アーデンとファンタジアロッド
全員がそれぞれの想いを実現するために行動している最中、アーデンはエアを連れてぼうっと空を眺めていた。
風鳴き岩が音を響かせる、低音でくぐもったような音だった。本当にいい音ばかりが鳴る訳じゃあないんだなとアーデンは思った。
「アーデン様」
「どうした?」
「こうしてのんびりするのは私は好きですが、アーデン様はいいんですか?」
「うーん、よくはない」
「じゃあ…」
「だけど何も思いつかない今どうしたらいいのかも分からない。だからちょっと頭を休めてる」
エアは納得のいかない顔で首を傾げた。アーデンはそれを見ていたが敢えて無視していた。このままでは駄目だと自覚はしていたが思いつかないのだからしょうがないと空を眺めた。
「ところでアーデン様は何に悩んでいるのですか?」
「これだよこれ」
アーデンはエアにファンタジアロッドを手渡した。受け取ったエアはまたしても首を傾げる。
「このアーティファクトがどうかしましたか?」
「父さんの手記によると、それって元々定まった形をしてなかったんだってさ。父さんが取り敢えずで形を決めたらそう…」
そこまで言ってからアーデンは「ああ」と声を上げた。今は柄の両端から光刃が伸びる棍形態だが、その前は一本だけであったことを思い出す。
「今はこの形だけど前は起動しても光刃は一本だけだったんだよ、ある戦いの中で変化させたんだけどさ」
「へえ、そうなんですか。割って二本にしたり出来るし面白いですね」
「そうなんだよ、色々出来るんだよ。可能性の塊なんだ。そして俺の中でこうしたいってイメージはあるんだけど、手記に書かれていたような光る粘土のような形にはならなくてさ」
アーデンはずっとそれを試みていた。だがファンタジアロッドはうんともすんともいわない、方法が書かれている訳でもなく、ただじっと見つめるだけの時間が続いてしまっていた。
「どうすりゃいいのかねえ…」
「アーデン様」
「ん?」
「これを最初に使っていた形に戻すことは出来ないのですか?」
エアにそう言われて、それは試していなかったとアーデンは気がついた。元に戻す必要がなかったのでその発想がなかった。
ロッドをエアから受け取り起動させる、棍形態のままなので両端から光刃が伸びた。これを以前使っていた時に戻す。アーデンはその時のイメージを思い出して、戻れと強く念じてみた。
すると握ったロッドに変化が起きた。片方の光刃がすすっと柄に戻っていき、棍形態で長くなった柄も、元の短さに戻った。柄にあった護拳も形成されて、初期のロッドの形に姿を戻した。
「おお!出来た!戻せるものなんだなあ」
「これが最初の形だったんですね。本当にイメージ通りに変化させらるんだ」
驚きの声を上げるアーデンに、興味深そうにロッドを見るエア。アーデンは試しに最初の形態からまた棍形態に戻せるのかも試した。するとロッドは形を変えて棍形態に戻った。
形を変えられることを知れたのは大きな前身だったが、やはり表記にあった光る粘土にまで戻すことは出来なかった。やはり駄目かとアーデンはため息をついた。
「分からない。一体何が足りないんだろう」
「お力になれずすみません」
「いやエアが謝ることないよ。むしろ付き合ってもらって悪いな」
「そんな、それこそ謝らないでください。しかし本当にどうするべきなんでしょうねえ…」
エアはそう言うと額に手を当てて考え込んだ。暫く黙って考え込んでいるのを見ていたアーデンは、エアの雰囲気がすっと変わったことに気がついた。
「お困りのようですね」
「あれ、もう一人のエアだよな?鍵も手に入れてないのに出てきていいのか?」
「ええ、この子がどうしてもアーデン様のお力になりたいと願うので、それを叶えてあげたくて出てきました」
「い、意外と自由なんだな」
「それに私もまたこの子の一面です。アーデン様のお力になりたい気持ちは同じですよ」
もう一人のエアはそう言ってアーデンに微笑みかけた。幼さのあるエアとは違い、知識の解説のために作られた人格であるため雰囲気が大人びている。その差にアーデンは少しだけドキリとした。
入れ替わったエアはファンタジアロッドを手に取った。隅々まで真剣に眺めて観察し、うんうんと頷いた後エアは言った。
