それぞれの戦い
アーデンたち一行がそれぞれの力を高めている時、冒険者ギルドはト・ナイ遺跡の特殊個体魔物の調査に乗り出していた。
調査は細心の注意を払い実行された。そして多くの情報を持ちかえることに成功する。しかしそこで判明した事実は奇妙なものだった。
冒険者ギルドは調査結果をまとめるとアーデンたちを呼び出した。特殊個体の討伐は彼らの仕事だった。得られた情報を提供し早々に魔物を排除してもらわなければならない、特にト・ナイ遺跡の事情は切羽詰まるものだった。
俺たちは集まってギルドが集めた情報を聞いていた。この場に参加させるのは迷ったがエアも同席させた。そして衝撃的な報告を受ける。
「特殊個体が四匹も出現したんですか?」
「ええ、確認が取れました。遺跡にいる特殊個体は四匹です」
特殊個体が同時に四匹も出現という異例も驚きだったが、それ以上におかしな事実がある。しかしそれは俺たちしか知らない事情でもあった。俺がエアに視線を送ると、エアは分からないというように頭を振って返した。
「私は魔物に詳しくないのですが、そもそも特殊個体が一斉に発生することなんてありえるんですか?」
アンジュの質問にギルド職員も困った様子で答えた。
「いえとても珍しいケースです。他に例があるかも怪しいですね、初観測かもしれません」
「魔物の種類は?」
「すべてゴーレムです。そしてゴーレムの特殊個体化も珍しいことです。そもそもゴーレムがすでに特殊な魔物ですから」
「レアケースだらけってことか…」
俺とカイトが魔物の種類を確認する。ゴーレムの特殊個体化は確かに聞いたことがなかった。もう一人のエアから聞いた話では、ゴーレムは防衛装置だと聞いた。エアからもう少し詳しく話を聞く必要がありそうだ。
「ト・ナイ遺跡の特殊個体ゴーレム討伐の依頼をギルドから正式に発せさせていただきます。ただちに受理していただき討伐に当たっていただきたい。討伐されるまでト・ナイ遺跡は閉鎖されます。長引けば影響が出ます。討伐は迅速にお願いします」
「分かりました。お任せください」
自分たちに依頼を受けさせてほしいと散々主張した手前、ここで弱気なことは言えないし言わない。ただギルド側からの期待と重圧はひしひしと伝わってきた。
「もしあなたたちで討伐が叶わないのであれば、撤退してすぐ報告してください。しかし出来るだけの情報はお持ち帰りください、そうなれば人を集めねばなりませんので」
最後にこう伝えられて会合は終わった。ギルドとしてもこの異常事態を早々に解決したいという気持ちがあるのだろう、特殊個体の四匹同時発生、それも魔物の種類がゴーレムときたら気が気でいられないはずだ。
討伐隊を編成する前に俺たちに依頼を任せてくれただけで破格のものだろう。積み重ねてきた実績が意外なところで役に立った。
ト・ナイ遺跡へと行く道すがら、もう一人のエアに変わってもらって話を聞いた。
「ゴーレムは確かに防衛装置として作られましたが、長い時が経ち守るものがいなくなり、その機能は本来の目的から逸れてしまいました。今では遺跡にはびこるものなら魔物だろうと人だろうと構わず排除する存在です。それは魔物と変わりません」
「じゃあ特殊個体化することはありえるってこと?」
「そもそもその名称自体も人の都合でつけられたものですから、私からしてみると結果としてそう変化したという問題にしか思えません」
「あー、それは確かにそうよね。特殊個体の名称だって後々決めるし」
「しかしゴーレムですか…」
「何か気になるのか?」
考えこむエアにカイトが聞いた。暫しあごに手をおいて思考を巡らせた後エアが口を開いた。
「ゴーレムが鍵を取り込んだとは思えません。それに欠片はあと一つで、それを破壊して分け合うということは不可能です。何かがおかしいです」
「確かにそうですね。仮にゴーレムの体を構成する何かに混ざったとしても、それが四匹というのは不自然です」
「アンジュ様のおっしゃる通りです。これはもっと調査が必要かもしれません」
話し合った結果、俺たちは遺跡にたどり着いた後ゴーレムは避けて原因の調査をすることに決めた。ゴーレムの特殊個体化にどう鍵が関係しているのか、それを調べることが出来るのは俺たちだけだ。
ト・ナイ遺跡内部は驚くほど静かであった。というのも魔物の気配が一切ない、俺がどれだけ集中しても生物の気配はまったく感じなかった。
「魔物がいなかったなんて報告はなかったよな?」
「うん。…ってちょっと待ってアーデン、あれ見てあれ」
