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レイアとアーティファクト

 レイアは宿の部屋で一人工具と向き合っていた。それはいつもやっていることで、それを孤独に感じたことはなかった。思いつくままに物を作り、発想の限り改良を重ねた。


 しかし今レイアは悩んでいた。自分が憧れたアーティファクト、そのあり方を知ってしまった。秘宝とアーティファクトの関係、それを使って行われた人の所業、シェイドは元凶だが争いを続けたのは人々の意思だ。


 アーティファクトは大戦争によって多くの人の命を奪ってきた。しかしアーティファクトに罪はあるのだろうか。どんなものであれ使いようによっては危険をはらんでいるはずだ、ならば使う人が悪いのか。


 だがアーティファクトにそれだけの力があるのも事実だった。そして力があれば使いたくなるのが人間だ、その探究心が歴史を紡いできた。それを否定するのは違うとレイアは思っていた。


 使う人間が悪いのか、それだけの力がある道具が悪いのか、レイアの自問自答は堂々巡りだった。作業に身が入らないのはそのせいである。


「秘宝って何なんだろう…」


 ぽつりとレイアは呟いた。人に永遠のような命を与えたり、アーティファクトを生み出したり、凡そ人の理解が及ぶ代物ではないことは理解出来てきた。エアを通じてシルフィードから聞かされる情報は信じられないことばかりだけど、事実として受け入れている。


 アーティファクトを越える物を発明するという夢は諦めていない。だけど秘宝の存在は夢の前に大きく立ちふさがってきた。アーティファクトそのものを生み出すもの、しかもこの世にある法則すべてを無視してそれを実現させている。命の延長など一介の技術者が到達出来るはずもない。


 レイアの物作りに対する自信が揺らいでいた。手を止めている場合じゃあないのに、どうしたって思考も手も動いていかない。


 知らず知らずのうちにレイアは体を横たえていた。そして目を閉じて眠りに落ちていった。




「レイア、いつまで寝てるんだい。早く起きなよだらしないね」

「んぇ…?」


 レイアは肩を揺らされて起きた。机に広げたノートにはよだれのシミが広がっている、何かを書き記しながら、いつの間にか机に突っ伏して眠ってしまっていたようだ。


「また遅くまで設計図でも書いていたんでしょ。いいところで切り上げなさいっていつも言っているでしょ?考えがまとまらないのに作業を続けるのは効率的とは言えないよ」

「お母さん…」


 レイアのことを起こしたのは母親のフィオナだった。レイアはそこで自分が夢を見ているのだと気がついた。旅に出てもうずっと両親に会っていない、それに周りの景色も宿の一室ではなく、慣れ親しんだ自室であった。


 こんなこともあるのかとレイアは思った。今まで夢を見ることはあっても体験したことはない、何故今それが起こっているのかは分からなかったが非常に興味深かった。


「で、何作る気だったの?見せてみなさい」


 自分でも何の設計図を書いていたのか分からない、よだれを拭き取ってノートをフィオナに手渡した。受け取ったフィオナはぺらぺらとページをめくった。


「ブルーホークにレッドイーグルねえ、あんたは相変わらず面白いこと考えるものだよ」


 フィオナから返されたノートを受け取ると、レイアも急いでページをめくった。確かにそこにはブルーホークとレッドイーグルの設計図が書かれていた。それを見てアーデンの旅についていく前の出来事であると分かった。


「…こんなに色々なこと思いついていたんだ」

「何言ってるんだい、自分で書いたんだろ?」

「うん。でも、こうして改めて見るとすごいなって」

「自信があるのはいいけど驕るのは駄目だよ」


 レイアはフィオナの言葉に適当に相槌を打った。それよりも自分が設計図を書いたノートに夢中になっていた。


 あらゆる発想が沢山書き込まれていた。実現可能なものもあれば、絶対に不可能なものまで、思いつく限りのことがそこには記されていた。それはアイデアの宝箱のようだとレイアは思った。


