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シチテーレの宿屋

 リンカさんに連れられて一軒の宿屋へとやってきた。こじんまりとしているが、庭先には見事な花壇があり、装飾も綺麗でいい雰囲気だった。


「ここが私の家です。で、お父さんとお母さんが二人で宿やってるんです。とっても歴史がある宿屋だって聞いたことがあります。歴史って言ってもボロを直し直し使ってるだけだと思うんですけどねえ」

「あはは…」


 どう言ったらいいのか分からず曖昧に返す。リンカさんは扉を開けて「ただいま」と大きな声で挨拶しながら入っていった。そして入っていってすぐに大声が漏れて聞こえてくる。


「リンカ!!店の玄関から入ってくんなって何度言えば分かるんだ!!」

「残念でしたー!今日はお客さんを連れてきたのでセーフでーす!」

「嘘つくんじゃあねえ!お前が客連れてくることなんかあるもんかよ」

「言ったな!?じゃあ本当に連れてきたら今日の晩ごはんは私の大好物を揃えてもらおうか!」

「上等じゃねえか!男マサキに二言はねえ!フルコースで出してやらあ!!」


 リンカさんの声も父親らしき人の声も、宿屋から会話の内容がしっかりと聞こえてくるくらいに大声だった。リンカさんが勢いよく扉を開けてずんずんと肩を怒らせ出てきた。


「さあ皆さんこちらですよ!」

「あっちょっ!」


 リンカさんは俺の腕を掴むとぐいっと引っ張った。予想以上に力強くて、そのまま引っ張られていくかたちで連れられて宿屋に入った。レイアとアンジュはその後に続く。


「ほら見なさいよ!お客さんでしょ?」

「なっ!?ま、まさか本当に連れて来るとは…。クソっ!スミレさーん!」


 リンカさんの父マサキさんは奥に引っ込んで声を張り上げる、その声もまた大きな声だった。はいはいと返事をしながらリンカさんの母親らしき人が出てきた。


「お客さんのことを頼むよ。俺はちょっと買い出しに行ってくるから」

「あら?買い出しならついさっき行ったばかりじゃない。買い忘れ?」

「いやえっと…、兎に角行ってくる!」


 マサキさんは言葉を濁して大急ぎで出て行った。なんというか慌ただしいことこの上ない。


「すみませんねお客さん。あの人頭にカーっと血が上るとあんなだけど、いつもはこんな感じじゃあないんですよ。私の名前はスミレ、出ていったのは主人のマサキ、二人でこの宿屋を切り盛りしています」

「ど、どうも…」


 あのハイテンションぶりから一転、スミレさんの語り口はとても穏やかだった。家族全員であのノリが続くのかと内心ヒヤヒヤしていたのでほっとする。


「あら、皆様は冒険者さんかしら」


 俺たちの登録タグを見たのかスミレさんがそう聞いてきた。それに俺たちが答える前にずいっとリンカさんが前に出て話す。


「あのねお母さん。今冒険者向けの宿屋が揃って改修中なの、ほら知ってるでしょ?リンドウさんの所の」

「はいはい。そうね、そう言えば大掛かりにやるって聞いたわ」

「それで残ってる宿が本当に最低限寝泊まり出来るギルドの施設だけでさ、折角シチテーレに来てくれた人にそこを紹介するのはどうかなって思って」


 リンカさんは先んじて事情を説明してくれた。それを聞いてスミレさんが困ったような顔で頬杖をついた。


「それでうちに?でも冒険者向けの宿屋じゃあないし、ギルドと提携もしていないから高くついちゃうわよ?」

「そこを何とかお願い!私の友達価格ってことに出来ない?」

「ちょっ、リンカさん。流石にそこまで無理を通してもらうのは…」


 なんとかすると言ってしまったことに負い目を感じているのか、リンカさんは無茶なことを言い出した。そこまで骨を折ってもらうのは悪いと思い、止めようとした所でスミレさんが言った。


「多分リンカがどうにかするとか言ったんでしょう。わがままに付き合わせてしまってごめんなさいね。分かりました。宿泊費の方はいただきません」

「いやそれは駄目ですよ」

「いいんですよ。ちょっと付いてきてください」


 スミレさんはそう言うと俺たちを連れて裏口から外に出た。少しだけ離れた場所に小屋が建っていた。案内されて中に入る、棚に色々な物が整然と置かれているが、その量は少なく後はスペースが広々と空いていた。


