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風のシルフィード その1

 最後の鍵の欠片を無事手に入れた俺たちは、集めていた二つの欠片と合わせて風の鍵をとうとう完成させた。


 完成させた翡翠色の鍵を俺はエアに手渡した。


「ありがとうございますッス!無事鍵を取り戻せたのはアーデン様たちのお陰ッス!」

「もう落としたりするなよ?」

「はいッス!約束ッス!」


 涙ぐむエアの頭を俺はぽんぽんと優しくなでた。本格的に泣き出してしまったエアをアンジュが涙と顔を拭いて慰めてくれた。


「エアちゃん責任感じてたからな」

「暫くそっとしておきましょうか、アンジュに任せておけば大丈夫でしょ」


 俺たちはそう決めて部屋を出ることにした。アンジュに声をかけようかと思ったが、気にしないでくれというように手で制されたのでそのまま任せた。アンジュは子どもの面倒を見ることに慣れているので、俺も頷いて返した。


 三人で階段を下りると宿屋の主人に声をかけられた。声をかけられた相手はレイアで、親しげに話す様子を見て俺とカイトは驚いて顔を見合わせた。


「レイアちゃんに見てもらった加熱装置すっかり調子がいいよ。技術屋に見せたら自分のやれることがないって驚いてたよ」

「お役に立ててよかったです」

「本当に大助かりだったよ。感謝しきれないくらいだ」

「いいえ。私も発明のヒントをもらったし、紹介してくれたお店の商品の質もよくて助かっちゃいました」


 和気あいあいと話し込んだ後レイアは軽く手を振ってから戻ってきた。驚く俺たちの表情を見て怪訝そうに聞いてくる。


「何よその変な顔」

「いや、レイアがあんなに打ち解けてるの見たらこんな顔にもなるだろ」

「お嬢もすっかり社交的になって…、俺ぁこの感動を今すぐ叫びたいぜ」

「バカにしてるでしょあんたたち!」


 怒るレイアをなだめてから俺たちは広間に用意されている椅子に座った。そして俺は机の上に手記を広げる、記載の増えたページを三人で覗き込んだ。




 それで最後の手がかりか、後はシルフィードに会うだけだな。今回の冒険も波乱万丈だったか?聞きたいのに聞けないってのはもどかしいな。


 父さんの冒険にも色々なことがあった。ここには書ききれないほど沢山のことがな。出会いも別れもいっぱいあった。悲しいこともな。


 でも俺は冒険をやめたいと思ったことはなかったさ、胸躍る場所が世界には沢山ある。俺はそれを全部見て全部感じてみたいと思っていたよ。お前も、お前の仲間たちにもそんな夢あふれる冒険をしてもらいたいものだ。


 だがまあ伝説の地を目指している以上そうも言っていられないことが起こるだろう。決断を迫られることもあるかもな、そんな時は一番悔いがないと思える選択をするんだ。それがどんなに危険でもな。


 おっとシルフィードと会う話だったな、悪い。ニンフの時も驚いたかもしれんが、シルフィードはもっと驚くかもな。俺は正直ずっとそうしていたいってくらい心地よかった。


 後は会ってみてのお楽しみだな。またな。




 俺たちが手記を読み終えた頃、アンジュがエアを連れて下りてきた。エアに大丈夫かと尋ねると鼻をすすりながら大丈夫と答えた。


「シルフィード様の所へご案内するッス。ついてきてくださいッス」


 エアはそう言うと何の変哲もないロックビルズの広場へと俺たちを案内した。サラマンドラの石祠や、ニンフの大海原のような分かりやすい目安はどこにもない。


「なあエア、本当にここでいいのか?」

「はいッス。というより鍵さえあれば本当はどこでもいいッス。でも室内とかだと迷惑かけちゃうんで、こうしてちょっと開けた場所が丁度いいッス」


 迷惑という単語に引っかかったが、俺たちに何か出来る訳でもないので後はエアに任せた。


 エアは風の鍵を空に掲げた。するとぶわっと風が吹いた。ロックビルズではそんなに珍しくない強さの風だったが、その動き方が妙だった。


 風は鍵の周りに集まってきて渦をまいて吹いている、エアは風が十分に集まってきたタイミングで空に掲げた鍵をくるりと回した。


 すると鍵にまとわりついていた風が一気に開放されて俺たちを包みこんだ。目も開けていられない、立ってもいられないくらいの強風の中に閉じ込められて、俺たちは互いの体を支え合っていた。