「なるほど、さっぱり分かりませんね」
期待をしていただけに返ってきた返事が思っていたものではなかったのでアーデンはがくっと肩を落とした。
「あんなに真剣に見ていたから何か分かったかと思ったじゃん」
「そんなこと言われても分からないものは分からないですから。そもそも私アーティファクトに詳しい訳ではありませんし」
「悪いけどますます肩透かしくらった気分」
「でも分かったこともあります」
「どっちだよ!」
「このファンタジアロッドの特異性が分かりました。これはアーティファクトではあるのですが、生き物に近いものだと思います」
エアの発言はもっと想像もしていなかったものだった。
「生き物だって?」
「はい。そもそも武装型でも非武装型でも、アーティファクトが大きく形を変えるものはそうありません。秘宝から生み出された時点で完成されたものですからね、発展のしようがないのです。変形したり合体したりするものもありますが、形そのものを変えるなんてありえないのです」
「そうなのか?でもそれがどうして生き物と関係する?」
「適応力と申しましょうか、持ち主にとって何が最適なのかを判断する能力が備わっているように見受けられます。ある意味シルフィード様にとっての私と同じかもしれません」
「それって竜の眷属のことか」
「そうです。謂わば分身ですね」
アーデンは父が一体何を考えてこれを作ったのかとますます疑問に思った。子供にお土産を持って帰りたいからなんて軽い考えで作っていいものなのか、父のいい加減さと型破りさを今一度思い知る。
「さらっと言ってるけど、とんでもないことだよな?」
「ええ、そりゃもう」
エアは笑顔でそう言った。アーデンは逆に乾いた笑いを返すしかなかった。
「でもこうして話を整理してみて分かりました。もしかしたらファンタジアロッドの権利者がアーデン様ではなくお父様にあるのかもしれません」
「どういうこと?」
「これが不定形の光る粘土のようだった時、その形を定めたのはお父様ですよね?」
「書かれた内容通りならそうだな」
「では形を定めたその時に権利者がお父様と定められたのでしょう。後にアーデン様に譲渡されましたが権利はまだお父様にある。だからお父様の思いつく限りのことは実現出来ても、アーデン様の想像を越えることが出来ないのだと思います」
そう聞かされてアーデンは考え込んだ。父は冒険の中で多くのアーティファクトを持ち帰ってきた。しかしアーティファクト自体には興味はなく、どれだけ強力な武装型アーティファクトを手に入れたとしても、愛用するのは使い慣れた鞭とナイフだけだった。
面白そうなものという認識はあっても、使いたい、使えるものという意識はまったくなかった。それで何が出来るのかということに微塵も興味はない。父のそんな性格を思い出してアーデンは妙に納得した。
「ファンタジアロッドはあくまでも父さんが持ち帰ってきたお土産だったってことか」
「それでも強力無比な代物に違いはありません。恐らく秘宝が最後に作った武装型アーティファクトですから」
「それは俺にも分かる。何度も窮地を救ってくれたしな」
それでもアーデンはファンタジアロッドを本当の意味で自分のものにする必要があると思った。父の力を借りていると思うと心強いが、それでは本当に自分の力になったとはいい難かった。
「でも権利者ってどうすれば移せるものなんだ?父さんはここにいないし…」
「それについてはアドバイスが出来ます。ただ、相応にリスクは伴いますが」
「ここまで来たら全部受け入れる覚悟だよ。教えてくれる?」
「分かりました。ではアーデン様にはファンタジアロッドを捨ててもらいます」
「捨てる!?」
「そうです。最初から作り直す必要があります。もう元の力に戻らない可能性もあります。思い通りの形に出来ないかもしれません。だけどそれ以外に方法はありません。やりますか?」
アーデンは暫しファンタジアロッドを握って見つめた。とても離れがたいし後ろ髪を引かれる思いだった。苦楽を共にし、冒険の日々を支えてくれた。
だがアーデンは決心して頷いた。ここまでの冒険で培ってきた経験と覚悟をつぎ込めば、もっと心強い相棒になってくれる確信があった。リスクは大きかったが、それを上回る強い思いがアーデンにはあった。