ゲノモスとの邂逅 その1
シチテーレを訪れてから早速、俺たちは三つの遺跡の入口が集まっている場所へリンカさんに案内してもらうことにした。リンカさんは胸を叩いて「任せてください」と自信満々に言った。
そしてそんな彼女の背を追う俺たちなのだが、全員すでに息も上がって足が進まなくなってきていた。
「リ、リンカさんっ!ちょっ、ちょっと止まってもらえます!?」
「おやどうかしましたか?まだまだ遺跡には着きませんよ?」
後ろの二人は相当に疲れがきている。レイアなんて暫く会話すらしていなかった。辛うじて声を張り上げることの出来た俺がリンカさんを引き止めた。
「休憩しましょう休憩!正直俺たちもうついていくのがやっとです!」
「ありゃりゃ、これは失礼しました。私としたことが配慮が足らずにすみません」
そう言うとリンカさんは近くで倒れていた木に腰掛けた。俺たちにもそうするようにと空いた隣をぽんぽんと叩いて急かす。それに倣って四人で並んで木に座った。
遺跡までの道は、正直道と言っていいのかと思ってしまうような荒れようだった。少しだけ手入れされたけもの道と言えばいいのか、殆ど人の往来がないのだろうなというのが分かる。
それに加えて大自然ならではの道の険しさがついて回る。これが中々に厳しいもので、正直遺跡の中で魔物を相手しながら進む方がまだ疲れない。
「皆さん冒険者だというのに体力がないですねえ」
「随分直球ですね」
「あっ、も、申し訳ありませんっ!」
疲れからかついキツい口調になってしまった。謝るリンカさんに俺も謝って返す。
「しかしいくらなんでもここまで疲労するのはおかしいと思います。私たちがここまで疲労しているのに、リンカさんが平気な理由も不可解です」
「それは…、私がここの生まれでここで育ったからじゃあないんですか?」
「それだけでは説明のつかないような気もしますが…、今考えても仕方ありませんね」
アンジュは何か引っかかることがあったのか疑問を口にしたが、結局疲れに負けて口を閉ざした。その気持ちはよく分かる、俺も色々考えることは止めて休憩することに専念した。
「あー…、綺麗な景色だなあ」
改めてぼーっと景色を眺めていると自然と感想がこぼれ出た。シチテーレの大自然はどこを見ても美しく、見ているだけで癒やされるような気がする。
「でしょでしょ?いい景色ですよねえ!こんな場所はどこでも見られるものではありませんよ」
リンカさんは嬉しそうにそう言った。その声色からは本当にここの景観を気に入っているのが分かる、生まれ育った場所だし誇りのようなものもあるのかも知れない。考えたこともなかったが、俺も家に帰ればそんな気持ちが生まれるのだろうか。
しかしその時、何だか説明のつかない気がかりが俺の心の中に、もやっと影を落とした。そのもやもやに理由を見つけることが出来ず、取り敢えず口に出して聞いてみることにした。
「リンカさんは…」
「呼び捨てタメ口でいいですよ。そんなに年も離れてないし、敬ってもらえるほど偉くもないので」
「それは流石にどうかと思いますけど、いいんですか?」
「いいんですよお!それに私たち話の流れだったけど、なんだかんだ友達ってことになったじゃあないですか」
年が離れていないというがリンカさんは年上だ、そんなためらいもあったがリンカさんの期待が多分に込められた眼差しに負けて俺は言った。
「じゃあえっと、リンカはシチテーレ以外の国とか場所は見たことある?」
「そうですねえ…、あっ!確か一度シーアライドって国に家族で行ったことがあります!大きな海に感動した覚えがあります!」
「へえシーアライドに、俺の仲間が聞いたら喜ぶだろうな」
「それって遅れて来るって言っていた人ですか?」
「ああ、カイトって言うんだけどさ、自分の船で航海しながら海底遺跡に潜るサルベージャーをやってたんだよ」
俺は休憩中だというのを忘れ、夢中でカイトの話をしてしまった。離れてからそんなに時間が経っている訳ではないのに、寂しさがどっと出てきたのかもしれない。
「…ってな訳で、強くて頼りになるすごい奴なんだ。今もきっと夢のために頑張ってるはずだよ」
「アーデンさんの話を聞いていたら、私も早く会ってみたくなりましたよ!」
「そうだろそうだろ?」
そんな話題で盛り上がっていると、随分聞いていなかったレイアの声が隣から聞こえてきた。
「で?アーデンはどうしてリンカに他の国に行ったことがあるかなんて聞いた訳?」
