ゲノモスとの邂逅 その2
突然起こったゲノモスからの接触、今までは手がかりを集めきり手順を踏まなければ見えることが出来なかったはずが、今度は竜の方から俺たちに接触してきた。
エアという特例はあったものの、シルフィードが直接介入してくることはなかった。初めて顔を合わせて話をしたのも、風の鍵が完成してからだった。
しかしゲノモスは違った。シチテーレの人々から大岩様と呼ばれるものが、自分の体の一部だと言った。そしてどうやってかは分からないが俺たちに話しかけてきている。
「おお混乱してる混乱してる。面白いくらいに混乱してるなあ、はははっ」
その声が聞こえてきた時、眼の前にある巨岩が小さくカタカタと揺れた。まさかとは思うがゲノモスが笑ったからだろうか、それで体が揺れたとしたらこの巨岩は本当にゲノモスの体の一部なのか。
「若人をからかうのも面白いが、混乱しっぱなしじゃあ話しも何もないな。どれ、俺様がお前たちの疑問に答えてやろう。なんでも聞いてみるといい」
そう言われてもと尻込みしていると、アンジュがバッと勢いよく手を上げた。
「よしそこの奴、確かサラマンドラから印を貰っていたな。名はアンジュと言ったか。何が聞きたいのだね?アンジュ君」
「もしかしてここは竜域、いいえそれに準ずる場所ですか?」
竜域、アンジュから聞いた竜だけが存在出来る場所。この世界とはまったく異なる場所に存在すると言っていたはずだ。どうしてそんな話になるのだろうと思っていると、ゲノモスが言った。
「おいおいおい。サラマンドラから賢い奴とは聞いちゃあいたがここまでか?どうしてそう思った?」
「私は一度そこを実際に体験しているので、そこから推測しました。シチテーレの特殊な環境にも説明がつきそうだったので」
「こりゃまいったぜお手上げだ。まあ俺様ここじゃあ上げられる手はないけどな」
アンジュとゲノモスの会話についていけず、俺はそれを遮るようにアンジュに聞いた。
「待ってくれアンジュ、話にまったく付いていけない」
「あっ、すみません。疑問が解消出来ると思ったらつい…」
アンジュは申し訳無さそうにそう言った。そしてゲノモスが話に続く。
「無理ないぜ小僧。俺様も驚いているからな」
「アーデン」
「ああ?」
「小僧じゃあない、俺の名前はアーデン・シルバーだ。ゲノモス」
またしても巨岩が小さく揺れた。
「そうかすまないなアーデン」
「いいよ。それより二人の会話の意味を教えてくれよ」
アンジュの顔と巨岩をそれぞれに見やってから俺は言った。二人だけで話を進められたら困る。
「アーデンさん、ここに来てから妙に疲労がたまるようになったと思いませんか?先ほどはリンカさんの案内についていくのもやっとでしたよね?」
「うん」
「それは竜域という場が、竜以外のすべてにとって害あるものだからです。竜から招かれなければ何ものも存在することが許されない、そういう場所なんです」
そう語るアンジュの言葉には実感がこもっていた。体験したと言っていたからこそのものだろう。しかしレイアはアンジュの言葉に異を唱えた。
「待ってよアンジュ。その話が本当ならシチテーレは人や動植物も存在しえない場所じゃない」
「だから私はこう聞いたんです。竜域に準ずる場所ではないかと」
「つまり本物の竜域じゃあないってことか?」
「分かりません。本物のような気もしますが差異もあるかと、そこはゲノモスに答えてもらいましょう」
俺たち三人はそれから巨岩に向き直り答えを待った。
「アンジュの推測通りここは竜域に近しい場所だ。もっと正確に言うと、シチテーレという国は俺様が俺様の竜域と混ぜ合わせた作った場所だ。竜域に限りなく近いが、明確に竜域とは言えない場所ってところだな」
「それは他の竜との場所とは違うのか?」
「違いはあるが同じようなものさ、この国そのものが俺様の竜域だ」
シチテーレが全域がゲノモスが作り出した竜域、その恐ろしく壮大なスケールの話に頭が痛くなる。シチテーレは他の国とはあまりに違い過ぎると思っていたが、こんな裏があるとは思わなかった。
俺が額を手で抑えていると、レイアが不機嫌そうに声を上げた。
「やっぱり納得いかないわ。竜域には竜に招き入れられただけの人や物しか存在できないはずでしょ?ならここが国として機能しているのはおかしくない?ここには住人だって他所から来た商人や冒険者が沢山いたわ。ここが竜域ならどうして人や物が自由に出入り出来るの?」
