も制限され無防備になった二人の獲物を見て行動を起こさずにはいられなかった。茂みから目を光らせ、今にも飛びかからんと身構える。
しかしその望みも次の瞬間には露と消えた。一瞬の強い閃光と大音量の爆発音、視覚と聴覚にダメージを負ったのはウェアラットの方だった。閃光に怯み爆発音に体は縮み上がる、動きは完全に止まった。
アーデンはスゥと一息吸い込むと、紫電を振りかぶり辺りを薙ぎ払った。背の高い茂みは斬り落とされ、身を潜めていたウェアラットたちの姿が露わになる。すかさずファンタジアから紐を伸ばし、まとめて絡め取るように縛り上げてから空中へ放り投げた。
アンジュは杖を放り投げられたウェアラットに向ける。予めセットを完了しておいた火炎弾が、アンジュの背後で揺らめいていた。
『ブースト・火炎弾三点バーストッ!』
ブーストで威力が高められた火炎弾が同時発射されウェアラットに直撃する。着弾時の衝撃で体の半分は吹き飛び、残る肉体も炎上して灰となり消えた。
戦闘を終えてアーデンたちは武器を収める。戦い慣れていた魔物ではあったが、アーデンたちの脅威とはなりえなかった。しかし疑問は残る。
「リンカの話では、この遺跡にはろくに冒険者も来ないって話だった。それがどうしてこんなに戦い慣れているんだ?」
「私もアーデンさんと同じことを思いました。これだけ戦い慣れた危険な魔物が生息しているのに、注意する魔物のリストの中にあのウェアラットの記載はありませんでした」
アンジュはアーデンに同調してそう言った。つまりはギルドが冒険者に依頼して行われる間引きの際に、先ほどのウェアラットは姿を見せなかったということになる。
「もしかしたら」
「どうしたレイア?」
「間引きを確実に行って、より多くの魔物を倒すためにギルドは冒険者をより多く集めるでしょ?」
「仕留め損なえないからな。数揃えて押しつぶす方がいい」
「そこよ。危機察知能力が低い魔物は、数の不利を理解出来ず遺跡の入口付近で死んでいく。逆に戦い慣れして察知能力の高い魔物は息を潜め、遺跡の奥に生息するようになる」
「そして遺跡の奥には優秀な魔物が集まり、自然としのぎを削り合う生存競争の場が生まれるってことか」
「ただの推測だけどね」
レイアはそう付け加えたが、実際この推測は正鵠を得ていた。イ・ラケ遺跡の魔物たちは、知能が高く生き方と戦い方を工夫出来る個体が生き残っていた。
遺跡を攻略途中のアーデンたちに知るよしはないが、イ・ラケ遺跡の魔物は奥に進めば進むほど強さを増していくようになっていた。意図してそうなったのではなく、自然とそうなっていった。
草木が生い茂るイ・ラケ遺跡は、魔物たちの生存の場として非常に優れていた。木の実が採集出来る果樹もあれば、食用に向いた植物も多く生えている。身を隠す場所も豊富にあり、縄張り争いが発生する。
より多くの種が生き残るための縄張り争いは、強い魔物が集まる奥地で苛烈なものとなり、それぞれの特色を生かした変化をする魔物が発生していた。
小さかった体を大きく成長させ重量を増した魔物もいれば、元々あった鋭い爪を長く伸ばし、それを研磨して更に鋭く尖らせ攻撃性を高めている魔物もいた。
逆に元来の獰猛さと屈強な体を捨て去る魔物もいた。勿論元からの強さを捨てたことによる弱体化は避けられないが、その代わりに毒を持つ植物を食み、体内でそれを猛毒に変え、忍び寄る針の一刺しで絶命せしめるなどの生存戦略をみせる魔物も現れた。
強い魔物が強い魔物と縄張り争いを繰り返してきた結果、魔物たちはこの場限定の特殊個体化を遂げ、イ・ラケ遺跡は独自の生態系を持つ特殊個体の坩堝と化していた。
弱い魔物は淘汰され強い魔物が生き残る。イ・ラケ遺跡の奥地に潜む魔物は、生存競争の頂点に立つものが待っていることとなる。そこで待つのは鬼か蛇か、はたまたそれらが混ざりあった別の何かか、アーデンたちはイ・ラケ遺跡の奥を目指して進んでいた。