レイアは見つけた何かに駆け寄った。それはぐちゃぐちゃに潰されて原型をとどめていない魔物の死体だった。念入りにすり潰されていてそれが何の魔物だったのかさえ分からない。地面には血がべったりとついている。
「これまだ新しいわよね?血も乾いてないし」
「本当だ。殺されてそう時間が経ってないな」
「ということはこいつらを殺して回ってる奴がいるってこった」
「だけどここは今ギルドによって閉鎖されています。ということは答えは絞られます」
「ゴーレムだな。それ以外ありえない」
恐らく遺跡内をゴーレムが徘徊して、魔物を殺して回っている。再度湧いてもすぐに潰されてしまうのだろう。冒険者が中に入れない今魔物を排除する存在はゴーレム以外にいない。
だから魔物の気配がなかったのだ。遺跡内が静かなのも、ここにいる魔物がゴーレム以外にいないからだ。動けば地響きくらいは聞こえてくるだろうが、それもないということは今は動きを止めているのだろう。
「アー坊よ、俺たちが遺跡に入り込んだこたぁ奴さんすでに気づいてるかもしれんぜ?」
「分かってる。急いで遺跡の奥に行こう、あてが外れなければそこに何かいるはずだ」
今までの通りであれば最奥に何かがあるはずだ、そうでなくともここで立ち止まっているより安全だろう。ゴーレムの出方が分からない以上、こちらから何か行動を起こすのはリスクがある。
地図を頼りに最奥の部屋に進んだ。道中に魔物の姿はない、痕跡はそこかしこに残っていたがそれだけだった。扉を開けて先にカイトが部屋の中に入る。
「どうですかカイトさん?」
「魔物は見えねえな。アー坊はどうだ?」
「微かだけど奥から気配がする。ただ何か弱々しいな」
魔物なのは間違いないがどうも気配が薄い、まるで瀕死の状態のようだ。警戒は怠らず奥へと進むとその魔物はいた。
「なんだこりゃ?」
「スライム…よね?」
レイアがそう訝しむのも無理はなかった。外見はスライムによく似ているのだが、ドロっと溶けてしまっている。溶けたスライムというのもいることにはいるが、これはその手の魔物とは違う気がする。
「あっ!皆さん見てください」
アンジュが声を上げて指さした。その先にはスライムの中に取り込まれた風の鍵の一部があった。
「取り込んだのはこいつだったのか」
「だけどそれならこのスライムが特殊個体化するはずでしょ?このスライムとてもそうは見えないけど…」
スライムからは今にも鍵が奪い取れそうだった。試しに俺が手を伸ばすと、エアがそれを止めた。
「アーデン様、待ってくださいッス」
「どうしたエア?」
「今シルフィード様からのお言葉が届いたッス。そのスライムにまだ触っちゃ駄目ッス」
「シルフィードが?」
今まで竜からの横槍は入ったことがない、よほど緊急なのかシルフィードからの言葉が続いているらしい、エアは額を手で抑えて声を聞きながら喋った。
「えっと、そのスライムは…、鍵を取り込んで特殊個体化したッス。それで…、体に入れた力は、何かに寄生して存在を乗っ取る力で、自ら体を四つに分けたッス。その分体は遺跡のゴーレムを乗っ取って支配し…、遺跡から自ら以外の魔物を排除するのに使っているらしいッス」
「ゴーレムは特殊個体化した訳じゃあなくて、特殊個体化した寄生スライムに乗っ取られたってことか」
「同時に出現した理由にもなるわね」
「でもどうして今こいつを触っちゃならねえんだ?」
カイトの言葉に皆が頷いた。エアはまだ頭を抑えて話を続ける。
「今…そいつはゴーレムの防衛機能を、ええと完全に支配下においているッス。だからそれを触った瞬間ゴーレムが動きだすッス。えっ!?し、しかも、四匹のゴーレムだけじゃあなく遺跡内のすべてのゴーレムを動かす可能性があるッス!それらを一斉に操って遺跡を破壊して私たちを生き埋めに出来るッス!」
えげつないが理にかなっている。俺たちは瓦礫に埋もれて死んだとしても、軟体のスライムは少しの隙間があれば生きて出てこられるだろう。
「それを解決するには四匹のゴーレムの核を同時に破壊する必要があるッス。どれか一匹ずつでは寄生スライムに再生されるッス。だけど寄生スライムの体の大部分はそちらに移っているので、同時に排除すれば寄生スライムも死ぬッス」
「同時って…」
「まとめて倒す必要があんのか?」
「いえ、地図によるとこの遺跡に四匹のゴーレムを一所に集めて、なおかつ満足に戦えるような広い場所はありません」
「つまり、俺たち全員一対一で戦うしかないってことか…」
俺たちは互いの顔を見合わせると視線を送りあった。皆の覚悟をそれぞれに感じ取ることが出来る。それから俺たちは一度遺跡から出て作戦を練ることにした。
対ゴーレム戦、それぞれの戦いが始まろうとしていた。