風のシルフィード その2
シルフィードから印を授かったレイア、これで俺たちが集めた印は三つ目、レイア、アンジュ、カイトがそれぞれに印を授かったことになる。
「印を授ける他に、あなたたちに伝えなければならないことがあります」
「鍵を見つけるたびに教えてもらっていたシェイドに関することですよね?」
「そうです。話の続きを私の口から伝えましょう」
秘宝とシェイド、そして双子の息子兄弟。シェイドは秘宝の力を悪用して戦乱を招き、世界中を戦争の渦に巻き込んだ。
一方双子の兄弟は、時間をかけて父に取り入り、その手を血で染めることも厭わず虎視眈々と父の隙を伺い続けた。そしてついには秘宝を父の手から奪い去り、世界中の平和を願うもののために秘宝を使った。
シルフィードの話が続くのなら、これでめでたしめでたしという終わりにはならないということだろう。俺たちはシェイドとその息子たちの話の続きを聞くことにした。
シェイドとその一派から切り札である秘宝を奪い取った兄弟は、父の暴虐から人々を守るために、秘宝の力を用いてシェイドが手を出せない結界を張った遺跡を作った。
その中に人々を匿い、守りとしてゴーレムを作り、人々のみならず動植物もそこで保護をした。遺跡はそこに生きる生命にとって最適な環境を整えて生かす機能が備えられており、どれだけ長い年月が流れようとも、寿命以外で死を恐れる必要はなかった。
秘宝を奪われ、殺したい人々を保護され、一時とは言え信を置いた息子たちに裏切られたシェイドは、怒りのあまりに我を忘れそうになっていた。
しかしどれだけシェイドが怒り狂おうとも、結界がある遺跡にシェイドは一切手出しが出来ない。自らの息がかかったものは絶対に通さない結界、シェイドの側近は勿論のこと、戦乱に一度でも加担したものも弾かれてしまう。
介入出来ずに手をこまねいていると、安全に暮らせると知った人々はどんどんと双子の元へと流れていった。争うことを止め武器を置き、例え自分たちは中に入れなくともと人々の希望の証としてそこに集まり営みを築くものたちも現れた。
双子はそんな武器を置いた人たちを積極的に招き入れた。仕組み上、遺跡に入れることは出来なかったが、平和のために武器を置いた人を見捨てるような真似をしなかった。
争いを渇望するシェイドにとって、これほど忌々しく邪魔なものはなかった。兄弟が人々を救ってまわることが気に食わなくてならなかった。
なのでシェイドは奥の手を出すことにした。シェイドは秘宝の力を使いながら、秘宝の研究も同時に行っていた。秘宝と同等の力を持つ複製品を作り出そうとしていたのだった。
研究の末数多の失敗作の中から、一つだけ成功といっていい物が出来上がっていた。それは秘宝を使って作られた劣化版、秘宝のように万能に願いを叶える力はなくとも、その真似事は出来るという恐ろしいものだった。
その偽秘宝を用いてシェイドはとある存在を作り出した。それは魔物、世界に満ちるマナを素体に使い、世界に生きる生物の情報を取り込み、敢えて歪められて生まれた生命。それが魔物だった。
マナを元に作られた魔物は、それまでアーティファクトでしか使用することの出来なかった特別な力、すなわち魔法を操ることが出来た。戦い、殺し、食らい、増える。ただそれだけを宿命付けられた哀れな道具だった。
シェイドが生み出したとは言え、魔物を作った力の大元は秘宝である。同じ秘宝で作られた遺跡の結界は、シェイドの介入があったとしても魔物に対して有効ではなかった。
そもそも魔物たちにはシェイドのような悪意は存在しない。生命を殺める。そう生きるよう定められ歪めて生み出されたまったく新しい生命体であり、それはシェイドの意志というよりは秘宝の力といった方が正しかった。
野に放たれた魔物は遺跡の中に入り込み、そこで保護されていた人々を蹂躙しはじめた。安全なはずの場所が脅かされた人々はまたしても絶望に打ちひしがれた。
しかし今度はただ怯えているだけではなかった。兄弟が与えた遺跡を要塞とし、ゴーレムを用いて自衛のための争いを起こすようになった。平和を願い武器を置いたものは、また武器を手に取り立ち上がった。