 エアだけは直立したまま平然としていた。危ないと声をかけてみても強風にかき消されて届かなかった。一際強い風が吹いて俺は思わず目を覆った。




 さっきまで吹いていた強風が嘘のように止み、俺たちは目を開けた。そして全員驚きの声を上げて腰を抜かした。


「こりゃ何だ!?」

「う、浮いている!?」


 俺たちの下に広がっていたのは空の上から見下ろす世界、しかも目まぐるしく景色は移り変わり雲がどんどんと流れていく。立ち止まっているのに景色がすごい勢いで動いていくのが少し怖かった。


 下の景色に目を奪われていた俺たちが顔を上げると、エアの背後に美しい姿をした竜がいた。


 翡翠色のしなやかな体、全身に生えている透き通る金色のたてがみは風になびいてキラキラと輝く、蝶の翅に似た大きな翼は見る角度で様々な色に変わって見え宝石のようだ。シルフィードはただ悠然と美しくそこにいた。


「こうして直接話をするのは初めてですね」


 エアが口を開いてそう言った。一瞬何をと思ったが、すぐにそれがエアではなくシルフィードだと分かった。


「この子の不始末に付き合わせてしまい申し訳ありませんでした。そして解決していただいたことに感謝いたします」

「それはもう済んだことだから」

「私の跡を継がせるために作った子なのですが、少々お転婆な性格で困ってしまいます。しかしそれもこの子の個性というもの、できるだけ慈しんであげたいのです」

「跡を継がせる?他の竜からそんな話聞いたことないけど」


 レイアの言葉にエア、いやシルフィードが頷いた。


「他の竜は代替わりを必要としませんが、風を司る私だけは事情が違うのです。世界には常に新しい風を吹かせ続けなければいけません。そうしなければ空気は淀み、風は汚れて世界を停滞させてしまいます」

「それで代替わりを?」

「そうです。眷属を作ることの出来るのは竜の中でも私だけ。眷属は人の営みの中で育み世界を知り、やがて風となり次代の私になるのです」

「そんな事情があったんだな。ニンフにはそんなのいなかったもんな」


 カイトがそう言うのにつられて俺たちもうんうんと頷いた。エアと出会った時には大層驚いたものだった。でもと思い俺は言った。


「エアはいい子ですよ」

「そう言ってもらえて私も嬉しいです。この子は私の分身のようなものですから」


 シルフィードはそう言って微笑んだ。エアの顔と体を借りていても、やはり物腰落ち着いた大人な雰囲気を漂わせている。


「さて、皆様との語らいはとても楽しく魅力的ですが、そればかりに時間を割いてもいられません。まずは私の印を授けましょう。レイア、こちらへ」

「えっ?私?」


 シルフィードに呼ばれたレイアは一歩前に進み出た。


「ええ私が司る勇気の印はあなたに相応しい。あなたは世界にまったく新しい風を、革新をもたらす可能性を秘めた存在、それは時に破壊や死を招くこともあるでしょう」

「それって、もしかして私の発明品のこと?」

「そうです。先のことを誰も知ることは叶いませんが、あなたの持つ類まれなる技術と知識は世界を一変させる風を吹かせる可能性があります。あなたの志は気高く素晴らしい、しかしそれは勇気ある決断を迫られる未来が待っているかもしれません。あなたはそれでも歩みを止めることはないのでしょう?」


 シルフィードからの問いかけにレイアは暫し黙って考え込んでいた。どう答えるのか気になって俺はレイアの顔を覗き込んだ。


 遠い目をしているような、かといって目の前のこともしっかりと見据えているような、そんな不思議な表情をしていた。


「何よ?アーデン」

「いや、答えに詰まるなんてらしくないなって思って」

「…確かにアーデンの言う通りかもね。ねえシルフィード」


 レイアはもう一歩シルフィードに歩み寄る、そして問いかけの答えを告げた。


「私が持つ技術がどう未来に影響するのかを考えない訳じゃないわ。でも私はそれでも私の夢を諦めない。あなたの言う通り私は私の信じた道を行くわ。勇気をもって、平和になることを願い、愛を胸に抱いてね」

「その心を決して忘れないでください。さあ右手を前へ」


 レイアが差し出した手をシルフィードが取った。翼をはばたかせると優しい風が吹いた。それはレイアの右手にそっと降り立つと、右手の甲に竜と風を象った緑色に輝く文様が浮かび上がった。


 シルフィードから印を授かったレイアはぐっと拳を握りしめてから前を向いた。覚悟と決意を秘めたその横顔は、レイアらしいと感じると同時に美しいとも俺は思った。

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