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山紫水明のシチテーレ

 シチテーレに入国してすぐ、驚きのあまり言葉もなく立ち尽くした。無機質な城壁からは伺い知れないほど、その内部は緑豊かで色とりどりの花が咲き誇り、美しく澄んだ川が流れ動物や虫の声が聞こえてくる。


 まるで別世界に入り込んだような感覚だった。城壁の外も自然豊かな土地ではあったが、正直中の方は別格だ。景観の違いにも驚くが、もっと驚くのは国内の活気だった。


 自然の地形を上手に活用した道が敷かれ、開けた場所を整備した広場には屋台がずらりと並んで賑わっている。建物は木々の上や巨木のうろ、川の側や湖の上など自然の一部と同化するように建てれている。


 一見不便そうに見えるシチテーレ、しかしこれは自然の中にある大都市と言っていいと俺は思った。それほどまでに見事に発展している国だ。


「シチテーレは元々一人の農夫から興された国だそうです。自分の周りの自然を守りたいと一人城壁を積み始めた。周りの人はそんなもの作れやしないと笑った。しかし農夫は諦めることなく黙々と作業を続けた。そのうちに農夫を笑った人たちもその考えに賛同して人々が城壁づくりを手伝い始めた。やがて農夫の周りには沢山の人が集まってきて自然と共に生きる国が出来上がった。とのことです」


 立ち尽くしている俺たちにアンジュがそう解説してくれた。


「詳しいなアンジュ。シチテーレのこと知っていたのか?」

「いえ、入国する時貰ったパンフレットに書いてありました」


 アンジュの手に握られている紙を見てずるっと肩を落とした。あまりに淀みない自然な解説だったので、あらかじめ知っていたかのように思えてしまった。


「目ざといな、そんなものあったのか」

「ええ。主要な施設の案内も掲載されていますよ」

「じゃあまずは冒険者ギルドね、場所はどこ?」

「こちらです。ついてきてください」


 俺たちはパンフレットを持つアンジュの後ろについて歩き始めた。




 シチテーレはどこを見ても美しかった。これまでの旅で色々な所を見て回ったが、これほどまで美しいという感想を抱く国もない。歩いているだけで昔読んだことのあるおとぎ話の国にいるようだった。


 しかしそれがいいことばかりとは限らない。シチテーレを訪れてみなければ分からなかっただろう。


「歩きづらいっ!!疲れたっ!!迷いそうっ!!」

「うーんこれは、整備された都市の道が如何に便利だったのかを思い知りますね…」


 レイアとアンジュが大体言いたいことを言ってくれた。シチテーレは兎に角歩きにくいのだ。


 道は入り組んでいて起伏がある、木々の合間を縫うように通されているので分かりにくい、木々に高低差があるため階段を上がったり下ったりを繰り返すので、自分が今どこにいるのかをすぐに見失いそうになる。


 歩いている途中で何度も休憩出来る店を見かけた理由が分かった。休み休み進まないとここですぐに動けなくなってしまうのだろう、何軒も並んでいるのを見た時に商売になるのかと思ったが、これなら客の取り合いにもならない。


 苦労してやっとのことでついた冒険者ギルドは、他の場所にあるものと違い小規模なものだった。国の規模に見合わない小ささであり、訪れている冒険者も殆どいない。


 中に入ってみても受付に座っているのは一人だけだった。入ってきた俺たちに気がついて書類仕事の手を止める。


「こちらへどうぞ」


 受付の女性に促されるままに俺たちは対面に座った。登録タグを差し出すと驚いた様子だった。


「どうかしましたか?」


 俺がそう聞くと女性はいけないと言って頭を振った。


「すみません。1級なんて高等級の冒険者がシチテーレを訪れることが滅多にないので驚いてしまいました」


 ロックビルズでの特殊個体連続討伐により、俺たちは全員等級が上がって1級になっていた。それはいいとして気になったので聞いてみる。


「滅多にないってどういうことですか?」

「シチテーレでは冒険者に来る依頼が少ないんです。外からの魔物被害は城壁に守られているし、ここでは保有している遺跡をすべて城壁内で管理下に置いています。なので行われるのは定期的な間引きなど細々としたものでして、そのお金になるようなお仕事は…」


