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VS.魔石ゴーレム

 アンジュもまた他の仲間と別れ一人迷宮を進む。いつも一緒にいる仲間たちと離れることは心細かったが、それとは別の思いもあった。


 それは自分が本当に成長出来たのか試すことが出来るというものだった。サラマンドラとの対話と、見せられた心象風景によって原点へ立ち返り、改めて戦う意思を固めた今の自分がどこまで通用するか、それを知ることが出来ると思った。


 扉を開けて部屋へと入る。アンジュが戦うべきゴーレムはその先にいた。




「ここは一体…?」


 その一室の異様な光景にアンジュは思わず声が出た。地面や壁から魔石の結晶が生えている、アンジュが歩を進めるたびに足元の魔石が反応して色づき光る。


 魔石鉱でもない場所にこれだけ多くの魔石が生成されることはありえない、アンジュは杖を構え辺りを見渡した。


 すると壁の魔石がぐぐっと動いた。ほぼ一体化していて壁から生えている物の一部かとアンジュは思っていたが、動き出したそれは見間違うはずもない魔物だった。


「ゴーレムですね。それもまさか魔石で構成されたゴーレムとは、贅沢極まりない体ですね」


 動き出した魔石ゴーレムに向かってアンジュは軽口を叩く、しかしその心の内は焦っていた。魔石の種類は様々ある、そのどれもが魔法に関するものだった。魔法使いのアンジュにとって不利なこと極まりない。


「でもまあ泣き言言ってもいられません。気合入れて頭使いましょうかっ!」


 魔石ゴーレムと対峙したアンジュは無理やり口角を上げた。笑って困難に立ち向かう、これこそ冒険者だ。




 魔石ゴーレムの動きは鈍い、魔石で構成された体は重量がある。腕を振り下ろす攻撃も、威力はあっても簡単に避けることが出来た。


『炎弾ッ!』


 アンジュは試しに一発魔法を撃ち込んでみる。見ただけで魔石の性質は分からない、ブーストは使わず初級魔法で様子を見た。


 しかしそれは裏目に出た。魔石ゴーレムの胴体にぶつかった炎弾は勢いと威力を増してアンジュに跳ね返ってきた。アンジュは咄嗟に杖を掲げた。


『魔障壁ッ!!』


 魔法をから身を守る中級魔法を展開する、防御が間に合ってダメージはなかったが障壁は一撃で割れた。アンジュの想定より跳ね返ってきた魔法の威力は高くなっていた。


 反射石という魔石がある、魔力をもつものを遮断して跳ね返す性質を持つ。魔石ゴーレムの胴体を構成しているのはその魔石だった。


 だがアンジュはより冷静な目で観察をしていた。跳ね返した魔法からこぼれ落ちたマナを、ゴーレムの腕や足になっている魔石が吸収していた。それがただ魔力を溜め込むだけのもので済めば問題ないのだが、魔石ゴーレムは腕をアンジュに差し向けた。


 魔石で出来た指先からパリッと火花が走る、障壁魔法の準備をかなぐり捨ててアンジュは急いでその場から体を投げ出すようにように跳んだ。着地は上手くいかずアンジュは地面に倒れ込み鼻を打ったが、それだけで済んだのは幸いだった。


 先ほどまでアンジュがいた場所は燃え盛る火炎に包まれていた。咄嗟の障壁では防ぎきれず、その場からすぐに離れていなければアンジュはその火で焼かれていただろう。


 魔石ゴーレムの腕はまた別の魔石で構成されている、アンジュはそれを吸魔石だと見ていた。吸魔石は許容量の上限はあれど魔法を完全に吸収出来る、それを放出することも出来るが、本来は吸収量より多く放出はされないし、本来の魔法より威力は減衰する。


 しかし魔石ゴーレムが放った魔法は吸収した魔法よりも更に威力が上がっていた。上級魔法並の威力だとアンジュは見ていた。魔石ゴーレムを構成している魔石の質が高いというよりも、ゴーレムが手に入れた特異性によるものだろうと予測した。


 胴体で受けた魔法は反射石で跳ね返す。腕や足の吸魔石で魔法を吸収、それを指先から威力を増幅して放つ。対魔法使い相手を想定するならばこれ以上のものはないという完成度の高さだった。


「…これは本当に、どちらかと言えばカイトさん向けですね」


 アンジュは心の内でそう思った。カイトならば殴って砕いて終わっていただろう、膂力の高さも勿論のことだが、魔石はそれほど硬度がある訳ではない。むしろ普通の石などと比べてもろいくらいだった。


「ふふっ」


 魔法使いのアンジュにとって最悪の相性のゴーレムだった。しかしアンジュは不敵に笑った。


「カイトさんのお陰でいいこと思いついてしまいました。上手くいきますようにっ!」


 アンジュはそう言うと前に駆け出した。普段はめったに前に出たりはしないが、思いついた作戦を成功させるためにも今はただ前へと走った。




 前に出てきたアンジュに合わせて魔石ゴーレムは腕を振り下ろす。魔法を使えない魔法使い相手であれば、魔石の性質を利用するまでもない、押しつぶしてやればそれで済む話だった。