 どうして今これが出来ないのか、今の自分に必要なのはこれなのにとレイアは悔しく思った。仲間の力になるためにはさらなる力が必要なのにと唇を噛んだ。


 しかしそこでまた思い浮かんだのは秘宝とアーティファクトの真実だった。このまま物作りの道を突き進むべきなのか、葛藤がレイアの頭の中で渦巻く。


「ねえお母さん」


 これは夢だと分かっていた。それでもレイアはフィオナに問いかけた。


「お母さんはどうしてアーティファクトの研究者になったの?」

「そうねえ、一番の理由は平和のためね」

「へ、平和?」


 フィオナの答えにレイアは戸惑った。母、そして父は武装型アーティファクトの研究も行い、その過程で武器や兵器などを生産していた。それがどうして平和に繋がるのか、レイアはありのまま思ったことをぶつけた。


「そりゃ確かに仕事だから色々なものを研究するわ。その中で見つけた新技術が兵器に転用されたりもする、それがいつか誰かの命を奪うこともあるでしょうね。決して割り切っていい問題ではないわ」

「じゃあ…」

「それでも私は研究をやめない。アーティファクトという未知の道具がもつ能力を解析して知識を蓄えていくの。その力が間違ったように使われないように、研究発展をやめない。その成果が様々な思惑や思想に形を歪められようとも、私は最後まで平和を信じて研究を続ける」


 レイアは母の言葉を聞いていくうちに、過去に自分が同じことを聞いていて、同じ答えをもらっていたこと思い出した。アーティファクト研究で発見される技術の数々は、決して兵器利用されるものだけではなかった。


 生まれつき足がない人に、誰よりも軽やかに動き回れる義足が与えられたこともある。明かりの一つもない人里離れた集落に、夜でも昼間のような明るさをもたらしたこともある。


 技術は決して一側面だけで語られるものではない、それを使う人によっていかようにも姿を変えるのだ。平和を願い、称賛を得られなくともひたむきに研究に取り組む両親の姿に、レイアは強く惹かれて憧れた。


「レイア、私たちは勇気をもって突き進む必要があるわ。いつかその技術が大きな悲劇を生むかもしれない、それでも私たちは平和を願い、愛を胸に開発を進めていくの。それを忘れちゃ駄目よ」


 その言葉は聞いたことがなかった。忘れているだけかもしれないが、少なくともレイアには覚えがない。だけど母の言葉は今のレイアにとても響いた。


「分かった。私絶対に忘れない」

「レイアなら大丈夫よ、だって私たちの自慢の娘だもの」


 フィオナはレイアにそう言って微笑みかけた。レイアは母に満面の笑みで応えた。そしていつしかレイアの視界はぼやけていくのだった。




 目を覚ましたレイアはすぐにバイオレットファルコンと工具を手に取った。先ほどまで何も思いつかなかった頭は冴えにさえ、次々にアイデアが浮かび上がってくる。


 レイアはそれを思うがままに実現させていった。その中には余計なものや不必要なもの、まったく役に立たないものもあった。端から見ると無駄に思えるような作業にもレイアは夢中になった。


 初心にかえって手を動かし続けていた。思考と手が同時に働く、物を作り出す力で秘宝なんて訳の分からないモノに負けてなるものかとレイアは思っていた。


 世界の秘密やアーティファクトの謎など関係ない。ただひたすらにただひたむきに自分の夢に突き進むことが今は何より肝要だと夢の中の母から教えられた。


 旅の中で少しずつ改良を重ねていったバイオレットファルコン、数々の窮地を救ってくれた。まだまだ可能性はある、自分が手を止めない限りいくらでも羽ばたいていけるはずだ、レイアは相棒をそっと触った。


「私の強さは発明すること、そしてあなたたちは私の力。みんな力を貸してね、私も勇気をもって突き進むから」


 その部屋にレイアの言葉に応えるものはいない。だがレイアの発明品はその性能でもって期待に応えるだろう。それこそがレイアにとっての幸せであった。

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