「ここは物置として使おうと思って作ったんですけど、少々大きく作りすぎまして、そんなに置くものもないので持て余していたんです。でも予備のベッドもありますし、十分な広さだと思います。冒険者の方なら色々と荷物も多いことでしょう、御三方で相部屋になってしまいますがどうです?」

「あの実は後からもう一人来る予定でして」

「ならなおさらこちらの方が広くていいかと思います。四人分のベッドを置くスペースもありますから」


 確かにスミレさんの言う通りだった。ここは広さも十分にあるし、きちんと掃除されていて清潔だ。滞在させてもらえるならこれ以上のことはない。


「だけど流石に無料で泊まらせていただくのは…」

「いえいえ寧ろ料金なんていただけませんよ。言ったでしょ?ここは物置なんです。お客さんを物置の泊めるなんてことがあったら宿屋の名折れです。でも娘の友達を滞在させるならまったく問題ありません。宿の施設も自由にお使いくださいな」


 それでもなお気が引けるなと思っているとスミレさんが更に事情を説明してくれた。


「申し訳ありませんが母屋の方に皆様をお泊めすることは出来ないんです。皆様その、やはり様相が物々しいといいますか、やはり武器防具などを身に着けておられると他のお客さんが驚いてしまいますので」


 俺はすっかりそのことを失念してしまっていた。冒険者向けの宿ではないのだから、アーティファクトなど物騒なものを持って歩いていれば恐ろしく思うのは当たり前のことだ。


 その配慮込みでスミレさんはここを紹介してくれたのだ。スミレさんたちに迷惑をかけず、かつパーソナルスペースを確保するとなればこういった場所の方が好ましいものだった。


「リンカのお友達を食事に招くのは自然でしょう?泊める場所は物置ですが、何日滞在してもらっても構いません。だって友達が遊びに来ているんですもの。ね、これなら全部解決!」


 そう言うとスミレさんは優しく微笑んだ。ここまでしてもらって断るのは逆に失礼だ、俺たちはその提案に甘えさせてもらうことにした。




「いやあなんとかなってよかったです!それじゃ私はギルドの方に戻るんで、皆さんここはご自由にお使いください!じゃっ!」


 リンカさんはそれだけ言うとさっと行ってしまった。残った俺たちは旅の荷を下ろしながら話をする。


「俺たちからすればありがたいことだらけだが、ご厚意に甘えすぎないようにな」

「そうね、でも正直言って私は本当に助かったわ」

「レイアさんはそうですよね。よかったですね、こうして無事拠点ができて」


 顔には出さないがレイアは心底ほっとしていることだろう。アンジュの言葉に俺はうんうんと頷いて同意した。


「しかしスミレさんは気配りがよく行き届いているな。野営とか冒険者向けの宿ばかり利用していたから、他のお客さんのことをすっかり忘れてたよ」

「物騒なもの持ち歩いて、時には魔物の返り血浴びて戻ってくることもあるんだから、その辺の配慮は必要よね。私もアーデンと同じよ」

「話を聞いただけでここまでしてくれるのはありがたいですね」


 そんな会話を交わしていると、母屋の方から声が聞こえてきた。そして駆け足で近づいてくる音が聞こえてきたかと思うと、扉から丁寧なノック音が響いた。


「お客、あいやリンカのお友達さん!今日の晩飯は思いがけず豪勢なものになるから食べに来てくれよ!あいつが連れてきたの客じゃあなくて友人じゃあねえかよ、リンカの分まで食っていいからな!じゃっ!」


 マサキさんはそれだけ言ってスタスタと戻っていった。何をするにも嵐のように行き過ぎる人だが、建前は弁えていたり、所作は丁寧だったりと、豪快なのか繊細なのか分からない人だ。俺たち三人はぽかんと口を開けて顔を見合わせると、可笑しくなってきてぷっと吹き出して笑った。


 気持ちの良い人たちに出会えてよかった。俺はそう思ったし、恐らく二人も同意見だろう。リンカさんには悪いけれど、今日の晩ごはんが楽しみになった。

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