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背中を押す風

 とうとう知った伝説の地の真実。シルフィードは話を続けた。


「双子の兄弟は命をなげうってまで秘宝の力を弱める封印を施しました。それによって秘宝の力を得ていたシェイドは大きな影響を受け、まともな生活を送ることもままならなくなったのです。そしてそれはアーティファクトも同じこと、人と人の争いは自然と収束していきました。残った魔物から身を守るためには団結するほかなかったのです」

「そうか…、そいつらは最後まで意地を貫いたんだな。世界のため、人々のために親父の不始末をなんとかしようとしたんだ」


 カイトはそう言うと寂しそうな表情でうつむいた。俺もその兄弟のことを思うと胸の奥が痛く感じる、結局彼らの奮闘は死をもってでしか争いを止めることが出来なかった。


 きっとそんな決着の付け方など望んでいなかったと俺は思う。平和を信じ、祈り、そのためにどんなことでもしてきたのだろう。それでもシェイドを止められなかったし、人々は争いを続けた。


 その時を生きていない俺が今どう思っても仕方のないことだが、どうして人は戦いをやめられなかったのだろうと考えてしまう。シェイドの暗躍は当然あっただろうが、煽られて戦いを広げていったのは間違いなく人だ。


「シルフィード、どうして兄弟はそこまでしなければならなかったんだろう?人は、俺たちは、戦うことを自分たちでやめることはできなかったのかな?」

「…どうでしょうね、もしシェイドがいなかったら、人々の手にアーティファクトが渡らなかったら、魔物生まれなかったら、どうしたってそう考えてしまうことでしょう」

「うん」

「しかし恐らくシェイドは秘宝がなくとも計画を練り、虎視眈々と機会を伺ったと思います。アーティファクトがなくとも、岩を持って殴り合っていたでしょう。魔物が生まれずとも、それに代わる敵が生まれていたかもしれません」

「それは、考えても仕方がないということ?」

「違います。過去は変えられないかもしれません、しかしもしもを考えることを止めてはなりません。囚われるのではなく、考え続けるのです。どうしたら悲劇を止めることが出来たのを考え続け、実現出来るのは今を生きるあなたたちだけなのです」


 常に穏やかな口調であったシルフィードの語気が初めて強まった。それだけ気持ちがこもっていたのだと感じたし、大事にしてほしいことなのだと受け取ることが出来た。


「兄弟が命がけで施した封印の力は完璧なものではありません。秘宝の力は完全に封じることは出来ず、シェイドも本格的に動き出しました。世界にはじわりと不穏の風が吹き始めています。殆どの人はそれに気づくこともなく、ゆっくりとです」

「そうね、見てきたし経験したから分かるわ」

「俺の存在だってその証明みたいなもんだ、俺はあいつらの企みで作り出されたからな」

「シェイドの悪意は底が知れません。悲劇を繰り返さないためにも、私たちが出来ることをしましょう」

「俺たちは秘宝の真実と歴史、命がけで大戦争を止めた兄弟のことを知った。今頃奴は闇に潜んで何か企んでいるはずだ、オーギュストさんとモニカさんが頑張ってくれている、何かあった時は俺たちも力になろう」


 俺の言葉に皆頷いて答えてくれた。今度はシェイドに俺たちの冒険の邪魔をさせやしない、伝説の地も秘宝も世界も、もう二度とシェイドの思い通りにさせてなるものか。


 多くの真実は確かにショックが大きいものだった。だけどそれを知ったことで俺たちの結束が高まり、決意は更に堅くなった。今回の冒険で皆大きく成長出来た。戦力も精神も磨かれ研ぎ澄まされたのが分かる。