「お前はレイアだな。その疑問至極真っ当なものだ。俺様はな、大地と自然を司る竜だ。そして人々の命の営みは自然の一部、だから俺様の竜域は国だとしてもまったく問題はないのさ」
「でも…」
「でも自由に出入りが出来るなら竜域のルールから外れている。そう言いたいんだろ?さっき聞かれたことの答えだが、確かに俺様はシチテーレに入国する人の監視を並行して行っている。入っていい奴と悪い奴は分けてんのさ」
「それはおかしいわゲノモス。人々の営みを自然の一部として受けれ入れておきながら、人々の自由な往来を制限する行動は理にかなってない。竜域への受け入れは普通の入国審査とは訳が違うでしょ」
レイアはそうゲノモスを問い詰めた。確かにレイアの言う通り、国と人を自然の一部として受けれいるのなら、そこで行われるすべても受け入れる必要がある。招き入れる人の選別など自然とは言えないだろう。
巨岩はまた小さく揺れた。姿が見えない今、それでゲノモスの感情を推し量るしかないが、この行動がどういう意味を持つのかさっぱり分からない。
「いやはや、中々どうして優秀な奴らじゃあないかお前たち。リュデルとかいうガキは面白みがなかったが、お前たちは面白い。よし決めた。お前たちが三つの遺跡を攻略したあかつきには、印の他にも俺様の持つ役目と秘密についても教えてやる」
「遺跡の攻略?今までの手がかり探しとは違うのか?」
「そうだ。シチテーレが俺様の竜域、だから本体を晒し印を授けることはいつでも出来る。だがそれでは面白くない。俺様は三つの遺跡の試練を越えた者にだけ会うことにしている」
「試練って何よ?」
「遺跡を進んで最奥の部屋にある魔法陣を踏んでくればいい。踏んだ時点で試練達成とみなしこの場所へ転送される。それを繰り返せばいいだけだ」
遺跡最奥までの探索を繰り返す。これがゲノモスの試練の内容だった。当然一筋縄ではいかないだろうという予感がした。それにこの疲労感、とてもじゃあないがまともに動ける気がしない。
そう思っていると急に体が軽くなった。というよりも本来の体調に戻ったような気がする。レイアとアンジュの表情を伺うと、二人も同じようだった。
「悪かったな。俺様に会いにくる奴にはある制限をかけさせてもらっている。それを今解いた。これで全力で戦えるぞ」
どうしてと聞きたかったが、その理由も恐らく遺跡を攻略しないと教えてもらえないのだろう。
「気を引き締めてかかれよ。当然この遺跡にも魔物がいる、歪んだ欲望から生み出された捻じ曲げられた存在とは言え魔物もすでにこの世界の一部だ。俺様はそれを排することなく受け入れなければならない。負けて死んだらそこでお前たちの冒険はおしまい。それも自然の摂理だな」
「言われなくとも分かってるよ。今までだってずっとそうだった」
「そいつは何よりだ。励めよ冒険者」
それきり巨岩はぴくりとも動かなくなった。それどころかゲノモスの気配すら感じられない、体の一部であるはずなのに、今はただの岩にしか見えなかった。
「何よ、偉そうにして。結局分からないことだらけじゃない」
レイアは不満を口にした。それに同意して俺は頷いた。
「印を手に入れるためにも、数々の疑問を解消するためにも、私たちは遺跡を攻略するしかないようですね」
「そうね、気合入れて行きましょう」
俺は二人に同意しようと口を開きかけた。その時やっと思い出したことがあって先に「あっ」と声が出た。
「何よアーデン、変な声だして」
「思い出した。俺がリンカに他の国の話題を持ち出した理由」
「そう言えばアーデンさんは何が引っかかったんですか?」
「この国の在りようとか景観とか、明らかに雰囲気が他の国々とか街とは異なるだろ?ここで生まれ育ったリンカは疑問に思わないかもしれないが、よそから来た俺たちは当然疑問に思うよな」
「成る程。だけどリンカはそれに疑念を抱いていなかった」
「そこだ、俺が引っかかったのはそこだったんだ。リンカはシチテーレという国に何の疑念も抱いていない。他の国を見た上でも普通に受け入れている。おかしいとまでは言わないけど、どこか違和感を感じたんだ」
恐らくその答えもゲノモスが握っていると俺は思った。シチテーレにおける謎のすべては、ゲノモスに繋がっている。俺たちはその謎の答えを求めるため、三つの遺跡攻略へ挑むのだった。