そうして人と魔物の戦いという図式が生まれた。しかし最初は守るための戦いだったはずが、守られていただけの自分たちも戦える力があると知った人々は次第に好戦的に変わっていった。
人と魔物の戦いは、勢力と別の勢力と魔物の戦いに移ろい、最後にはシェイドが引き起こした大戦争と同じ結果へと繋がっていった。
平和を願い人々を助けてまわっていた兄弟たちは、今度は自分の意志で戦いに臨もうとする者たちを見て悟った。自分たち二人にはこの戦いを止めることは出来ないと。
絶望と悲しみが兄弟に暗い影を落とした。自分たちのやってきたことは無駄だったのかと、虚しい慟哭が空に響いた。
「兄弟はその後、要塞と化し戦争の拠点となった遺跡を地下深くに埋めました。できるだけ多くの魔物を道連れにして、人々がまた穏やかに暮らしていけるようにと」
「だから遺跡は地下にあるんだな」
「そうです。遺跡でアーティファクトが見つかるのはその時の名残、大戦争で使われた武器も遺跡と一緒に地下に葬ったのです。争いを起こすことのないようにと兄弟が願ってのことです」
地下遺跡、魔物、過剰なまでの力を持つアーティファクト、やっと色々と繋がってきた気がしたが、俺はあることを思い出した。
「ちょっと待ってくれシルフィード。俺は風の鍵を取り込んだ魔物から、自分たちはアーティファクト同然で、死ぬと秘宝に返ってまた魔物として生まれてくるって聞いたんだけど、これは真実じゃあないってことか?」
「概ね正しいといったところでしょうか。魔物は確かにアーティファクトに近しい存在ですが、それよりも新しい生命体という方が正しいでしょう。そして魔物の再生を繰り返すのは、元の秘宝より劣化した複製品の秘宝です。しかし劣化しているとはいえ機能は秘宝とほぼ変わりません。間違うのも無理はないかと」
武人トカゲが言っていたことは部分的に当たっていたということか、そもそも俺たちは本物の秘宝を見たこともない、偽物とはいえ秘宝から再生される魔物の方が秘宝に近しい存在だ。情報が断片的であってもおかしくはない。
「しかし魔物がそんな話をしたとは驚きです。シェイドは魔物にまともな知能を与えませんでした。意図的にそう作ったのですから」
「どうしてそんなことを?」
「魔物に人を殺させすぎないようにするためです。シェイドは人を争わせることを目的としています。魔物は確かに強い個体もいますが、所詮強いというだけ。人はそこから学び、技を盗み、数を揃え打ち倒す。この状況は思惑通りなのです」
どこまでも醜悪なやつだと改めて思った。俺の隣にいたアンジュが暗い空気を変えようと質問した。
「その魔物は知能が呼び起こされたと表現していました。もしかしてそれは、人の記憶や情報のことでしょうか?」
アンジュがそう聞くとシルフィードが頷いた。
「恐らくそうでしょう。元になった人間の記憶と秘宝の情報が結びついたのです。とても特殊な例なので一時的なものでしょう」
「確かにあいつ妙に人間くさい性格だったわ、そう聞くと納得ね」
レイアの言葉に俺は同意して頷いた。あの卓越した剣技も、元になった人物のものだったのだろう。
「なあ俺もちょっと聞いていいか?」
カイトが手を上げてシルフィードに言った。こくりと頷いたのを見てカイトは質問をする。
「その兄弟、その後どうしたんだ?遺跡やアーティファクトを埋めたのはいいけど、その程度でシェイドが止まるか?」
「双子の兄弟はその後、秘宝の力を使ってある場所を作りだしました。秘宝を封印し、誰の手にも渡らぬようにするための場所です。そしてその地と世界を守る四体の竜を作りました。最後に二人は自らの命を捧げ、秘宝の力を封印する結界となったのです」
シルフィードの言葉に俺たちは皆息を呑んだ。秘宝がある場所、それを守る四体の竜、それから導き出される答えは決まりきっているからだ。
「それが…伝説の地…」
「そうです。私たち竜が守る場所、そして求めるものを導く場所でもあります。あなたたちが目指す秘宝が眠る伝説の地です」
とうとう話の核心に触れた俺たちは言葉もなく立ち尽くしていた。目指している場所にまつわる真実や出来事、巨悪がそこを狙う理由、様々な思いが複雑に絡み合って俺たちの心に渦巻いていた。