「ん?どうして?」
「だって景色の話から唐突にその話題を振ったでしょ?何か意図があったんじゃないの?」
「確かに私も気になりました。レイアさんの言う通り、少々急だったように思います」
レイアとアンジュからそう言われてようやく俺も思い直す。どうして自分がそんな話題を振ったのか。何かが気にかかったはずでそれを聞こうとしていたのに、カイトのことを話していたらすっかり忘れてしまっていた。
理由を思い出すために腕を組み首をひねっていると、今度はリンカが「あっ」と大きな声を上げた。
「どうした?リンカ」
「先輩から頼まれていた仕事、期限が今日までだったのを思い出しました。申し訳ありませんが休憩はここまでにして、先に進んでもいいですか?」
「それはいいけど、戻らなくてもいいのか?」
「案内を引き受けた以上やり遂げるのが仕事ですから!アーデンさんたちを送り届けたら急いで戻るので大丈夫です!」
そんな事情を聞いた俺たちは、立ち上がってリンカの後に続く。また前を歩く彼女は、今度は何度も振り返って俺たちの様子を確認しながら進んでいた。
必死にリンカの背についていくと、開けた場所に出た。そこにあったのは尖った形状の険しそうな低山、大きくて麓からでは全貌を見渡すことは出来なかった。
「はい到着です!この大岩様の麓に洞窟があって、そこから三つの遺跡に向かうことが出来ます!」
リンカは元気よくそう言った。しかし、いくら疲れていてもスルーできない言葉があって俺はそれを指摘する。
「これ山じゃないの?」
「違いますよ、大岩様はでっかい一枚岩です。ああでも山って言ってもいいのかな?詳しいことは知りません!私も聞きかじった知識なので!」
またしても元気のいい返答だった。この低山が大きな一つの巨大な岩で出来ているとは、中々想像しにくいなと俺は思った。
「リンカ、大岩様って?」
「昔からの呼び方ですね。シチテーレではこの一枚岩のことを大岩様って呼んでいるんです。護り神と呼ばれることもありますが、別に大岩様のためのお祭りがある訳でもないです。大事にされてるのかそうじゃないのか全然はっきりしてないです」
「つくづくシチテーレって国がよく分からなくなってきたわ…」
レイアはそう言って頭を抱えた。これだけ象徴的であれば信仰の一つでもありそうなものだが、実態はただ呼び名が大岩様というだけというもの。頭を抱えたくなる気持ちも分かる。
「あっはっは!まあ大岩様の麓には遺跡もあって、魔物がいる可能性もあり危険なんです。だから皆滅多なことでは近づかないんですよ」
「成る程、確かにそれは賢明ですね」
「では私はこれで!野営は自由に行って構いません、帰る時は綺麗に片付けをお願いしますね。後は帰り道で迷わないように気をつけてください」
それだけ言い残してリンカは手を振って去っていった。ここに到着するまででへとへとな俺たちと違い、まだまだ元気そうに駆けていく。信じられない体力だと苦笑いした。
「なんだってリンカはあんなに元気そうなんだ?俺はもう大分疲れが出てるぞ」
「右に同じよ。いい人だけどちょっと変よね」
「ううん。やっぱりどこか違和感があるんですよねえ…」
俺たち三人は、巨岩の前で立ち尽くしながらそんなことを話していた。
「俺様は元気があっていいと思うがな」
「それはそうだけどさ。…ってあれ?今の声誰?」
「はあ?突然何よ」
「どうしたんですかアーデンさん?」
聞き覚えのない声が聞こえてきて俺は驚き警戒する。レイアとアンジュには聞こえていないようで、二人共俺のことを不思議そうな顔で見ていた。
「おっと調整が甘かったかな、おおい俺様だよ、ここだここ」
「わっ!?何?誰の声!?」
「もしかしてアーデンさんが言っていた声ってこれのことですか!?」
ようやく二人にも声が聞こえたようで、俺たちは背中合わせになり周囲を警戒した。武器に手をかけ戦闘態勢に入る前に、謎の声は慌てた様子で言った。
「待て待て、そんな物騒なものを手に取ろうとするんじゃあない。俺様はお前たちの探し人、もとい探し竜だぜ?」
「竜?お前今竜って言ったのか?」
「その通り!でっけえ岩があるだろ?さっきの嬢ちゃんが大岩様って呼んでいた岩だ。それは俺様の体の一部さ、この土のゲノモス様のな」
俺たちは改めて巨岩に向き直った。ゲノモス、土の竜、最後の印を持つものがとてもあっさりとした形で俺たちに接触してきた。