「ではそろそろ皆さんを送り返すことにしましょう」

「そ、そうだ、そういやここの景色はとんでもねえなシルフィード。俺ぁ思い出したら腰が抜けそうだぜ」

「私も正直…」

「カイトさんもレイアさんもだらしないですね、しっかりしてくださいよ」

「ふっアンジーよ、小刻みに震えているのを俺は知っているぜ」


 三人のやり取りを見てシルフィードは楽しそうにくすくすと笑っていた。そんな様子を黙って見ていただけの俺に気がついたのか、シルフィードが話しかけてきた。


「アーデンは平気ですか?」

「流石に最初はビビったけどな。でも何だかちょっとワクワクするよ」

「ワクワク?」

「世界はまだまだこれだけ広いって実感出来るし、冒険する場所は沢山あるってことだろ?俺がちっぽけだって感じるほどワクワクするんだ」


 俺がそう言うとシルフィードは少し驚いた表情を浮かべた。


「どうしたの?」

「いえ、私の友人も同じことを言っていました。正確には私が聞いた言葉ではなく記憶に残されたものですが」

「シルフィードの友人って」

「あなたの父親ですよ、ブラックはあなたと同じことを言っていました。ずっと眺めていたいとも言っていましたね」

「…そっか。まあ俺はそうは言っても怖いから、父さんと違ってずっとは遠慮したいけど」

「ふふっ、同じことを言っているとは言いましたが、ブラックとアーデンは違います。確かにあなたにブラックの面影を見ることは出来ますが、父に準ずる必要はありません。あなたはあなたの冒険をしてください」


 シルフィードがそう言って微笑んだ。ちょっと照れくさい気がして、どう答えたものか分からない。俺は曖昧に微笑んで返した。


「引き止めすぎてしまいましたね。楽しいばかりの語らいではなかったと思いますが、私はあなたたちに出会えたことに感謝しています」

「それは俺たちも同じだよシルフィード」


 もう一度シルフィードは微笑むと手を振って別れを告げた。俺たちも手を振って返すと、ふっと視界が真っ暗になって気がついた時には元の場所に戻っていた。




 旅立ちの準備をする。次の竜ゲノモスを尋ねるためにシチテーレへと向かわなければならない。


 カイトはロックビルズで世話になったというリュウジンに挨拶をしてくると出ていった。レイアは宿屋の主人に頼まれて、設備に色々と手を加えている。アンジュはロックビルズを出る前にウィッンタを食べたいと最初に俺と一緒に行った店を訪れていた。


 俺はというと、旅立ちの際に必要な買い出しをエアと一緒にしていた。シルフィードが元の場所へ送り返した時、エアも一緒に来ていた。


「悪いなエア、買い物に付き合わせちゃって」

「大丈夫ッス!アーデン様たちには本当にお世話になったッス。何か恩返しがしたかったッス!」


 天真爛漫な笑顔でそう言うエア、気にしなくていいと何度か言ったのだが、そうはいかないと食い下がってきたので諦めた。エアは時々押しが強い。


「エアはシルフィードに体を貸してる時は意識ってあったのか?」

「いえ、シルフィード様と同化している時に意識はないッス。ただ感情は伝わってくるッス」

「感情?」

「悲しいとか嬉しいとか、色々複雑ッス。でも、アーデン様と会っていた時のシルフィード様は悲しそうな時もあったけれど、ずっと楽しそうだったッス!嬉しそうだったッス!」

「そっか、それならよかったのかな?」

「良かったッス!シルフィード様が嬉しいと私も嬉しいッス!」


 そう言って笑うエアの頭を俺はぽんぽんと撫でた。エアと一緒にいると、妹がいたらこんな感じだったのかなという気持ちになる。


 買い出しが終わり荷物をまとめた後、俺はエアと一緒にロックビルズの公園へと来ていた。アンジュから教わった高台の公園、風が吹いて風鳴き岩が音を奏でる。街を見下ろす絶景を眺めながら俺はエアに言った。


「俺たちはまた次の場所へ旅に出るよ。エアはどうするんだ?」

「私はまだ分からないッス。多分これからもシルフィード様のお願いを聞いたりお世話をするッス。ただ私もロックビルズからは離れると思うッス」

「ここに住まないのか?」

「シルフィード様は風ッス。世界中に吹いて回るッス。一緒には行けないけれど、私もシルフィード様を追いながら見聞を広めるッス」

「そうか。じゃあエアも俺たちと同じ冒険者だな」

「ふふっ、私じゃあまだまだッス!おっちょこちょいだし失敗ばかりッスから」

「それでいいんだよエア、誰だって始まりはそうだった。俺の父さんは偉大な冒険者とか呼ばれるけど、母さんには頭が上がらないんだ」


 それから暫く俺はエアと他愛のない会話を交わした。それはとても穏やかな時間で、優しく吹く風が奏でる風鳴き岩の音は、どこか心弾むようなリズムで楽しくなった。


 出会いからここまで色々なことがあったけれど、エアに出会えてよかったと思う。ロックビルズでの出会いと経験は俺たちを強くしてくれた。


 風が強く吹いた。風鳴き岩が一斉に音を奏でる。ロックビルズとの別れを飾るいい音色だった。

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