 その話を聞いてそれはそうかと俺は思った。あの城壁を越えられる魔物はそうはいない、そして仮に飛び越えてこれる魔物がいたとしても、城壁の上に備え付けられている弩砲に大砲、ちらりと見えただけだが弓矢と長槍で武装している兵士たちがいれば落とされてしまうだろう。


 それにしても地下遺跡すらこの城壁内にすべて収めているとは、思っている以上に大きな城壁のようだ。最初は一人から始めたというのだから驚きだ。


「あっでも前にすっごく有名な人がここに来たことがありましたね。確か先輩が興奮して熱く語っていたような」

「それってリュデル・ロールドって名前じゃない?」

「ああ!そうですそうです!確かそんな名前でした!やっぱり高等級の冒険者同士だから面識があるんですか?」

「まあ…、なんつーか。なあ?」

「腐れ縁ね」

「すごいですねえ、何かこう冒険者ならではの繋がりって感じで」


 受付の女性は楽しそうにそう語った。これまで対応してくれていた人とはちょっと感じが違う人だ、正直言って何だか軽い。俺が考えていることが伝わったのか、それとも微妙な表情をしていたのを読み取られたのか、気まずそうに話を切り出された。


「あっ、す、すみません、気安く話すぎました。実はまだまだ新人でして、先輩からもいっつも叱られてばかりで…。もし不手際がありましたらリンカという職員に駄目な対応をされたと他の職員にお伝えください。面と向かって言われるとへこむので、間接的に伝えてください改めますので」

「は、はあ」

「何か面白い人ね」

「ちょっレイアさんっ!失礼ですよ」


 レイアが言った言葉をアンジュがたしなめた。そう言えばレイアの人見知りが珍しく鳴りを潜めている、単純に人が少ないことも理由としてはありそうだが、それでもいつもより自然体だ。


「いいですよー、先輩たちからもよく言われますから。あっ、近所の人からも言われるな、リンカちゃんは面白いねって。あと元気でいいねって言われます!」

「それ褒められてるかな」

「えっ?褒められてないんですか私!?」

「悪くは言われてないと思うけど、褒められてるかは分かんない」

「そんなあ…。でも悪く言われてないならいいか!アハハっ!」


 俺は思わずふっと笑ってしまった。確かに楽しい人だ、ギルド職員はどちらかというと気安く接することの出来る人が少なかったから、リンカさんのこの距離感は新鮮だ。


「リンカさん」

「はい!ああ、ええと…、アーデンさん!何でしょう?」

「俺たち取り敢えず宿で荷を下ろそうと思っているんです。冒険者向けの宿屋、紹介お願いできますか?」

「はい!少々お待ち下さい」


 リンカさんの元気な返事が響く、これだけでちょっと元気が出るのだから彼女はギルド職員向きだと思った。面白くないこと上手く行かないことの方が多い冒険者にとって、そんな気持ちを切り替えることの出来るいい塩梅の元気さだ。


 そんなことを考えているとリンカさんがあーっと大きな声を上げた。元気なことはいいことだと思っていたくせに、流石に驚いてしまった。


「な、何ですか!?」

「す!すみません!今冒険者向けの宿が軒並み改修工事中でして、今ご紹介出来る宿が、その、すこーしグレードが下がるといいますか」

「少しくらいボロでも俺たちは大丈夫だけど」

「本当ですか?その、大部屋しかない宿屋なんですけど…」

「却下!!」


 断ろうとした俺より先にレイアが声を上げた。そりゃそうだよなとも思うけれど、前のめり過ぎるだろとも思った。


「そんなに嫌か」

「絶対嫌」

「あーっと、それならですね。冒険者向けの宿ではないのですが、色々と事情を考慮出来る宿が一つあるんですよ」

「そっち教えて!」

「分かりました。じゃあちょっと待っててください」


 リンカさんはそう言うとどこかへ行ってしまった。何だろうと俺たちが顔を見合わせて待っていると、そのうちにはリンカさんが戻ってきた。別の職員も一緒だった。


「じゃあ先輩、ここお願いします!」

「はいはい。早く案内してあげなさいな」

「じゃあ皆さん行きましょうか!」

「えっ?どこに?」

「実は私の家、宿屋やってるんです。冒険者向けの宿屋じゃないんですけど、私がなんとかしてみせるんで大丈夫です!」


 まさかの提案だった。しかしこちらが何か言う前にリンカさんはどんどんと歩いて行ってしまう、置いていかれないように取り敢えず今はその後ろを追うことにした。

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