新たな力
アーデンは改めてファンタジアロッドと向き合っていた。一度その姿形を捨てさせ、新しく自分のアーティファクトを一から作り直さなければならない。もう元の形には戻せない上、ファンタジアロッドよりも弱体化してしまう可能性もある。
それでもアーデンは決意した。エアの話の通りファンタジアロッドが自分の分身となりえるならば、すべてを受けれ入れて新しい姿へと生まれ変わらせることは自分の役目であると思っていた。
「では準備はいいですか?」
「ああ。…って言うかエアが何かするの?」
「お手伝いです。私眷属ですから、存在が近しいものなのでどうすればいいのか本能的に分かります」
「そりゃ頼もしい。頼んでいいかな」
「勿論です」
エアはアーデンの持つファンタジアロッドに手をかざした。人差し指を立て、印から竜を呼び出した時と同じ仕草をした。アーデンがその様子を固唾をのんで見守っていると、ファンタジアロッドがぽおっと光を放ち始め、その光はどんどんと大きくなっていった。
アーデンの肩にそっと手を置いた後、エアは後ずさりしてその場から離れた。そして少し遠くから声をかける。
「これから起こることは私にも予測がつきません。そしてそこに付いていくことも出来ません。申し訳ありませんが、後はアーデン様次第です」
すでに光に包まれて視界が白んでおり、エアの姿がアーデンにはまったく見えなくなっていた。アーデンはできるだけ声を張り上げた。
「大丈夫!ありがとうなエア!ここからは俺がやってみるよ!」
「ご武運をお祈りしています」
小さなエアの声、それがぎりぎり耳に届いた所でアーデンは光の中に飲み込まれた。外から見ていたエアはその光が収縮して消えていくさまを見届けると、不安な心を隠すように瞳を閉じた。
目を開けていられない光の中にいたアーデンは、やがてそれが収まりもう目を開けても大丈夫だと気がつく、ゆっくりと目を開くとそこは真っ白な世界だった。
確かに立っているはずなのに足が地面を捉えていない、浮いてもいないのに体が宙に浮いているような感覚がした。聞かなくとも別世界に飛ばされたのだと認識出来た。
「さてと、ここからどうすればいいんだ?」
真っ白な世界の中で一人になったアーデンは取り敢えず前に進み始めた。立ち止まっていては何も始まらない、まずは行動あるのみだと何もない白の中を進む。
暫く歩き続けても風景に変化はない、不安にかられたアーデンだったがそれでも歩みを止めなかった。その不安をかき消すために仲間のことを考えた。
レイア、幼馴染で物心ついた時からずっと一緒にいた。趣味嗜好はまるでかぶらない、興味を向けるものも違っていた。それでも二人は馬が合った。一緒に遊んで、喧嘩して、怒られて、泣いて、仲直りして、夢を語り合った。
アーデンにとって無二の親友といってよかった。かけがえのない存在だった。冒険の旅についてきてくれると言ってくれた時は嬉しかった。様々な発明品で助けてくれる頼もしい仲間だ、そんな彼女を守りたいとアーデンは思った。
アンジュ、サンデレ魔法大学校で出会った魔法使い。博識で努力家、豊富な知識と発想力で冒険を助けてきた。類まれな魔法の才能は数々の戦いで重要な役割を果たした。
幼い頃に負った心の傷は深く大きい、親友の未来を奪ってしまった恐怖、魔法を使うたびに蘇るトラウマ、それでもアンジュはアーデンたちと一緒に行きたいと言ってそれらと向き合った。その心は仲間の中で誰よりも強い、頑張り過ぎてしまう彼女を支えたいとアーデンは思った。
カイト、シーアライドで共に戦った仲間。豪快で屈託のない笑顔で皆を元気づけ、屈強な肉体を時に武器に、時に皆を守る盾として、仲間の中で誰よりも危険の前に身をさらしてきた。