 ただしアンジュの狙いはその行動だった。振り下ろされる腕の攻撃に合わせて杖を向けた。


『衝風波ッ!』


 杖の先から衝撃を伴う突風が起こる、魔法である以上腕に吸収されるのだが、衝撃を打ち消せる訳ではない。魔法を吸収した腕は衝撃で上に跳ね上げられた。


 次にアンジュは魔石ゴーレムの足元に向けて杖を向けた。


『破砕岩挟ッ!』


 武人トカゲを拘束した時は片足だった。しかし今度は上級魔法で地面は魔石ゴーレムの両足を挟み込めるほどにばっくりと割れる、そして強固に足を挟み込んだ。


 これも魔法である以上吸収されてしまう、だが足に刺さって食い込む岩石の拘束は、魔力を失い脆くなっていてもそう簡単に解くことは出来なかった。


 アンジュは肉弾戦の経験値は少ない、魔石ゴーレムの一撃を食らえば大ダメージは避けられない。そのリスクを取ってまで前にでたのはこの大きな隙を生み出すためだった。


 アーデンにカイト、常に前に出て魔物の攻撃を引き付けてきた二人をアンジュは後ろで見てきた。アーデンは敵の攻撃を跳ね返したり、拘束を用いて器用に防いでいた。カイトは頑強な肉体と圧倒的な膂力により攻撃を受け止めてきた。


 二人の動きはずっと見てきて頭に入っていた。アンジュは二人への感謝を胸に抱き、最後の大詰めの仕込みを始める。


『火炎弾』『氷結弾』『雷撃弾』『岩塊弾』


 次々に中級攻撃魔法を繰り出すアンジュ、多属性の連続詠唱だけでも離れ業だ。しかし魔石ゴーレムにはすべて通用しない。


 それを承知の上でアンジュは胴体目がけてそれらの魔法を放ち続けた。当然反射石によって攻撃魔法は反射されてしまう。しかも威力は撃ち込んだ魔法以上のものとなる。しかし魔石ゴーレムは信じられないものを目にしていた。


 反射された攻撃魔法をアンジュの杖が吸収していた。アンジュは敢えて自分の攻撃魔法を増幅させ反射させていた。杖に吸収された攻撃魔法は、アンジュの右腕にどんどんと蓄積されていった。


 魔法が蓄積されていくほど、アンジュの右腕は紺碧に輝いた。それは蓄えられたマナの反応色。普通の人間であればこれだけ過剰な量のマナが体内に蓄積されると、マナは暴走しエネルギーが行き場を失って肉体を食い破り破裂してしまう。


 しかしアンジュならば話は違う。アンジュは生まれながらにして膨大な魔力を許容できる肉体があった。マナを操る天性の素質があった。属性や性質の違う魔法が混ざってしまっても、相反することなく制御しきっていた。


 この才能のせいで親友に一生癒えない怪我を負わせてしまった。自らの心にも大きな傷跡が残った。力を呪ったことは数え切れないほどだった。


 だけどアンジュは変わった。テオドール教授の教えと大学で積み重ねた研鑽の日々、アーデンとレイアそしてカイトと出会って繰り広げた冒険の数々。様々な経験が彼女の背を押し、夢と仲間が彼女を支えた。


 すでに花開いていたアンジュの才能は更に大きく飛躍する、新たな固有魔法を完成させたアンジュは、紺碧に輝く手で魔石ゴーレムの胴体に触れた。


「合図が来たのでさよならです。ふふっ動けないでしょう?これだけの高濃度、高密度のマナは魔石の体を持つあなたにとって猛毒のようなものですから」


 反射も吸収もまるで意味をなさなかった。魔石ゴーレムの体は、許容量を越えたマナがアンジュの腕から流れ込み、シュウシュウと音を立て溶け始めていた。


「新しい魔法の名はキャプチャ、世界にあまねく存在するマナを吸収します。本来直接魔法を吸い込み無効化することは出来ませんが、今回は自分が発動した魔法を反射されただけですから上手くいきました。おまけに増幅までしてくれて助かりましたよ」


 アンジュは手を押し当てながら話を続ける。


「そして吸収したマナは私の腕に蓄積されていく、反射された上級魔法並のマナをたっぷりと溜め込みました。後はどうするか、お分かりですね?」


 紺碧に輝く腕にキラキラと瞬く光の粒が浮かび上がってきた。それは星空のように見えた。粒が渦巻き始め腕の輝きは徐々に手のひらへ収束していった。


『リリース』


 渦巻く光の粒を伴い手のひらから放たれた光線、吸収したマナを腕に溜め込み放出して攻撃に転用する。キャプチャとリリース。アンジュの持ち前の才能を最大限に活用した新たな固有魔法だった。


 光線に焼き尽くされ魔石ゴーレムは跡形もなく消し飛んだ。勝利を収めたアンジュはよしと小さく拳を握りしめ喜びを表した。

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