グリム・オーダーに作られた人造人間。過酷な改造を繰り返し施され、人の形をしたアーティファクトという兵器として生み出された。無常にも実験動物として生かされ、カイトを作り上げたヴィクター博士が命と引換えに人として生きる道に送り出した。数奇な運命にも負けず人としての生を求める彼の隣に立ちたいとアーデンは思った。
仲間たちのことを思うと不安はなくなった。それどころか何もない白い空間の中で心強くなってきていた。アーデンの足取りからいつしか不安は消え、自信に満ち溢れたしっかりとしたものとなっていた。
するとアーデンの進む先に光が現れた。アーデンはそこを目がけて歩みを進めていく、近づくにつれ光は形を変え人のような姿となった。それは目も鼻も口もない、ただ人の形をしているだけのものだった。
「やあ」
口はないが声が聞こえた。アーデンはその声に答える。
「初めましては変だよな。でもこんにちはって言うのもどうだろう」
「難しいところだね、もう今はファンタジアロッドじゃあないから」
それは元々ファンタジアロッドだったもの、それがまっさらとなり形が溶けて消えてしまったもの、アーデンの前に現れたのはそれだった。
「君の思いを感じ取ってきたよ。君の願いも、その記憶も見させてもらった」
「そっか。どうだった?」
「不思議な感覚だね、これはただの武器だ、感情なんてないのにどうしてかむずむずとするよ」
「それはきっと俺と同じ気持ちだからだよ」
「気持ち?そんなものこれにあるのかな?」
アーデンは頭を振って答えた。
「あるさ、だってずっと一緒に戦ってきたじゃあないか。俺はお前のことも仲間だと思っているよ」
「…本当だね。一体どうして?」
「力のない俺に力をくれた。戦う力と守る力を、沢山もらったよ。ただの武器だなんて思えない、相棒だろ?俺たち」
「とても不思議だ、その言葉を嬉しいと思う。君と一緒に戦いたい、君の仲間を守りたいと思うんだ」
「な?思いは一緒だろ」
光はアーデンに向かってすっと手を差し出した。そして言葉を続ける。
「この手を取れば君は新しい力を得る。君の思うがままに姿を変えて、新しい武器に生まれ変わるんだ。そのためには新しい名前も必要だ、君が決めて手を取るんだ」
「それなら大丈夫。もう名前は決まってる。力を貸してくれ」
アーデンは名前を告げて手を取った。光は溶けるように崩れていきアーデンの体へと流れ込む、完全に一体化した後アーデンはまた目を開けていられない光の中へと消えていった。
景色が変わり元の場所へとアーデンは戻ってきた。宙に浮いていたので慌てて着地した。
「おっと、危ないな。もっと安全に戻してくれたらよかったのに」
「アーデン様!おかえりなさいッス!」
アーデンを出迎えたのはエアだった。しかし元の人格に戻っている。
「エア、えっともう一人の方は?」
「それが私にはよく分からないッス。入れ替わっている時は意識がないッス」
「そっか。世話になったからお礼を言いたかったんだけどな。また会えた時でいいか」
「それよりそれより!その武装なんスか!?見たことないもの身につけてるッス!」
エアは目を輝かせながらアーデンに聞いた。アーデンもそれを聞かれてにやりと笑顔を浮かべた。
「聞きたい?」
「聞きたいッス!!」
「ふっふっふ。これこそが俺の新しい力、生まれ変わったアーティファクト。その名もドリームウェポンだ!」
夢を追い夢を守るためのアーデンの新しい力ドリームウェポン、腰には刀型の武器を収めた鞘が、左腕には肩当てと腕甲が装備されていた。腕甲は特殊な形状をしており、手首近くには青白色の結晶が輝いている。
ファンタジアロッドを一から作り直し新たに手にしたドリームウェポン。それはアーデンの仲間と夢を守るための意思の現れでもあり、どんな困難にも立ち向かう覚悟の証でもあった。